195. 黎の脅威
「これはこっちで、それがそっち。ああ、アレはあっち……フフ、良いですね。小生、メカニックな兵器にはロマンを感じるのです。賢者殿がお作りになったこの兵器……どこにぶっ放してやりましょうか」
『黎触の駒』、ロンド・デウムは多くの団員を引き連れて渓流の上流へと来ていた。導師が二名、団員が数十名。そして鈍色の筒のようなものが配置されていた。賢者が作ったとされる戦略兵器。想定では街一つを消し飛ばす程の威力がある。
今回の遠征はこの兵器の威力実験を目的として行われた。
「ロンド様。麓の村に帝国兵が来ており、村人達を避難させたようです」
側近の導師、クローザがロンドに報告する。
「うん? まさか帝国に俺たちの作戦がバレていたってことでしょうか。おっかしいなあ……バレてない筈なんだけどな。まあ、帝国兵の相手なんてユウゼンに任せておけば大丈夫でしょう」
念には念を入れ、村の付近にはもう一人の導師であるユウゼンを潜ませている。帝国兵が『黎触の団』の邪魔をする前に、ユウゼンが妨害してくれるとロンドは考えていた。
「それが……通信では将軍格の者が来ているとの報告があり……なかなか手が出せないようです」
「へえ……へえ、将軍格か。ということは、連中も私たちの計画を警戒しているという訳か。じゃあ、貴女も行ってあげなさい、クローザ」
そう言いながら彼は黒い波動を作り出す。黒は次第に人の形を成し、弓を番えた等身大の人型となる。続けざまにもう一つ、作り出されたのは剣と大盾を持った真っ黒の人型。
「射手と、将軍の駒を貸してあげる。好きな方を選んで、もう一つはユウゼンにあげなさい。じゃ、小生は配備を続けるから」
『黎触の駒』。ロンドは六つの駒を操る能力を持つ。その内の二つを部下に貸し与えた。
「ありがたく頂戴致します。では、失礼します」
「壊さないでくださいよ。直せないんだから」
去って行く部下を見送り、彼は再び兵器の配備に戻る。
口元を歪めながら、不気味に笑う。
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馬車に揺られながら、アリス達は村人と共に避難していた。
紅葉が入り混じる葉が落ちる並木道。舗装もされていない道の上を、帝国兵の先導の下に馬車が何台も通る。
それを陰から観察する者が一人。『黎触の団』導師、ユウゼン。
彼は同じ導師であるクローザから受け取った射手の駒を見ながら、馬車の一行に攻撃を行うべきか悩んでいた。クローザは一人見えていた将軍格の帝国兵を追って行った。そして、彼は村の付近での哨戒を頼まれていた。
「わざわざ攻撃を加える必要もない……『黎触の団』の存在は可能な限り秘匿すべきだ。しかし、しかしだな……」
馬車群の中に、二つ。妙な気が混じっていた。
どうにも苛立たしく、不快感を催す気だ。
「将軍格は居ない……勝てる。勝てるが……」
悩み続ける。ここで無駄に交戦して、増援を呼ばれては元も子もない。
そこで、彼は思いつく。『黎触の駒』から賜った黒き射手。これを使ってみるのはどうだろうか……と。
「なあ、アンタ。やれるか?」
「…………」
射手は答えない。性格に言えば、答える口が存在しない。目も、鼻もないただの人形だ。
しかし命令に正確に従うということは、これまでユウゼンはロンドと任務を共にしてきたので知っている。
「じゃあ……帝国兵の馬車、乗ってる奴らを射抜いてみてくれ」
命令を受けた射手は静かに動き出す。
黒の弓矢を、一、二……七つ。帝国兵の数と同じだけの矢を同時に撃ち込んだ。矢は吸い込まれるように二人の帝国兵の御者を射抜き、そして馬車の中に居た残り五名の帝国兵を穿つ。
「いや、すげえな……流石ロンド様の駒だ」
御者を失った馬車は明後日の方向へ向かい、隊列が崩れる。
「な、何だ……?」
「ひっ……血、血が……!?」
絶命した兵士達を見て、村人は戦慄する。
ユウゼンは射手を引き連れ、そんな戦場に姿を現した。
「どうするかなぁ……ま、逃げられても面倒だし、皆殺しで。全員殺っちゃって良いよ」
ユウゼンは再び射手に命令を出し、虐殺を試みる。彼は人の命を何とも思わない。元より世界の破滅を願う集団に属しているのだから、当然のことだった。
黒い奔流が迸り、弓矢の形を形成する。そして数十にも上る矢が、疾風の如く落葉の間を縫って駆け出した。狙うは村人たちの心臓。腰を抜かして動けない者も、遠くへと逃げている者も、射手の前では大きな的に変わりはないのだ。
「炎熱結界……紅蓮壁!」
「木々よ、防ぎなさい」
しかし、矢は弾かれる。弾かれる同時、二つの現象をユウゼンは目測する。
まず、炎の壁。これは魔術によるものだろう。炎の壁が高く上り、矢の威力を減衰させた。しかし、黎の力を持つ矢はその程度では止まらない。魔術による妨害があっても問題なく村人達を射抜ける筈だったが……二つ目の現象がそれを不可能とした。
木々が動いた。幻覚ではない。枝が、根が持ち上がり、正確に威力と速度が衰えた矢を掠め取ったのだ。
眼前には二人の少女。彼女達を見た瞬間、ユウゼンは抑えがたい不快感を自分が抱いていることに気付く。そう、この二人が不快感の正体で……何としても滅ぼさなければならないと直感した相手だった。
聞き覚えがある。自然を手足の様に操る者が、とある一族の王族に居ると。
「ああ……さてはお前ら、サーラライト族だな?」
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帝刃ルドキアは息を潜め、導師クローザの後を追う。
クローザの傍らには漆黒の人影。巨大な剣と盾を携え、ただ彼女に従っている。
「将軍格の帝国兵とは一体どこに……?」
彼女が探しているのは、後ろから尾行しているルドキアだ。この場に訪れた帝国兵の中で、将軍格と推定される服装の者は彼しか居ない。
ルドキアは自分が携行している魔剣の状態を確認する。この魔剣は敵と認識した者に対してのみ抜くことができる。そして、魔剣はクローザを明確に敵と認識していた。
故に、彼は行動に出る。帝国の影として、懐刀として戦い続けてきた一閃。
「……その命、貰い受ける」
「!?」
陰から飛び出し、魔剣を抜く。
凄まじく速く、正確な一撃がクローザの首を狙う。しかし、
「ぬ」
駒の黒き盾が彼の魔剣を受け止めていた。
瞬時に飛び退き、カウンターで振るわれた黒剣を回避する。
「やりおる」
「……貴様が帝国の将か? 不意打ちとは武人の風上にもおけんな」
「我は武人にあらず、闇に生きる者なり。故に将にもあらず、ただ命を刈り取る者」
ルドキアの警戒はクローザではなく黒き人型の駒に置かれていた。
其はただ彼女を守るように構えている。
「まあ、貴様が帝国の手の者であることに変わりはない。将軍の駒よ、奴を屠りなさい」
命令と同時、駒が動き出す。巨大な武具を抱えてはいるものの、速い。
厄介なのはその性質。恐らくは人口生命体の類だろうが、何の素材で身体が出来ているのか、何が有効なのか、不死性を持っているのか……全く分からない。
「私を忘れてもらっては困る。重雨」
将軍の駒に警戒するルドキアへ横槍が入る。重魔術が振りかかり、彼の動きを阻害する。回避行動によって勝利の一撃が遠のく。
「二対一だ。諦めれば楽に殺してやろう」
「……それは違うな。二対二だ」
その時、新たな声色が響いた。
男はいつしか木の下に佇んでいた。彼の姿にルドキアは見覚えがあった。
「貴殿は……」
昔、城に忍び込んでいた不審者。仮面を被っている、帝刃を困惑させた不審者。
そして、彼が始祖ではないかと疑った男だった。




