190. 雷電霹靂
ルカミアの邪槍が迫る。
あまりに遅い。全身に力が滾る。
そう、クオングの力は俺の力。契約者が居なきゃ精霊は力を使うことすらできない。それに、精霊に認められるのだって誰もができることじゃない。
自覚した途端、俺の意志が爆ぜる。絶対にコイツと共にルカミアを止める。
「何……!?」
「遅えよ、三下……!」
避ける。ただそれだけの動作で、今までとの力の違いを実感する。
「雷電霹靂──『疾風迅雷』」
雨粒すら止まって見える。縦横無人に疾走、連撃。
雷の槍斧をルカミアに叩きつけて、浴びせて、ぶん投げる。
「おのれ……闇砲!」
闇の放出魔術が迫る。どんなに強い攻撃でも当たらなきゃ意味がない。
「だから、遅いって言ってるだろ? 雷電霹靂──『雷薙ぎ・三連』」
今までの三倍の速度で技を繰り出す。
ルカミアの背後へ回り込み、雷撃を三発。続けざまに打ち込む。雷撃を浴びた奴の肉体は崩壊し、再生する。だが……生命の肉体を構築している以上、痛覚はある筈だ。魔族が精霊や神族と違う点は、感覚の遮断機能が鈍いこと。奴らは完全に痛みを消去できない。
「お前が死なないのなら、お前の心が死ぬまで殺し続けてやる。雷電霹靂──『雷鳴波濤・十六連』」
「ぬうっ……!」
電撃、閃撃、雷撃。絶対的な速度による優位。
俺が優勢を自覚すればする程、意志も強くなる。そしてクオングの力は増大していく。
「力が、足りぬか……! 『呪術・浸透思念……集約』!」
ルカミアは更に配下から思念を吸収し、自らを強化する。
俺が守るのは人間だけじゃない。奴に思念を植え付けられた魔族達もだ。
「外道が……!」
雷撃を浴びせる。これまでよりも手応えが薄い。速度では追いつけないと判断し、耐久力を強化されたか。
「吠え猛よ、邪槍ドラドゥス!」
ルカミアが邪槍を地に突き立てる。
闇が周囲を覆い尽くし、彼方まで拡大。
──不味い。広範囲攻撃だ。
闇の領域の外へ出るのは……厳しいな。障壁も同時に突破しなきゃならない。
闇が無数に地から伸び、俺を捻り潰そうと迫る。
だが、生きる……そう決めた。この程度の攻撃では俺の意志は殺せない!
「雷電霹靂──『轟きの爪牙』!」
全て撃ち払ってやる。お前の呪術も、闇も、野望も。
暗雲から雷を招来。それらが手となり、足となり、悉くの闇を撃つ。だが、そこで手を止めては凌いだだけに過ぎない。更なる追撃を。
「何故……何故貴様はっ! そこまで強くなった!? 隠していたのか、強さを!」
「いいや、違うさ。人ってのは……いや、心持つ者は戦いの中で成長する。意志がある限りな。お前らはただ憎悪に駆られ、進化を放棄した。哀れな獣と同じだ」
憎悪もまた、意志と呼べるかもしれない。
だが、誰かを守りたいという意志と、生きたいという意志。それがルカミアの憎悪を上回り、クオングの力を増幅させた。
今の俺こそが正しい人の在り方だ。
「俺はお前を認めない。お前が誰かを傷付ける限り、俺はお前を許さない」
「戯言を……! 穿て、ドラドゥス!」
その邪槍だって、魔族達に憎悪を植え付けて作り上げた、偽物の意志だ。
俺の本物心には敵わない。
その薄弱たる意志、全霊を以て打ち砕く。
暗雲が頭上に集う。雨粒が不自然な軌道に変化。まるで俺の雷を伝播させるかの様に動いてくれる。
全身に雷に打たれたような衝撃が走るも、それが心地良い。全ての感覚が研ぎ澄まされ、雨空が俺と一体となる。
クオングが灰空の力を俺に集めているのだ。今、俺はあれほど憎んだ世界を味方につけている。
「雷電霹靂──『電光雷轟』!」
雷が昂る。意志が高揚する。
雷電霹靂の精霊術、その極致。いや、まだ極致には至らない。
だって、俺はもっと強くなるから。意志を強くして、未来に進む。
「退けよ……ルカミア。俺の未来から、出て行きやがれ!」
「ぐ……ぁああああっ!」
再生を追いつかせない。最大威力の雷撃で、最高速度の雷撃を無数に叩き込み続ける。
ルカミアの身体構成が追いついていない。肉が焦げては、骨が砕かれる。轟雷が降り注ぎ続け、一時も休まることなく轟音が鳴り響く。
そうして、どれだけの時間が経ったのか。
意志が続く限り、俺は雷を浴びせ続けた。
『なんだ、こりゃ……』
クオングの声がふと聞こえた。
俺は異変に気が付き、ルカミアを警戒しながら空を見上げる。
「青空……?」
雲一つない晴天。
雨が止んで、空に俺が呼んだ雷だけが光っていた。精霊術で雨雲を全て消費したのか、それとも他の要因があるのか。クオングも何故急に空が晴れたのか分かってないみたいだ。
「ぐ……」
視界の端で動きを警戒していたルカミアが動く。
肉体を形成した奴に対して、再び雷撃を放とうとしたが、クオングが待ったを掛ける。
『待て、デルフィ。アイツの呪術が切れてるみてえだ。それに……強大な邪気が一つ消えた。魔王が死んだのか……?』
「か……カラクバラ様……!?」
ルカミアは脇目もふらずその場から駆け出す。
奴が呪術で強化していた邪槍も消え失せ、今の俺とはあまりに力の差が大きい。
「待てよ。俺との戦いはまだ終わってないぜ」
奴の前方に回り込み、退路を塞ぐ。
逃がす訳にはいかない。
「チッ……」
「言った筈だ。俺はお前を許さない、負けない。お前が誰かを傷付ける限り、俺はお前の前に立つ」
屈辱の表情。歯を噛みしめて、殺意を湛えた瞳で俺を睨むルカミア。
その殺意はもう怖くない。俺の意志は折れない。
「……分かった。私の負けだ、人間。頼む……カラクバラ様の下へ向かわせてくれ」
ルカミアが頭を下げた。あれだけ虚仮にしていた人間に対して。
雷に打たれるよりも強い衝撃だった。きっと、こいつにも大切な者が居る。それが魔王なのだろう。
ここで奴をなお傷付けても良い。精神を粉々にして、完膚なきまでに叩きのめす。今の俺にはそれができる。
だが、それでは俺もコイツらと同じだ。『傷付ける側』になってしまう。
「……行け。だが、忘れるなよ。お前が何も変わらないのなら、必ずお前に誅を下す者が現れる。覚えておけ……俺の名はデルフィだ」
「デルフィ……貴様は強者と認める。その言葉、覚えておこう」
そして奴は駆け出して行った。
相変わらず、遅いな。一日前の俺には、アレがとんでもなく速く見えていたのに。
『良かったのかよ、逃がして?』
「ああ。俺はアイツに呪いを掛けた。俺の呪いが必ず……奴の憎悪に刃を刺す。アイツが俺の言葉を忘れても、誰かが必ず思い出させてくれるだろうさ」
結局、俺は人間で。魔族みたいに永遠に生きられない。
だからルカミアが再び悪意を振り撒くのかどうかは不可視の未来だ。
けど、人間ってのは意志を継ぐ。俺がこれまで錬磨し、これからも錬磨していく意志を誰かが継ぐ。
その人間が俺みたいに雷を操る人間だったら嬉しいが。
「……さて、行くぞ。契約条件は達成したな。無事生還だ」
『おう! んじゃ、これからもよろしくな、デルフィ!』
「これからはもっと面白い旅になりそうだ。行くぞ、相棒」
晴天の果てに虹が架かっている。
もっと美しい景色を見つけに行こう。
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『……ルカミア』
影魔族が集っていた主戦場に向かう中途、ルカミアの前に黒獅子が現れる。
ルカミアは獅子を見上げ、思わず息を呑む。自らの配下に掛けていた呪術の効力が失われ、大きな邪気の消失を確認した。それは戦いの収束を宣言し、そして此処にルトが居るということは──
「……兄上。カラクバラ様は」
『死した。イージアの手によってな』
「っ……!」
彼は膝から崩れ落ち、失意に沈む。
配下に強制的に憎悪を植え付け、力まで奪ってきた魔王。それでも、彼にとってはかけがえのない主であった。
『戦いは終わりだ、ルカミア』
「そう、ですね……私も人間に負けた。もはやこの憎悪はどこへも遣れず……」
『聞かせてはくれまいか。何故お主は魔国に反旗を翻した』
問いを投げかけたルト自身、理由は分かっていた。彼は日頃から行動の節々に人間への恨みを見せていた。千年前からずっと彼はルトに従う振りをして、カラクバラと内通していたのだ。
「決まっています。許せないからです、ニンゲンが。なぜ我らが迫害されねばならなかったのか。同じ心を持ち、平和を望んだ我らが……何故」
『今、その平和は成されつつある。魔族の誇りを蔑ろにしたことは謝らねばならない。しかし、争いは争いしか生まぬ……故に我は人間へと歩み寄った』
晴れやかな空が、彼らの鬱屈とした空気を眺めていた。
ルカミアは俯いて沈黙し、ルトを見ようとはしない。
『……お主は、我を兄だと思ってくれるか』
「思っていました。千年前のあの日までは。だが、今は違う。私は叛逆者……魔国より去りましょう」
立ち上がり、彼は踵を返す。その背をルトは追いはしなかったが、なお語る。
『我はカラクバラに魔族の未来を託された。故に……』
「分かっています。私はもう人間と争わない。私はとある人間に呪いを掛けられた。そして、その呪いを背負う事が敗者としての義務だ」
『…………』
振り返ることなく、ルカミアは言う。屈辱と憎悪を孕んだ声で。
「ニンゲンへの憎悪は消えていません。私はこの憎悪を永遠に抱えながら、闇の中で生きてゆく。そして、もう二度と……私が誰かの前に現れることも、誰かを傷付けることもないでしょう」
彼の言葉を聞き届けたルトの胸中には、安堵と悲哀が同時に渦巻く。
兄として、どこで間違えたのか。ただひたすらに問答するしかなかった。
「我が不義、お許しください……兄上」
遥かなる晴天に、獅子の咆哮が轟いた。
それは戦の終焉を告げる咆哮。そして、孤独なる王の慟哭であった。
9章完結です




