200. 拒絶の香り
懐かしい顔ぶれが揃っていた。過去の面影をそのまま残し、彼らはイージアの瞳に映る。
「ウジン……君は変わっていないな。不思議なものだ」
「そういうイージアだって……仮面の所為でよく分からんが、大して歳を取ったようには見えないぜ?」
ウジン・サファイは何の変哲もない一般人の中年男性だった筈だ。しかし、彼の後ろに居るサーラライト族の二人と同様に年月の流れを感じさせない。
「イージアさん、お久しぶりです。それに、ゼロさんとサーラさんも。まさかこのような再開を果たせるとは思っていませんでした……!」
「仮面男……野垂れ死んでいるかと思ったけど、生きてたのかよ」
「アリスだっけ? おひさ、リグスも!」
「誰だっけコイツら……なんかうっすら覚えてるけど……」
短い期間ながら、かつて旅を共にした仲間たちとの再会に喜ぶ皆をよそに、イージアは空を見上げていた。
彼の疑問に答えるようにダイリードは口を開く。
「……あれは空飛ぶ島、レヴィ―。我が主……創造神がお創りになった島だ。我らはあの船に乗り、世界各地を巡って支援活動をしている」
「レヴィ―、か。創造神は生命を造った神だと言われている。しかし島を作る力も持ち合わせているのだな」
「そうだな。我が主に不可能はない」
ダイリードは創造神を信頼している。その信頼こそが後に禍根を残す事態を引き起こすのかもしれないが……それはイージアの与り知ることではなかった。
ぼんやりとそんなことを考えていると、麓へ向かったルドキアが戻って来た。
「……今、戻った。たしかにわが国の兵士達の亡骸を確認した。傷や服装を整えていてくれたようだな……感謝する」
ルドキアはウジン達に頭を下げる。配下の兵が殺された彼としては、再開に喜ぶ他の面々とは違い、気持ちが沈んでいることだろう。
そんな『帝刃』を慰めるようにウジンは言葉を紡ぐ。
「まあ、何だ……『黎触の団』の導師が二人も居るなんて運が悪かったな。幹部も居たんだろ? 被害が出るのは仕方ねえ……」
「我は帝国へ戻り、事態を報告する。ひいてはこの筒状の兵器を帝国へ持ち帰りたいのだが……創造神様の使いの方々、構わぬか?」
「ああ。よければレヴィ―で帝国まで運んで行くが」
「いや、遠慮しておこう。心配は無用だ」
ダイリードの親切心を受けながらも、ルドキアは固辞する姿勢を見せた。
リンヴァルス帝国の帝都には建国以来、神除けの結界が張られている。神の干渉を是としない国の方針からすれば、神の造った船が立ち入ることも芳しくない事態なのだ。
「そうか。では、我々も戻るぞ。ゼロ、サーラ、身体はもう動かせるか?」
「ばっちり。でも、もうお別れなの? 折角久々にみんなに会えたのに……」
「あ、そうだ! お前らもレヴィ―に乗ってアルジに会いに行こう! 楽園は入場無料だぜ」
空に浮かぶ島が徐々に高度を下げ、光の階段を地上に伸ばす。イージアは彼の島がどのような技術で動いているのか興味があった。
「まあ、面白そう! リグス、良いですか?」
「ええ。創造神様なら『春霞』の場所も分かるかもしれませんしね」
サーラライト族の二人は乗り気のようだ。本来、彼女らの目的は萌神が遺した神器『春霞』を探すこと。同じ神族である創造神に尋ねるのは妥当な判断だろう。
「おっちゃんは……どうすっかなあ。創造神か……」
ウジンの正体は虚神である。故に創造神とも面識があるが、あまり仲が良い方ではなかった。
創造神は見通す力を持っている為、自分が虚神であることも会えば看破されるだろう。それが吉と出るか凶と出るか……創造神の性格を鑑みるに、恐らく酷い結果にはならない。
「ま、行ってみるか。動かなきゃ何も変わらねえ」
彼は決意を固め、楽園に向かうことを決めた。
そしてまだ一人、選択を残している者が居た。
「私は行かない。他に用がある」
イージアは楽園への動向を拒否した。
レアと話さねばならないこと、確かめなければならないことがある。そしてルドキアと共に亡くなった兵を弔わねばならなかった。仲間を大勢亡くしたルドキアを独りにする訳にはいかない。そうしなければならないと、自然と考えていた。
「えー……イージアも行かないのかよ! 久々に手合せしたかったのに……」
「ゼロ、他に為すべき事があるのならば仕方あるまい。機会があれば楽園を訪れてくれ。我が主は何者も寛大に受け入れて下さる」
「分かった。機会があれば訪れさせてもらおう」
そして各々と別れの挨拶を交わし、彼は空の彼方まで飛ぶレヴィ―を見送った。
その場に残ったのは、イージアとルドキア。そして『黎触の団』の団員の死体、鈍色の筒のみ。
「すまない。帝国兵達を守れなかった」
「何故、貴殿が謝る? 貴殿はただの旅人の身。気負う必要はあるまい。それに同胞の死には慣れている……五千年も生きておればな。骸を生み出しては、罪を重ねて来た我が生涯。今更死に心を痛めることはない」
「そうか……それでも私は善良な者が死ぬのは嫌いだな。まあ、私の心情などどうでも良いが。……それで、この『黎触の団』の死体はどうする?」
「焼く。兵器と帝国兵の亡骸は持ち帰る」
「了解した」
ルドキアは魔道具を取り出し、地に伏す『黎触の団』の遺体を燃やして灰にする。自らの配下をも手に掛けたという『黎触の団』幹部。残酷だが、有能だ。
まさに『黎触の団』の様な犯罪組織に求められている人材と言えるだろう。名をロンドと言った。彼は頭の片隅にその幹部の名を刻み込んだ。
「焦げ臭いな。それに、血なまぐさい。私は砂糖菓子の甘い匂いに浸って生涯を過ごしたいのだがね……どうにもライフプランニングは狂ってしまうものだ」
二人が遺体を葬っているところに、呑気に歩いて来た少女。彼女こそが『黎触の団』の新兵器の砲撃を食い止めたその人である。
「君のような怠惰な人間にライフプランニングができるとは思えないな」
「はあ……イージア。言葉をオブラートに包むという考えが君にはないのかな? いや、深く傷ついた。誠心誠意詫びていただきたい。それに、君だって計画性は無いじゃないか。いつも行き当たりばったりだし、コミュ障だし」
「最後のは関係ないだろう。なりたくてなった訳じゃないさ」
急にやって来た少女と毒突き合うイージアを見て、ルドキアはまたも困惑する。この仮面の少年にはいつも困惑させられてばかりである。
「……この者は?」
「ああ、失敬。私はレア。そこのイージアの……恋人だ」
「違う。ただの知り合いだ」
イージアは即座に否定する。慣れた彼はもはや動揺すらすることなく、淡々と彼女の冗談を流している。
なるほど、この少女はめんどくさい人間だ……ルドキアは悟る。めんどくさいと言うより、うざったい。たった数回の会話でこの厄介さを醸し出しているのだから、相当なものだろう。
「知り合いと言うには、付き合いが長いだろう。せめて友達と言ってくれよ」
「……ルドキア。『黎触の団』の兵器はどうやって運ぶんだ?」
「う、うむ……麓の村人に馬車を借りればいいだろう。馬車くらいは提供してくれるだろうからな」
もはやレアは居ないものとして扱って良いのだろうか。
「では運ぼうか。渓流を下ろう」
そしてルドキアはイージアと共に兵器を麓まで運び、帝国まで戻ることとなった。




