206. 無人区画
「ほう……操縦室は思ったよりも広いな。しかし、どうやって島を浮かせてるんだか……」
飛行島レヴィーの操縦室にて、ウジンは設備を点検しながら呟いた。後ろではイージアがレヴィーを飛行させる為のマニュアルを読み込んでいる。
二人は初任務へ向かおうとしていた。創造神から命じられ、このレヴィーに乗って目的地へ向かう。
「動力源は魔力だが、中央の水晶版が神気を媒介しているようだ。亜天空神殿と同様の原理で飛んでいるのかと思ったが……そうなると邪気と神気の互換性の説明ができない。この導線はナリアの研究室で見たものと一致しているので恐らく……」
「あー……イージア。難しい話は良いからさっさと飛ぼうぜ」
「そうだな。基本的にはこの水晶版に魔力を籠めれば良いようだ。そこのモニターから外の様子が確認できるので、適宜確認しながら飛行するといいだろう」
モニターが左右に附属しており、片方は前方の様子を、もう片方は周囲の様子を映し出している。創造神が作ったレヴィーは、未来における航空機の原型となっている。航空機という歴史の始まりを前にして、イージアの心は少し高揚していた。
かくして二人を乗せたレヴィーは順調に楽園を離陸し、海を超える。
向かう先はアジェン共和国。十年前にゼロとサーラの二人と出会いを果たした地。空から彼方まで拡がる水平線を一望しながらウジンは語る。
「俺はあの後、数年振りにアジェンに行く機会があったが……何も変わっちゃいねえ。相変わらず格差は酷いし、争いは絶えない。新しい支配者が居座って……結局いつもの紛争地帯に戻ってた」
『怒戦派』グラジオサードと、『狂儲派』フォトス・ジルコは殺された。他ならぬイージア達の手によって。結果として戦火が国中に広がり、多くの惨劇を生んでしまった。イージアは現実から目を背けるように国を出たことを後悔していたが、どうしようもない。後悔したところで何もできないし、犠牲になった人々は帰ってこないから。
「そうか……今回はアジェンの郊外で集団失踪事件が起こったらしいな。争いが続く地域では集団失踪など珍しくないのでは?」
「いや。それがどうもな……争いの形跡が一切見られないらしい。忽然と住人が姿を消して、そのままだ。国の方でも原因は分かってないらしい。調査中という名目になっているが……どうせあの国の上層部はまともに調査なんてしてねえだろうさ」
「なるほど。まずは現場へと向かってみようか」
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レヴィーをフロンティアに降ろし、二人は人里へと向かう。空飛ぶ島を直接街へ降ろしては人々を混乱させてしまう為だ。
失踪事件が発生した区画へと向かう最中、二人はとある通行人と出会う。
「ん……? おいアンタ、ちょっと良いかい?」
ウジンは彼を呼び止める。煤色の髪に、ぼろきれのような服を纏った男性。背中には大きな鞄を背負っている。みずぼらしい服装だが、この国では特段珍しくもない。
「お、俺か……? 何だよ……」
「あー、落ち着いてくれ。追い剥ぎじゃないし、怪しい者でもない。まあこの仮面の男はどう見ても怪しいけどな……」
彼は金品を奪われると思ったのか、露骨に怯え越しになる。人気のない場所を歩けば死の危険性が伴う。それがこの国の性質だった。
「一つ聞きたいんだが、この先に街はあるか?」
「あるけど……誰もいないよ。集団失踪があったらしい。俺もこっちに来てから知ったもんで、都市に引き返すところさ。どうせ政府が何かやらかして、事実を隠蔽してるんだろうけどさ」
「そうかい。ありがとよ」
どうやら政府に対する国民の心象はすこぶる悪いらしい。彼はそのまま二人とは反対方向の街道へ向かって行った。
二人が辿り着いた街は静寂に包まれていた。
通りに店は出ていて、家の扉も開け放たれている。しかし人の気配は一切なかった。
「目ぼしい物はほとんど盗まれてるみたいだな。調査中、とか言ってたが調査した跡が全く見られねえ……」
「手分けして何か情報を探してみるか。私は西側を」
「じゃ、おっちゃんは東側。後でここで会おうや」
「了解」
二人はこの事件の真相を探る為、手分けして調査に踏み出した。
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「いません……誰も、いませんっ……! 幽霊とか出てくるんじゃないでしょうか……それとも誘拐されちゃうのでしょうか……ひいい……」
沈黙する街中を一人の少女が歩いていた。
彼女の名はポーラ。桃色の髪を靡かせ、虚しく吹き荒ぶ風に吹かれている。所属する自警団の任務で彼女は集団失踪事件が起こった地に訪れていた。
「し、しかしっ……! ここで退いては自警団の名折れ! 不審な人物を見かけたらビシッと捕まえて……」
恐怖を打ち払い再び足を踏み出そうとしたその時。
「そこで何をしている?」
「ひゃああああ!?」
背後から声が掛かった。振り返ると、仮面を被った不審な男が佇んでいる。
「だだだだ、誰ですか!? 犯人ですか、犯人!? 捕まえないと……」
「……落ち着いてくれ。怪しい者じゃない」
「いやどう見ても怪しいんですけど! 私は自警団所属のポーラ! あなたがこの事件の犯人なのでは!?」
困った。イージアは自分の身の上を明かすべきか悩む。別に創造神の使いとしてこの地に来たことは秘匿すべき事実ではない。眼前で慌てふためく彼女を安心させる為にも、明かしてしまうべきか。
「私はイージア。創造神の命を受けて、失踪事件の調査に来た。繰り返すが、怪しい者ではない」
「な、なるほど……? 創造神様の……身分証はありますか?」
「生憎、持ち合わせてはいない。信じてもらう他ないな」
彼女はイージアの仮面をまじまじと見つめたり、ローブを引っ張ったりしながらぐるぐると回る。そして何を基準としたのかは不明だが、彼は信じてもらうことができた。
「で、イージア殿。何か事件の手がかりは見つかったのですか?」
「まだ調査を始めたばかりなので、何も。人も全く居ないし……」
「そうなんですよ。ごろつきくらいは住みついてても良いと思うんですけど……不思議なくらいに誰も居ませんよね」
治安の悪い地区で、突如住民が失踪した。政府による立ち入り規制が行われていないにも拘わらず、新たに人が住みついていない。この国の現状を鑑みるに、家を持たない貧困層が住みついていても不思議ではないのだが。
「……君は自衛できるほど強いのか?」
「え、ええ……まあ。一人で任務を命じられるくらいには」
「その割には、随分と及び腰で歩いていたようだが」
「そんなの……当たり前です。どれだけ強くても、生きている限り死と隣り合わせなんですから。自分が殺されるかもしれないし、誰かを殺してしまうかもしれない。そんな恐怖にこの国は包まれているのです」
彼女の言葉はもっともだった。
イージアの感覚がおかしいのだ。人を殺めることに慣れてしまい、不死性に甘んじて危機感を抱かない。彼は自分の態度を反省し、彼女の言葉を重く受け止める。
「恐らく、私とあなたの目的は一致しています。この事件の原因を突き止め、犯人を明らかにすること。ですね?」
「正しくはこれ以上の被害が出ないように食い止めること。まあ、概ね一致している」
「なるほど。では、共に行きましょう! このアジェンでは群れる者か、圧倒的な力を持つ者しか生き残れませんから……一人で行動すると危ないですよ!」
「分かった。周囲に警戒してくれ」
彼女も先程まで一人で行動していたのではないだろうか。そんな突っ込みを入れるのも野暮かと思い、彼は歩き出す。
ポーラは少し緊張しながらも、どこかイージアを見定めるような眼差しで彼の後を追った。




