191. 憎悪
魔国ディアの騒乱は収束し、平和が訪れた。
影魔族達は捕らえられ、戦場に現れた謎の少女によって大規模な交戦は起こることはなく……結果として被害は最小限に収まった。
『まずは礼を言わねばならんな。強き旅人達よ。お主らのお陰で魔国は救われた』
魔族王ルトは戦を終えてすぐに事態の対処に取り掛かった。出てしまった被害はゼロではない。被害者への対応、そして破壊された街の復旧の手筈を整える。
そして時間が過ぎて晴天が夜空へと変わった頃、イージアとレアの二人を城へ招いた。
「いや、私は求める情報の為に戦っただけだ。手掛かりはカラクバラの今際の際に聞くことができた。レアのように誰かの為に動いた訳ではない」
「そうそう、私はこの国の救世主と言っても過言ではない。イージア、君も私の立派な行動を見習ってこれからは人助けに励みたまえ」
イージアは肩を竦めて答えることはなかった。
結局、今回も彼の『性質』が出てしまい、争いを止める協力をする事になってしまった。彼自身、分かっている……無闇に誰かを助ける事は非効率的だと。しかしどうしても思いは振り切れない。一々レアに言われなくとも、不思議と人助けをしてしまっている現状だった。
『黎触の団』の王、名をムロク。
カラクバラは最期に奴を探れと言い遺した。ラウンアクロードにようやく近づいてきた……そんな現実がイージアの心を昂らせている。
「失礼します。今回の件について、ご報告が」
魔族王の斥候、ソニアが入って来る。
彼女もまた表面上では見えない事実を掴んでいた。彼女は三人にリフォル教の大司教と交戦したこと、多くの人間と魔族が彼らの実験の犠牲になっていたこと、そしてカラクバラがリフォル教と手を組んでいたことを告げた。
「なるほどね。リフォル教も不穏だが、今はラウンアクロードと直接的に関係してそうな『黎触の団』を追った方が良さそうだね、イージア?」
「そう……だな。私達は為すべきを為さねばならない。今は目先の目標を追う」
『リフォル教の動向については我らが調べておこう。しかし、『黎触の団』か……成立は魔族の誕生以前だと聞く。我にも詳しい事は分からぬな』
全てが謎に包まれた組織。追うのは容易ではない。
しかしイージアもこの十年間、『黎触の団』を追っては情報を掴み、そして敵対もしてきた。心当たりがない訳ではない。
「さて、私たちはそろそろ行く。世話になったな」
「あ、イージアさん。これ、要りますか?」
ソニアから渡されたのは、白い宝珠。どこかで見覚えがある代物だった。リフォル教の大司教が持っていた物らしい。
「何なのかよく分かりませんけど……陛下も分からないんでしたよね?」
『うむ。しかし善からぬ何かを感じる宝珠だ』
これはルイム国で彼が過去にエムティターと交戦した際、リフォル教徒が落とした宝珠と酷似していた。
混沌の因果が蓄積された宝珠。一体なぜリフォル教がこのような技術を持っているのかは知らないが、とにかく危険性が高い物である。
「混沌が込められた宝珠だな。使い方次第では災いを引き起こせる。君の話では、大司教はきわめて高い再生力と、白い粘液のような物質を媒介にした回復を行っていたらしいな。アレはリフォル教が生み出した人口生命体……エムティターと呼ばれる生き物だ。この宝珠もそれに関連していると思われる」
「なんか凄い話ですね……? で、この玉どうします?」
「私が持っておこう。後でレアに処分させる」
混沌の因果を滅ぼせるのは秩序の因果のみ。災厄の御子であるレアならば、権能を用いて宝珠を破壊できる。
「人をごみ処理場みたいに扱わないでくれよ。ま、仕方ないから処分してあげよう。……じゃ、出発しようか」
二人の旅人は魔国を後にしようと、ルトに別れを告げる。
魔族王は珍妙にして剛健たる旅人達を目に焼き付ける。自らの国に救済を齎した二人の英雄を。
『この恩は忘れぬ。何か困ったことがあれば、魔国を頼ってくれ。リンヴァルスが危機に陥った時、我らもまた救いに行くと約束しよう』
「ふふ……それはどうも」
「えっ? リンヴァルス? 陛下、リンヴァルスと今回の件に何の関係が?」
戸惑いの声を上げるソニアに、微笑むレア。
彼女は黙って踵を返し、その場を後にする。イージアも魔族王に一礼し、彼女を追う。
彼は城を後にして歩く最中、ふと思う。
憎悪に駆られた魔族。発端は人間の心だった。
今や人間は過去を悔い、彼らと未来を築こうとしている。
(私の憎悪は……)
まだ消えていない。
ラウンアクロードが悔いたとして、イージアは奴を赦せるだろうか。
──答えは否。
人間が過去に魔族を蹂躙し、今となっては懺悔している。それを赦すのと何が違うのか。
客観的に見れば、ラウンアクロードの暴虐と人間の迫害を赦すことは何も変わらないのかもしれない。しかし、彼の心が赦さない。それだけのことだった。
讐火は消えない。時に、怨嗟は長き時間と共に薄れていくと言われる。その理由は忘れるからだ。神族であるイージアは過去の記憶を欠片も忘れることはなかった。故に、いつまでも憎い。
今でも鮮明に思い出す。
親友が上げた血の噴水。自らの刃が貫く水色の少女。愛する人との別れ。眼前を歩く御子の死。
ふと、何気ない過去を追想する。幸せだった時間を。甘い香りに包まれて、皆でアップルパイを食べた時間だ。何気ない幸せが彼の心に突き刺さり、恩讐をより一層強く燃え上がらせた。
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とある研究室の一角。
魔女は研究に時間を費やしていた。火花が試験管の中で散って萌葱の瞳に映っては明滅する。
薄暗く、ただ火花が散る音のみが響く研究室。そこに客人が訪れた。
「賢者よ、失礼する」
数名の配下を伴い、一人の男が扉を開ける。暗黒を思わせる漆黒の髪と瞳。威厳を感じさせる佇まいと声色。魔女を雇い、研究の試料を提供している人物でもあった。
「あら、王様。何か用?」
「例の研究の進捗はどうなっているかを聞きに来た」
「例の……? ああ、あれは……暫く時間を置かないと効果が確認できないと思うの。数日後に来てもらえる?」
本音を言えば、サボっているだけであった。
しかしこの組織……『黎触の団』は彼女の言葉を都合よく解釈し、実験材料を捧げてくれるので居心地が良かった。あまり怠惰を晒して追放されるのも避けたい事態である。
「分かった。それは何をしているのだ?」
黎触の王は試験管の中の火を見て尋ねる。
「花火」
「花火……? なるほど、その灼炎で街を消し飛ばそうという訳か。悪くない」
「いや、違うけど……」
黎触の王は世界を滅ぼそうとするあまり、あらゆる事象を曲解する。それが彼女にとって助けになっているのも事実だが。
「では、失礼する。例の研究、報告を待っているぞ」
「はーい」
そして再び研究室に静寂が訪れた。
魔女……フェルンネはゆらゆらと試験管を揺らして火花を見つめていた。
「安全性、芸術性の両立。コストも気にしないとね。後は……そう、見てる人に喜んでもらわないと。たしか流星群がもうすぐ来るはず。その後に花火を打ち上げれば喜んでもらえるかしら?」
理外の魔女、フェルンネ。
彼女は美しい光を求めて研究を続けていた。




