197. 咎と剣
クローザの前に現れたイージア。見覚えのある彼の姿に、ルドキアは驚愕の声を上げる。
「貴方は……始祖様」
「……? 私は始祖ではないが」
「そ、そうか……」
帝刃は得心がいかない様子で考え込む。クローザは突如として現れた男に困惑しながらも、戦意を露にした。
「貴様が何者かは知らぬが、邪魔立てするのならば排除するのみ。やれ、駒よ!」
命令と同時、将軍の駒が動き出す。大剣を構え、イージアに突撃。
「黎属性か……『彗嵐の構え』」
大振りに下ろされた大剣はイージアに吸い込まれるように軌道を描く。彼はその攻撃を避けようとはしない。
彼の眼前に生じた青い霧。其は比類なき威力を誇る黎の大剣を流す。そして瞬間的に反撃の一閃を叩き込んだ。一閃は防御の姿勢を取った将軍の大盾を破り、一刀両断する。
「馬鹿な……黎の力が破られただと!?」
「帝刃殿、君は彼女の相手を頼む」
「御意」
黎の力が破られた衝撃に打ちひしがれるクローザ。ルドキアは彼女を討つべく魔剣を構える。仮面の男は黎触を打ち破る術を持っており、ルドキアは持っていない。それを彼自身理解しているが故、異論はない。
「闇討ちではなく、正面切って戦うのは何時以来か。尋常に」
「……調子に乗るな。駒よ、その仮面の男を倒せ!」
将軍の駒にイージアの相手を命じ、クローザもまた眼前の相手に集中する。
──強い。彼女は肌でそう感じた。
「重雨!」
重魔術により、動きを鈍らせる。これが強者との闘いで彼女が意識する勝ち筋だった。
無論、一筋縄ではいかない。ルドキアは迫り来る魔力の波を魔剣で両断。そして凄まじい速さで彼女へと接近。
魔剣が彼女の頬を掠め、髪の端を斬り裂く。
「……これは」
彼女は違和感を覚える。痛みが無い。
ルドキアの魔剣は傷の痛みを感じさせない。故に傷を受けたことに気が付かず、死に至る。正面切った戦いではあまり意味がないが、闇討ちでは非常に有効な魔剣である。
「卑怯な剣だな、それがリンヴァルスのやり方か?」
「語る言葉は持たぬ。ただ、死に晒せ」
帝刃の猛攻は続く。彼我の力量差は歴然としていた。
死が確実に迫っていることをクローザは悟っており、打開する為の手段を模索する。そして一つの可能性に思い当たった。
(賢者様から賜ったアミュレットを使えば……)
しかし、理性の堰が使用を止めていた。精神を狂わせる副作用が報告されているアミュレットだ。しかし、力を得ることはできる。死ぬことに比べれば……そんな望みが彼女の頭を過る。
親指で中指に触れる。鈍く輝く銀色の指輪。爛々と輝く光が、やけに魅力的に見えた。
「……どうか、私に力を…………」
一縷の望みに賭けて、彼女は指輪を使用した。
刹那、ルドキアは魔力の急激な膨張を感知。咄嗟に距離を取る。
「ぁ……ぁああっ……!」
魔力と共に、クローザの理性が爆発する。彼女は痛みに悶えるかのように身体を掻き毟り、怪しく目を赤く光らせた。
ルドキアも噂は聞いていた。『黎触の団』の一部団員が持つ魔道具。理性の箍を外し、代償として身体能力を向上させる代物。しかし、メリットに対してデメリットが釣り合っていない。身体能力強化は厄介だが、それでもなおクローザは自分の実力には届いていないとルドキアは感じる。
「はあ……素晴らしい力だ。神をも、超える……力……」
「その程度で神を超えるなど、戯言を。哀れなるお主を屠ってやるのがせめてもの情けか」
ルドキアは魔剣に力を籠める。
痛みを感じさせない以外にもう一つ、この魔剣は権能を持つ。
「ああ……重縛!」
膨張した魔力が一瞬にして収縮し、クローザの周囲に集約する。魔力は波となり再び周辺に伝播し、重力へと変化する。ルドキアはあまりの負荷に膝を折りそうになるが、身体強化を施し体勢を維持。
そして魔剣の二つ目の権能を発動した。
「我は影、我は闇。生命の業を担いし暗愚。呼応せよ、咎と剣」
【咎と剣】。それが彼の魔剣の名であった。
人を傷付け、殺める事は罪である。故にこの魔剣は使い手に代償を科す。相手に痛みを受けさせない代わりに、自身が痛みを受ける。ルドキアは彼女を傷付ける度、痛みを抱えて戦っていたのだ。
「我が咎、お返し申す」
一つ目の権能と二つ目の権能は表裏一体。
二つ目の権能は、相手に肩代わりした痛みを返還すること。ルドキアの痛みは消え、これまでクローザが受けた無数の傷と同等の苦痛が彼女を襲う。
「ぐうっ……!?」
ルドキアが傷付ける者の痛みを肩代わりするのは、偏に情けによるもの。しかし、こうして隙を作る手段としても有効であった。
唐突な痛撃に襲われたクローザ。彼女が体勢を崩したのを確認したと同時、目にも止まらぬ速さで魔剣を振り抜く。刃はただしく彼女の首を刈り取り、斬り落とした。瞬間、ルドキアは二つ目の権能を解除し、彼女の痛みを肩代わりした。
彼女が完全に息絶えるその瞬間まで、痛みを返還することはない。
「これが我が咎。恨むが良い、人の子よ」
五千年近くに渡り、こうして人を殺め続けてきた帝人は静かに目を閉じる。もはやこの苦痛にも慣れたものだ。しかし、心はいつまで経っても痛み続けるのだった。
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「青雪の撃──『月輪』」
風の刃、青霧の刃がそれぞれ三日月の形を成し、融合する。輪の形となった青霧は風のように吹き抜け、将軍の駒を斬り刻む。そして動けなくなった黎触の駒に、イージアは混沌の力を僅かに込めて一閃した。秩序と混沌の均衡が保てなくなった瞬間に、黎触の駒は瓦解する。ばらばらと崩れ落ち霧散する駒を見ながら、彼は思案する。
「……【黎触の王】の居場所は聞けなかったか。他の団員も居るだろうから、その者に聞くとしよう」
ラーヤの刃、ウェカムの盾とは若干趣が異なる権能だ。黎属性を人形として創造しているのだろうか。
考えている内に、戦いを終えたルドキアが近づいて来た。
「お見事。助力、感謝いたす」
「いや、良い。それよりも『黎触の団』の指導者は他に居るのか?」
「それはこの渓流を調査してみないと何とも言えぬ。束のことお聞きしたいが、貴殿は本当に始祖様ではないのか?」
「……何故私が始祖だと思っているんだ?」
以前イージアが彼と会ったのは十年前のこと。自分が始祖だと名乗った覚えはないし、関連を匂わせた覚えもない。
「昔、貴殿が始祖様の宮殿へと続く扉を開けているのを見たことがあってな」
「ああ、あれは扉の不具合だそうだ。私は始祖の知り合いに過ぎない。名乗り遅れたな、私はイージア。旅の者だ」
「うむ。我はルドキア。知っての通り、皇帝陛下の側近をしておる」
彼はイージアを具に観察する。やはり奇妙な男だ、全てが不審である。
しかし始祖との知り合いだという彼を無碍にすることはできないのも事実。
「では……イージア殿。私と共にこの渓流を探索して下さるか? 黒き駒を我の力では破壊できないのでな」
「ああ。任せてくれ」
帝刃はこの奇妙で頼もしい男と共に渓流の奥へと立ち入って行く。
そして運命が齎す邂逅をイージアは果たすことになるのだった。




