194. 宿命は導きて
「俄かには信じがたい話だね」
レアはイージアの話を聞いて、そう言った。
「我が国に『黎触の団』は入り込んでいない筈だ。人聞きの悪い話だが、国中に監視の目を光らせているのでね。しかし、仮に彼らが我が国へ侵入していたとして。軍事実験を行うとして……何故『賢者』が君に情報を与えた? 罠ではないのか?」
「君の意見はもっともだ。たしかに、私も最初は罠を疑ったが……」
つい先程の光景を思い出す。広場で小さな花火を打ち上げて子供を喜ばせていた魔女の姿を。もちろん、それだけで善悪を判断するつもりはない。
「人を信じる目には自信がある」
彼はただ自分の感性だけを告げた。フェルンネが垣間見せた信念は信ずるに足るものだった。もっとも、彼女の信念が善性のものとは限らないし、完全に罠の可能性は否定できない。
「それは分かってるよ。仕方ない……ここは君に免じて信じてあげよう。彼女を信じた君を信じているからね」
イージアは何も言わなかった。
彼女の信頼は重い。しかしその関係が崩れることを恐れ、何も言えなくなるのだった。温かい言葉を紡げば紡ぐだけ、絆もまた紡がれる。一瞬にして全ての絆が奪われた過去が、否応なしに彼の行動を決定付けてしまうのだった。
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エイリア村の西部、渓流フロンティア。
滔々と流れる碧色の川に、落葉が静かに舞う。岩肌を鹿が駆け登り、熊が獲物を逃がしては肩を落とす。そして魔物の咆哮を聞き、熊は慌てて巣穴に戻って行く。夕陽と夜闇が鬩ぎ合い、絵画の様な美しさを誇る大自然。
人が滅多に立ち入らないこの地にて、大勢の人間が険しい道を登る。普段木の上で鳴く小鳥たちも異変を感じ取って鳴き声を発さない。彼らは鈍色の砲身を担ぎ上げ、黙々と歩みを続ける。
その渓流の入り口に、二人の旅人が訪れていた。
「かつて萌神はこの地に訪れ、荒れ果てた地に恵みを齎したそうです。『春霞』がここに眠っている可能性もあるのではないでしょうか」
「まあ、あまり期待しないで行きましょう。しかし……何か妙じゃないですか?」
リグスは辺り見回して漠然とした違和を感じる。大自然に囲まれて育ってきた彼女達にとって、自然は見慣れたものだ。しかし、どこかがおかしかった。
植物の声を聞く能力を持つアリスは、木々の声に耳を澄ます。
「……なるほど。今、木々の声を聞いてみました。どうやら大勢の人間が登って行ったらしいです。何者かは分からないそうですが」
「どうします? 危険な予感がするし、戻りますか?」
「そうですね……戻りましょう。この渓流に立ち入るのは明日からでも遅くはありません」
これまでのアリスならば無闇に渓流の深部に立ち入っていた事だろう。しかし、旅を通して彼女は成長していた。戦闘能力だけではなく、危機管理能力が格段に上昇している。
そして二人は道を引き返し、エイリア村へと戻るのだった。
翌日。アリスは寝起きでぼんやりとした頭を抱えながら、宿の外へ出た。
そこで何やら物々しい光景を見る。
「父さん、早く荷物を纏めて。逃げるわよ」
「儂の畑は無事かのう……」
「よし、村を出るぞ!」
村人たちがあくせくと動き回り、村を出ようとしていた。銀色の甲冑を纏った帝国兵が村人たちを誘導している。
彼女は宿の前で同じように出立の準備を進めていたリグスに状況を尋ねる。
「リグス、何かあったのですか?」
「アリス様、おはようございます。早朝に首都から帝国兵がやって来て、村人たちに避難勧告を出しました。理由は話してくれないみたいですが……」
帝国兵たちの表情は張り詰めていた。何故なら皇帝の勅命で、何が何でも村人を避難させろとのお達しがあったからだ。そして、命を出した皇帝自身も焦っていた。これまで一度も話したことがなく、顔も見たことがない始祖から直々に命令の書状があったからだ。皇帝は『帝刃』ルドキアをも動かし、この事態の対処に当たらせていた。
「お嬢さん方。ここは危険だ。早々に立ち去ると良い」
「あなたは……?」
「我はルドキア。皇帝陛下の命を受けて参った。今、この地は犯罪組織により危険に晒されようとしている。故に、避難をさせているという訳だ」
「はあ、犯罪組織ね……『黎触の団』か、リフォル教だろうな」
呆れるリグスを他所に、アリスは安堵していた。もしも昨日渓流の奥へ進んでいたら、彼女達は犠牲者となっていたかもしれない。
「『黎触の団』を知っておるのか。ならば、奴らの危険性も知っているだろう。ここは我ら帝国軍に任せるが良い」
「ええ、そうします。失礼します」
『春霞』の捜索は騒動が収まってから行えば良い。アリスはそう判断し、村人たちと共に避難して行くのだった。
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創造神が創り出した空飛ぶ島、レヴィ―。
その島を操縦しながら、ダイリードは地を見下ろす。神域を超え、間もなくリーブ大陸へ至る。目指すはリンヴァルス帝国の最南部。創造神が語った惨劇を止めに行くこと。それが目的であった。
「おいダイリード。まだ着かないのか?」
「……もう間もなくだ」
「ゼロはせっかちだなー。もうちょっと落ち着かないと」
「うるせー! 俺は早く剣が振りたいんだ!」
ゼロはぶんぶんと腕を振り、サーラに呆れられる。
彼の精神面は十年前とあまり変わっていない。振り切れるほどの活発さが彼の長所でもあり、短所でもあったのだ。
「今回の敵は何だ? 魔物か? リフォル教か?」
「さあな……しかし、主は惨劇を防げと仰った。覚悟はした方が良い」
「つまり強敵ってことだな! 腕が鳴るぜ!」
「うげ……めんどくさ~」
変わらない精神の反面、二人の実力は大きな成長を遂げていた。故にこそ物怖じしない。
ゼロは強敵の予感に息巻き、サーラは溜息をついた。
ダイリードはそんな二人の様子を見て眉を顰める。
強者の……いや、正確に言えば強者になりかけている者の油断する時期が来ている。ダイリードにも傲慢な時期があったし、まだ油断してしまう時もある。しかし、この兆候は不味い。
よりにもよって危険性が高いと思われる相手との戦い。油断をしてしまう時期に被ってしまっている。もしも相手が魔族の不死性を断つ手段を持っていたら、最悪死もあり得るのだ。
(我が守らねばな……)
己には未来を繋ぐ役割がある。人々を守る役割がある。
守る対象には、もちろんゼロとサーラも入っている。彼は今一度意志を固く結び、エイリア村の渓流に島を下ろすのだった。




