196. 乱入者
導師ユウゼンの前に立ちはだかった二人の少女。ひしひしと感じる異物感、不快感。彼は二人がサーラライト族ではないかとの推測を立てる。
「そう言うアンタは『黎触の団』だろ? 毎回ボクらに迷惑をかけやがって……もう少し平和的になれないものかな」
リグスは主人であるアリスを守るように前へと出る。相手は幹部、或いは導師。これまで煙に巻いてきた一般団員とは違い、危険性が高い。逃げるか否かの判断を下さねばならない。彼女はアリスが決断するまでの間、時間を稼ぐ必要がある。
「ご明察。駄目だな、サーラライト族が森の外に出ちゃ。『黎触の団』はお前らを殺さなくちゃいけない……分かってるな?」
「リグス、戦います。ここで逃げては村人の皆さまの命が危ない。それに、逃げ切れる相手ではなさそうです」
「承知しました」
リグスとアリスが決断してからの動きは速かった。
炎の囲いが周囲に生じ、風がそれを拡散させる。アリスの異能によるものだろうか、不思議と木々は燃えず天然の要塞が作られた。恐らくは村人たちを遠ざけ、守る為の囲いだろう。
しかしそんな事はどうでも良い。ユウゼンはただ眼前のサーラライト族を殺せればそれで良かった。
「射手よ、あの者どもを射抜け」
射手に命じると同時、彼も動く。
「曲術式・足」
ユウゼンは足を大きく踏み出す。同時、不可思議な力によって空間が乱れ、その場に居る全員の動きが阻害される。呪術と彼の異能を複合させた術式。空間を歪めることで動きを阻害する領域干渉。
黒き矢が二人に迫る。動きを阻害された状況下で黎の矢を避けることは不可能。
「炎結界!」
「風刃!」
咄嗟の防御。迫り来る矢に向かって炎の壁が立ち昇り、風の刃が衝突する。しかし威力は減衰されただけに留まり、矢はリグスの眼前に迫る。
「炎術結界・幻影」
刹那、彼女の姿が掻き消える。炎の様に揺らぎ、次に姿を現した場所は──
「何……!?」
ユウゼンの真後。
彼の背に炎の刃が迫っている。
「くっ……」
空間の歪曲によってリグスの動きが鈍っていた為、辛うじて攻撃を躱す。二人の間に射手が放った矢が割り込み、一旦距離が開く。
(こいつら……強い)
戦闘能力を持たない村人と共に逃げているくらいなので、ユウゼンは二人を完全に舐め切っていた。しかしアリスとリグスが逃げていたのは弱いからではなく、危機管理能力が高いからだったのだ。
彼は懐に仕舞っているアミュレットに触れる。賢者から渡された物だ。しかし、ユウゼンはこのアミュレットを使ったことはないし、死んでも使う気はない。精神が狂うかもしれないという副作用がある。中には精神が狂わない耐性持ちの人間も居るが、自分がそうだとは限らない。
つまり、勝利の鍵は一つ。
「射手、俺の身は守らなくても良い! その二人を殺す事に集中しろ!」
命令を出した瞬間、射手の駒の動きが変わる。これまで彼を守りながら立ち回っていた射手は攻撃的に立ち回り、無数の矢を番える。
「アリス様、来ます!」
漆黒の奔流が雨のように走る。黎の力は強い。並の魔術結界や物理で防ぐことはできない。
先程までの射撃と比べて、格段に威力が高く、矢の数も多い。炎の壁による威力減衰も虚しく、矢の勢いは止まることを知らず……
「大いなる萌芽、我が名はサーラライト。邪を払いなさい」
アリスを貫く直前、彼女のオーラによって撃ち落とされる。
黎触の力は『黎触の試練』によって地上に齎された力である。そして、サーラライトの血族もまた『黎触の試練』によって長き命を得た一族。
サーラライト族の長き命は、魔力を生命力に変換する能力に起因する。アリスは生命力に変換した魔力を放出し、矢を撃砕した。黎の力が『黎触の団』の血脈に受け継がれるのならば、黎の力は彼らの生命力とも換言できる。サーラライト族と『黎触の団』の生命力は相克するのだ。
「馬鹿な、これは……!?」
動揺するユウゼンに対し、感情を持たない射手は淡々と矢を放ち続ける。射手はアリスに対しては攻撃が効かないと判断し、リグスへと狙いを移す。
『黎触の団』のほんの一握りの団員しか黎の力を使いこなせないのと同様に、サーラライト族でもオーラを扱えるのは限られた者たちのみ。リグスはオーラを扱うことができない。
「リグス、私の後ろへ!」
「……させるか、『曲術式・波』!」
矢を逃れようと足を運ぶリグスに、ユウゼンの妨害が入る。地面が波のようにうねり、足元が不安定になる。射手は正確無比なる狙撃を見せ、リグスの急所を射抜こうとする。
「避けられない……!」
ユウゼンの術式が障害となる。完全に噛み合ったタイミングでの妨害。動揺しながらも戦闘を継続する彼の精神は大したものだった。
しかし、そんな彼の心をより揺るがす事態が起こる。
彼の曲術式により歪められていた大地が、力任せに元の形へ戻って行く。
同時、リグスに迫っていた黎の矢が地面に叩き付けられたかの様に落ちる。
「──絶対重力」
炎の結界を破り、木々の間から一人の男が顔を出す。
冴えない服装に、だらしない姿勢で歩く中年の男。アリスとリグスは彼の顔に見覚えがあった。しかし、彼は人間であるにも関わらず十年前と何ら外見が変わっていない。
「お、何か見覚えがあると思ったら。あー……アリスと……グリスだっけか?」
「リグスだ、おっさん」
「おう、リグス! 悪いね、おっちゃん覚えるのが苦手でさ」
突如乱入し、全ての攻撃を無力化した人物にユウゼンは動揺を隠せない。眼前に現れたのは人間だ。その筈なのに……体の震えが止まらなかった。
ウジン・サファイ。虚神が転生した存在である彼は、この十年をかけて肉体に魂を定着させ、神転を習得した。今の彼は神転を使っており、つまるところ神族である。ユウゼンはもちろん、サーラライト族の二人もその事実を知る由もなかった。
「で、何だい。この状況は」
「お久しぶりです、ウジンさん。ええと……色々と聞きたいことはありますが、私たちは『黎触の団』に襲われているところです。協力していただけませんか?」
「おう、勿論だ」
彼は構え、ユウゼンと射手に相対する。
冷や汗が止まらない彼だが、何とか射手に命令を出す。
「あ、あの男を殺せ……」
射手は言われるがままに矢を番える。そして無数の矢を高速で放つ。
「絶対重力。やっぱり『黎触の団』ってのはアレか。試練の……」
だが、矢は相も変わらず落とされる。凄まじい重圧が掛かり、ユウゼン達は膝を付いた。
「ぐっ……!? 何だ、何なのだ、これは……!?」
「まあ、運が悪かったと思って諦めな。今のおっちゃんは災害みたいなもんだからさ」
彼は手刀によって膝をついたユウゼンを気絶させる。
主を失った射手は同時に動きを止めた。主人を失えば何もできない。これが『黎触の駒』の欠点であった。
「さて、この真っ黒い人形は壊しても良いのか?」
「良いんじゃないか? 突然動かれても面倒だし」
「はい。お願いします」
「了解。んじゃ、ちょっと下がってな」
二人はウジンに言われるがまま駒から距離を取る。
彼と邂逅した時から感じていた、大いなる気配が増大していくのを感じる。これは神気の高まりであるが、二人には経験したことのない感覚だった。
「来い、バルーク」
天から舞い降りた一振りの短剣。虚剣バルーク。
虚神デヴィルニエの神器である。
そして、一閃。空間が歪み、射手の周囲の光景が硝子の様に割れる。
射手は歪に変形しながら瓦解し、跡形もなく消滅した。
「……っし。これで終わりだ。んじゃ、積もる話をするとしようかね」
神転を解除して人間へと戻ったウジンは、疲れたように腰を下ろして笑った。




