198. 駒らしさ
渓流の上流にて、『黎触の団』幹部のロンドは新兵器の調整を進めていた。
「ロ、ロンド様……あれは?」
鼻歌まじりに調整を行う彼に、団員から声が掛かる。団員が指し示す先は遥かなる空。そこには異様な光景が広がっていた。
島が浮いている。島がこちらへ向かって来ている。周囲の部下達はそれを呆気に取られながら見つめていた。
「あー、何ですかアレ? 夢かなあ? 夢だよね?」
彼が部下に問うと、大半の部下は何が起こっているのか分からずに首を傾げた。しかし、一名の博識な団員が彼の疑問に答える。
「聞いた事があります。アレは確か、創造神の使いが乗る船だそうで……どう見ても島ですが。人々を助ける為に世界を巡っている船だとか」
「げ……なになに? じゃあ、俺たちの計画、創造神にも筒抜けなわけ? 嫌ですねえ、嫌だ……よし逃げよう。今すぐ逃げましょう。兵器も片付けてさ」
リンヴァルス帝国が相手ならばまだしも、神に邪魔されるとあっては厳しい。彼は馬鹿だが間抜けではない。冷静に状況を判断し、これ以上の作戦の継続は不可能だと悟った。
「そうはさせるかよ! おらぁっ!」
撤収を命じた矢先、天から翼が降り注いだ。片翼だけを持った男が天から舞い降り、剣を振って周囲の『黎触の団』に斬り掛かる。唐突な襲撃に怯む団員達に、続けて巨大な水球が何十個も降り注ぐ。ロンドはそれを回避したが、周囲の団員は全員気絶してしまった。
彼は即座に状況を判断。男女一名ずつ。空の島から降りて来た。翼が生えているところを見ると、恐らくは魔族。創造神の使徒だろう。
「ああ、襲撃だ。嫌ですよ、私たちは何もしていない! そうではありませんか? 小生の可愛い部下をこうも惨たらしく斬り捨て……って、息がありますね。手加減してくれて感謝しますよ」
「お前が悪者だな! 俺はゼロ、勝負しろ!」
ゼロと名乗った少年は剣を構え、ロンドに吶喊する。剣先を身を翻すことで躱し、彼はもう一人の少女を見る。水球を放った魔導士が彼女である。彼が警戒すべきは剣士ではなく魔導士。しかし、それ以上に警戒を要する存在が彼の傍へと降りて来た。
「ほう……肌がヒリつきます。これは強者ッ!」
空から一人の大男が降りて来た。彼はロンドに注意を向けながらも、二人の魔族に語り掛ける。
「ゼロ、先行し過ぎるなと何度言えば分かる。サーラも止める努力をしろ」
「そうは言われてもさー……ゼロは何を言っても暴走機関みたいに止まらないよ? アタシだって苦労してるんだからー」
「おう、よく分かってんじゃん!」
三者は何気ない会話を交わしているようだが、その実警戒を一瞬も解いていない。
ロンドは圧倒的な威圧感を発する大男に気を配りながら、権能を発動する。
「三対一は流石にズルですからね、ええ。こちらも助っ人をお呼びしましょうか、そうしよう」
彼の傍に呼び出されたのは、黒い人型。『兵士』の駒である。直剣を構えた標準的な体躯の駒。
「黎の力……やはりお前が『黎触の団』の幹部のようだな」
「ああ、軽く自己紹介しておきましょうか。大事なことだ。僕は『黎触の団』幹部、ロンド・デウム。【黎触の駒】の名を冠する者。『黎触の団』の中で最強で、最高にイケてる野郎ですよ。私ってかっこいいでしょう?」
軽口を叩きながらも、彼は今後の策を練る。もはや部下は見捨てる他ない。勝算はある。駒をいくつか犠牲にすれば創造神の使徒を全滅させることも可能かもしれない。しかし、今回の遠征の目的はあくまで兵器の威力確認。兵器の発砲準備は既にできている。後は如何にして被害を最小限に抑え、逃走が可能かを考えなければならない。隙あらば兵器の威力確認も済ませるべきだ。
一瞬で結論を出し、彼は一歩前に出る。
「で、何ですか。貴方がたは。別に小生は悪者じゃないし、責められる謂れもない」
「てめーが『黎触の団』ってだけで悪者なんだよ! 覚悟しやがれ!」
ゼロは再び剣を構え、ロンドと対峙する。
「やれやれ、神の使いともあろうものが対話を無碍にするなんて……嘆かわしいことです」
「ゼロ、気を付けてよ! その人形、やばい力持ってるんだから!」
「分かってる! 行くぞ、ダイリード!」
ゼロの剣が迫る。鋭く、速い。何年も積み重ねられた努力を感じる。
そして後方から迫る大男は化け物だ。近づくだけで眩暈がしそうになる覇気を放っている。
「慧眼です、正解です。この黎の力は厄介な権能だ。破る術がほんの一握りしかないんですよ……どういう訳か部下に預けた二つの駒が壊されてしまったようですが。残り四つ……ですか……」
彼は隣に立つ兵士の駒を見る。兵士の駒は最弱。ダイリードどころか、ゼロの動きにもついていけていない。しかし、破壊される心配はしていない。黎の力は通常の物理でも、魔術でも破れない。部下の導師を襲った者は黎の力を破る術を持っていたようだが、この三人からはそのような兆候は認められない。
剣閃を回避し、ゼロを足蹴にして吹き飛ばす。ダイリードから迫る神速の拳を受け流し、足元を掬いにきたサーラの水の鞭をレジスト。
「でもねえ、権能ばかりに頼っちゃいけないんです。強者は己の異能に胡坐をかくことなく、技能も磨かなくてはいけない。はっきり申し上げますと、そこのデカい人以外は俺に敵いませんよ」
全ての攻撃を掻い潜り、懐から短刀を取り出す。そして吹き飛ばされたゼロに投擲。
ゼロは咄嗟に短刀を躱したが、彼の腕を掠める。
「ぐっ……!? 何だ、力が入らない……っ」
「即効性の毒ですよ。まさか魔族に対抗する手段を持っていない訳がないでしょう! このボクが持っていない訳がないんです!」
魔族の命を奪うことは不可能だが、動きを止めることはできる。魔族は痛覚の完全遮断が不可能。その性質を利用した調合毒。
そして──
「ゼロ!」
「サーラ、止まれ!」
毒を受けた魔族の相棒を助けようと、サーラが駆け出す。その動きこそ、ロンドが待ち構えていた展開だった。最初にゼロの攻撃を避け、ロンドが飛び退いた場所。そこを彼女が通過しようとしていた。
彼は通過点に同様の毒霧を散布する罠を仕掛けていた。瞬時に魔族との戦闘を判断し、仕掛けてみた罠だった。しかしダイリードはロンドの視線の流れに気が付いていたようで、サーラを寸前の所で引き留める。
やはり、この大男は場数が違う。あらゆる戦場の流れを視ている。
「良い、良いですねえ……ダイリードさん、でしたか? お強いのですねえ……いやはや、面白い! 小生の策略をこうも打破するとは。力あり、知恵あり、私にそっくりだ」
「……サーラ、お前は人形の相手を。あの男は我がやる」
ダイリードはロンドとの戦いに彼女はついていけないと判断し、不気味に佇む兵士の駒との戦いを命じた。しかしロンドもそれを許容する程甘くはない。
「ええ……? 駄目ですよ、混戦の方が私に有利ですから。貴方はそのお荷物……こほん。かよわい少女を抱えて戦わなくてはならないのです」
「お、お荷物!? 馬鹿にしないでよね!」
怒ったサーラの水の鞭が飛来する。彼はそれを楽々とレジストし、ニタリと笑う。
「ダメですよ、戦場で感情に流されちゃあ。流されるから……こうなっちゃう」
彼の仕掛けた二つ目の罠が作動する。今度はダイリードにも察知されないよう、敢えて視線を一点に集中させていた。
物陰から飛び出した、もう一体の駒。魔導士の駒である。魔導士の駒は独自の魔術を発動。
「まずい、サーラ!」
「え、うそ……」
身体能力を失わせる魔術。これは精神に作用する魔術だが、対象が感情を乱した時ほど有効になる。結界の中に捕らわれたサーラは身体能力を失い、指先すら動かせなくなってしまった。
ゼロは毒に、サーラは魔術に倒れる。残されたのはダイリードただ一人だった。
「さあ、これで三対一です。でも、私はさっき三対一は卑怯って言いましたからねえ……魔導士は仕舞いましょうか。これ以上駒を壊されても困りますし。僕って優しい……」
そう言いながらロンドは魔導士の駒を仕舞い、ダイリードに対峙する。兵士の駒は依然として動かず、何もできないままだったが、それでもなお彼は兵士の駒を立派な戦力として計上していた。
「はい、二対一ね。これでもちょっと卑怯ではありますが……ま、俺だって聖人じゃない。優位性を自分から崩すほど愚かでもない。じゃ、始めますか?」
「……」
ダイリードは眼前で笑う男の底知れぬ力を感じ取る。
今までに相対したことのない類の強者。間違いなく彼は危機的状況に陥っていた。
「ああ、もしかして緊張してます? じゃあ、取引しませんか?」
「……何?」
「小生、たぶん貴方に勝てない。逃がしてくれません? お金でもなんでもあげますから」
ロンドは合掌してダイリードに頼み込んだ。




