199. 再会
「……何を言っている?」
急に和平を申し込んできたロンド。彼は頭を下げ、困惑するダイリードにつらつらと述べる。
「いや、お互い面倒な戦いはしたくないじゃないですか? 小生はこの渓流で何もしないと約束するし、貴方もそこの魔族の二人を助けられる。うぃんうぃんってヤツですよ」
「ここでお前を逃がしても、また騒動を起こすだろう」
「ハハッ、そりゃそうです。この場限りの交渉ですからね。ここから逃げたら何をしようが俺の勝手だ、違いますか?」
「……話にならん。逃がすものか」
ダイリードの目的はその場における被害を食い止めることでもあるが、世界の未来を守ることでもある。『黎触の団』の幹部をわざわざ逃がす道理もない。
「そうか、そりゃ困った。じゃあ戦いますか。嫌ですけど」
両者は互いに動かない。相手の出方を窺っているのだ。ダイリードは目の前の男だけではなく、傍に控える兵士の駒も警戒する必要がある。
ロンドが動く。正面からの殴り。ダイリードは彼の拳を受け止め、身を捻る。凄まじい力が籠められたダイリードの反撃。ロンドは見た目からは想像もつかないほどの身体の柔らかさで手足を曲げ、逆立ちの姿勢から蹴りを叩き込んだ。
身体能力は圧倒的に自身の方が高い筈だ……ダイリードはそう考えているが、攻撃は悉く回避されてしまう。身体能力の差を埋めるロンドの観察眼に感服すると共に、彼の評価を改める。この幹部の男は危険だ。早急に蹴りをつけなければならない。
「ふっ……さ、そろそろ学びましたか? 兵士君」
しかし、戦いはより混迷を極めていく。ロンドは指を鳴らし、権能によって生み出した駒を動かし始める。静止して戦いを見つめていた兵士の駒は動き出し、剣をダイリードへと向けた。
そして、振るわれた剣撃は凄まじく速い。
「私の兵士の駒はね、学習するんです。最初はクソの役にも立たない無能ですが……やがて全てを超える英雄となる。出す度に経験がリセットされるのが難点ですがね」
「ぬっ……!?」
秩序の力を持つ駒の攻撃は、神族であるダイリードにさえも有効な傷を与える。斬り裂かれた彼の腕からは神気が噴き出す。
「ほう、血じゃない! 邪気でもない、神気だ! つまりは神! アハハ、神を相手にするなんて初めてですよ! 道理で勝てないと本能が悟ったワケだ」
ダイリードはまだ神転を使っていない。あくまで人間の領域でロンドと張り合っている。ロンドもまた、相手が何か奥の手を隠し持っていることに気が付いていた。これ以上の継戦は得策ではない。相手が神だと判明した以上、どのような隠し玉を持っているか分かったものではない。
兵士の駒は神速の剣技でダイリードを攻め立てる。彼とロンド、二人の強者の戦いを吸収した兵士は武の極みと言っても過言ではない領域まで成長していた。
駒に戦わせ、使役者は戦いから距離を取る。ダイリードはロンドを何とかしなければならないと考えていたが、兵士が邪魔となって思う様に動けない。
ロンドは戦いを観察しながら、筒状の兵器の下へと向かう。今ならば本来の目的を果たせそうだ。新兵器の威力さえ測定できれば後はどうでも良い。故に、
「ぶっ放しまーす。えい」
「しまった……!」
巨大なエネルギーが収縮し、一点に集まる。凄まじい規模の魔力波が波及し、付近の山へと放出。
誰にも止められない。兵士と戦うダイリード、渓流を歩くイージアとルドキア、麓で空を見上げるアリスとリグス、ウジン。何者にもその砲撃を止めることはできなかった。
水色の波動が山肌へと迫り、そして──
「……は?」
一人の人間が、砲撃を受け止めていた。
空中に浮かび、彼女は片腕で波動を消し去っていた。外見は人間だ。金髪の少女に過ぎない。しかし、その身から放たれる威光は眼前の神……ダイリードすらも超越するものだった。
ロンドは身震いする。化け物だ。
「……すみません、ダイリードさん、でしたか。勝負は貴方の勝ちで良いです。その兵器も、魔族のお二人も今はどうでも良い。命がただ、小生は欲しい。それじゃ、ボクはこれで」
兵器の規模を確認、未知の人型の化け物を確認。ダイリードという神族の存在を確認。損害は射手と将軍の駒、そして二人の導師と団員。情報を本拠地へと持ち帰ることができれば、損失を差し置いても余りある利益だ。そして彼は非情な決断を下す。
「土槍群」
彼は土の魔術を発動し、地面から無数の土槍を生成する。
その槍が狙ったのはダイリードでも、二人の魔族でもない。岩の槍は彼の部下である団員達の胸を貫き、絶命に至らせた。
「なっ……お前、何を……!?」
「許してくださいね、私だって本当はこんな事したくない」
驚愕するダイリードを相手にすることもなく、ロンドは踵を返す。
部下達が捕えられれば、『黎触の団』の本拠地が暴露されてしまう可能性がある。彼はそのリスクを回避しただけだ。彼方に浮かぶ人型の化け物を目にしても、彼は動揺こそすれど冷静さは欠いていなかった。
「待て、逃がすものか……!」
「魔族のお二人、早く治してあげないと取り返しがつかないことになりますよ。俺の命と仲間の命、どちらが大切です?」
「くっ……」
「次に会う時は、俺が勝ちます。絶対にね?」
──惨劇。ダイリードの頭に主の言葉が過ぎる。
仲間が死ぬことこそが、惨劇ではないのか。だとすれば、彼にはそれを防ぐ責務があった。
「逃げますよ、兵士君。あの化け物が襲ってきたら、死んでも小生を守りなさい」
そして彼は兵士の駒と共に、目にも止まらぬ速さで渓流の森へと駆けて行く。
見据えるは化け物──始祖レイアカーツ。彼は可能な限り彼女の目を掻い潜るようにして闇へと消えていった。
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上流へ辿り着いたイージアとルドキアの目に映ったのは、凄惨な光景だった。
無数の『黎触の団』の団員が血を流し、斃れている。傍らには片翼の少年少女と大男。
「君達は……」
三人の顔には見覚えがあった。かつてイージアと旅をした二名の魔族と、この時代に来て初めて出会った神族。
「その仮面……イージア、なの……?」
ゼロよりも一足先に意識を取り戻したサーラの双眸が彼の姿を捉えた。ゼロを抱え、治癒を施すダイリードもまた、見覚えのある仮面に声を上げた。
「一度会ったきりだが、覚えているぞ。共にバルビー王国の村でリフォル教の魔物を止めてくれた者だな」
「ああ、君はダイリードと言ったな。そして、ゼロとサーラも久しい。ゼロは気を失っているようだが……これはどういう状況だ?」
そして、ダイリードは彼とルドキアにこれまでの経緯を説明し始めた。
三名は創造神の命を受けて渓流へ訪れたこと、ロンドと交戦し逃げられてしまったこと、正体不明の少女が兵器の砲撃を止めたこと。
「……なるほど。噂はかねがねお聞きしておる。創造神の使いは、日夜人々を助ける為に奔走していると。礼を言わねばならんな」
ルドキアは目を覚ましたゼロを含め、三人の創造神の使徒に頭を下げた。
しかし彼らの表情は浮かない。
「ちくしょお……俺たち、あのロンドって男に手も足も出なかった。やっぱりまだまだ弱いのか、俺は……」
「…………」
ゼロはただ悔やみ、サーラはただ黙す。
そしてダイリードは『黎触の団』幹部を逃がしてしまったことをルドキアに詫びた。
「すまんな、帝刃殿。次こそは必ず奴を捕えてみせる」
「いや。『黎触の団』による被害を防いでくれただけでも感謝せねばなるまい。しかし、兵器の砲撃を止めた少女とは……?」
「それは私の連れだ」
ルドキアの疑問にイージアが答える。
彼女には予めこの渓流一体の被害を抑えるように頼んでおいたのだ。フェルンネの語った兵器がどの程度の威力を持つか分からない以上、八重戦聖であるレアに任せるのが得策だろうと彼は踏んだのだ。
「なるほど。……避難した村人たちは無事だろうか。わが国の兵が守ってくれている筈だが」
「村人に関しちゃあ、無事だぜ。残念ながら、帝国兵は皆殺されちまったみたいだけどな」
その場に声が響いた。イージアにとっては、どこか懐かしい声だった。
新たに姿を現した三人。ウジン、アリス、リグス。
数奇な運命が連なり、彼らはかくして再開を果たすのだった。




