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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
9章 晴天の霹靂
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187. 死線の上、覚束ない意志

「はぁ……はぁ……」


 雨に打たれながら、一人の少年が走っていた。

 少年は先日魔国へと越してきた家庭の子供だった。父親の赴任先へと同行することになり、家族で移住してきたのだ。

 矢先、惨劇は起こった。突如として魔族が人間の居住区を襲い始めた。どうやら魔族王に対するクーデターを起こした派閥が行った暴挙らしい。彼らは酷く人間を憎んでいた。


 両親は少年を庇って死んだ。

 幼い子供の足で必死に逃げる。後ろから迫る魔族は彼を嘲笑うかのように追って来る。敢えて生かされているのだと知っていながらも、彼は逃げ続ける。


「……む」


 しかし、終わりが来てしまう。通路を曲がった先で魔族と遭遇した。

 前方の魔族は少年と少年を追う魔族を見て口を開いた。


「おい貴様。状況を説明しろ」


「こ、これはルカミア様! このニンゲンを追い、苦しめていたところであります!」


 立場は前方のルカミアという魔族の方が上らしい。後方の魔族がルカミアに遜り、足を止める。


「苦しめていた……? 敢えて生かし、愉しんでいたということか?」


「はっ!」


「貴様……そのような下種な行為は、かつて我らを迫害したニンゲン供と何も変わらぬ……! 失せろ、貴様に魔族の誇りはない……!」


「ひっ……も、申し訳ありません!」


 彼に叱責された魔族は尻尾を巻いて逃げ出す。

 それから彼は腰を抜かす少年を見下ろして語り掛けた。


「ニンゲンよ、貴様を弄んだことについては謝罪しよう。かつて貴様らが我らに浴びせた侮辱はこんなものではなかったが……我らはニンゲンとは違う。では、死ね」


「い、嫌だ……!」


 ルカミアの無慈悲なる槍が少年へと突き下ろされる。

 雨粒が落ちるよりも速い一撃。死が一瞬で明確な輪郭を帯びる。


 少年は思わず瞳を閉じる。しかし、奇妙な現象が起こった。

 瞳を閉じたにも関わらず、暗闇が瞼に張り付いていない。明るいのだ。真っ白に光って、そして数秒後にいつも通りの暗闇が訪れた。

 痛みが身体に走っていない。彼は恐る恐る目を開けた。


「ガキ、遅くなって悪いな。立てるか?」


 真っ白な髪に、鋭い瞳。手には黄金の束……よく見ると、雷で出来た槍斧が握られていた。ルカミアの槍と交差して、中空で攻撃を受け止めていたのだ。


「貴様は……生きていたのか。なぜここに居る? あのまま国境から出れば良かったものを……」


「うるせえ、俺の生き方は俺が決める。おい、お前は向こうに逃げろ。あっちなら魔族が少ない」


 彼は少年の手を取って立ち上がらせ、通路へと背中を押す。そして少年を庇うようにルカミアの前へと立ちはだかった。


「あ、ありがとう……お兄ちゃん、頑張って!」


 少年は再び雨の中を駆け出した。

 彼を助けた男……デルフィは少年が行ったのを確認してルカミアに向き直った。


「『頑張れ』だなんて久々に言われたな……で、お前はあの子供を追わないのか? 追ったら後ろから撃ち抜くが」


「貴様に引導を渡してやろうと思ってな。崖から落ちて死んだと思っていたが……ここで確実に殺してやろう。なぜ国外へ逃げず舞い戻って来たのか……つくづく理解に苦しむ」


「お前らが誰かを傷つけるから、守りに来た……理由なんてそれだけだ。俺の柄じゃないが……俺にしかできないことだってのも分かってる。一秒でも長く、お前を止める」


 雷鳴が轟く。


『言っておくが、デルフィ。俺様の生命力を分け与えた影響で精霊術の質は今までよりも低くなってるぜ。それでもやんのか?』


(分かってるさ。ここまで来て退く訳ねえだろ)


 そう答えたものの、彼の心は迷っていた。誰かを守ることに対する迷いではない。自分がクオングの力によって守られているということに迷っていた。

 躊躇いながらもクオングの呼びかけに答え、彼は槍斧を構える。

 かくして二者の戦いは始まった。


「雷電霹靂──『轟きの牙』」


 雷が暗雲から三本伸び、ルカミアへと襲い掛かる。

 一本目、回避。二本目、撃砕。三本目、再び回避。

 ルカミアの一連の動作を観察しながら、デルフィは槍斧の一撃を叩き込む。

 速度は依然としてデルフィが若干勝っている。問題は体力と、戦闘経験の差。相変わらず厳しい戦いだが……今の彼の目的は「生きること」では無かった。故に、その問題も些末。


 攻撃を受けたルカミアは巧みに受け流し、反撃の突きを繰り出す。後退したデルフィに対して魔術を放った。


闇縫(ガンド・メリア)


「それ、さっき見たぜ……!」


 デルフィの足元に闇が生じ、針となって襲い掛かる。飛び上がって闇を回避、再び雷撃を落とす。

 二本の雷は攻撃に、一本の雷は地上への降下に使う。雷に乗った勢いで更なる技を繰り出した。


「雷電霹靂──『雷薙ぎ』」


 槍斧から発せられた電撃が周囲を薙ぐ。襲い来る雷撃を捌く中で、広範囲を対象とした攻撃をルカミアは躱し切れない。

 勢いのままにルカミアの肉体を吹き飛ばし、絶命させる。しかし、これで終わりではない。吹き飛ばされた肉体は集約され、邪気を素に再び身体を形成した。


「なるほど、強いな。しかし貴様も知っているだろう。魔族は不死、ニンゲン如きに屠れはしないと」


「別にお前を殺そうなんて思ってない。お前とまともに張り合えるとも思っちゃいない」


 ルカミアはデルフィを厄介に思う。彼の目的は時間を稼ぐこと。早く魔王の下へ加勢に出向きたいルカミアにとって、煩わしいことこの上なかった。そうした意味では彼は張り合えていると言える。


「もう良い。魔族王との戦いに温存しておきたかったが……使うか。『呪術・浸透思念……集約』」


 ルカミアから発せられた黒きオーラ。それは彼の槍へと集約し、禍々しい邪槍へと変形させた。

 殺気が爆発的に発せられる。速度で勝っていたデルフィの視界には、ルカミアの何気ない動きが幾重にも重なって見えた。


「何だ……?」


『オイ、アレは不味い! 強制的に思念を他者へ植え付けて、植え付けた者から意思を吸収して自分の力に変換する……そんな呪術だ! あの魔族が吸収した力は、アイツの配下の思念だろ……』


 クオングの言葉に彼は戦慄する。

 つまり、影魔族は強制的に人間への憎悪を植え付けられていたという事なのか。では、この争いは魔王とルカミアが起こしたという事なのか。

 想像するにも悍ましい事実だった。彼はその可能性を頭の中で振り切り、再度戦闘体勢に入る。


「とにかく、止めなきゃならねえ。雷電霹靂──」


「遅い」


「ぐっ……!」


 彼が技を放とうとした瞬間、衝撃が全身を駆け巡る。

 ──あまりに速い。ルカミアの動きは僅かに視界の端で捉えられた程度だった。辛うじて急所を突かれる致命傷は避けたが、追撃の蹴りで吹き飛ばされる。


 眩暈が意識を搔き乱すが、立ち上がる。

 立ち上がったと同時、眼前にはルカミアの姿。槍の穂先が迫る。


「雷電霹靂、痺れ網!」


 咄嗟の反応で雷の網を張り、ルカミアの動きが僅かに停止。

 距離を取ろうと後退するが、再び鳩尾に拳を叩き込まれる。今度の一撃は致命的だ。意識が朦朧とし、かなりの距離を吹き飛ばされる。石畳に身体が打ち付けられ、身体が折れて全身から血が溢れ出す。


「かはっ……!」


 血が止まらず、身体に力が入らない。

 かなりの距離を転がって来たというのに、ルカミアは一瞬で彼の下へと追いついた。


「人の身は不完全。魔族であればその様な傷は瞬時に治せる」


『おい、デルフィ! 起きろ!』


 彼はぼやける視界の中で、僅かに残る力を搔き集めて立ち上がる。

 息も絶え絶えに、言葉を紡ぐ。


「……少し、待て」


 ルカミアは彼の言葉に眉を顰める。命乞いなどしない性質の人間かと思っていたが故に、彼の言葉は意外なものだった。

 黙って邪槍を構えながら、デルフィの言葉を促す。紡がれた言葉は、


「……クオング……契約解除だ」


 精霊契約者の終わりを告げる一言だった。

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