186. 魔族王と魔王
『魔刃』ソニアと、リフォル教大司教ラサンの戦いは終わることなく続いていた。
「さあ、もっと私を切ってみなさい! それで貴女の気が済むのならば! 貴女が諦めて死ぬその時まで、私はいつまでも付き合いましょう!」
「くっ……『魔刃・六解』」
六つの刃が変幻自在に動き回り、ラサンの肉体を切り刻む。しかし、一瞬で傷は再生される。
確実に致命に至る攻撃は加えた。何度も、何度も。そして肉体を一瞬で吹き飛ばす作戦も試みたが、僅かな肉片から身体が再生した。
問題は、何の力を以て再生しているのかということ。再生は白い粘性の液体で行われている。ソニアが見たことの無い物質だ。記憶を漁ってみても、該当する物質には思い至らない。
「どうしました? 火球!」
迫る火球を切り裂き、再び無数の刃を走らせる。
互いに息切れすることなく、刃の舞踏は続く。先程からあらゆる毒を仕込んではいるものの、まるでラサンには効いていない。
「『魔刃・十二解』」
ありったけの魔力を籠め、十二の刃を放つ。それぞれが別種の毒を宿した秘奥義。
それは本当に偶然の事だった。刃の雨を浴びるラサンは、やはり傷を即座に再生した。しかし、一箇所再生が送れた部分があった。
(水滴……? 雨の……)
激しい動きにより、ソニアの短刀の柄に付着していた雨の水滴が飛んだのだ。そして、水滴が付着した箇所は僅かに傷の再生が遅れていた。
──水。何かしらの鍵が水という物質にあるのではないか。そう思い、彼女は懐から瓶を取り出す。刃に属性を付与する合成液である。数に限りはあるものの、試してみる他ない。
「『魔刃・二解』」
試しに水属性を付与した刃を二つ、速度重視で放つ。
切られた箇所は泡立ち、傷口が治るというよりも、腫れ上がる。白い泡が刃で付けられた傷に出来た。
「……!」
これまで全ての攻撃を堂々と受けていたラサンが慌てて距離を取る。彼女の動作に、ソニアは水属性こそが敵の弱点だと確信する。
「やはり、唯一の欠点の克服が課題ですね。エムティター化は素晴らしい技術ですが、どうしても理論に穴ができてしまう……」
リフォル教の技術。それは非道な行いの上に成り立ったものである。
何としてでもラサンを打ち破らねばならない。彼女はそう決意する。
「『暗幕・八重』」
魔族に適正持ちが多い弱化魔術の応用。視界を遮る黒光を八つ生み出す。
「無駄です。その程度の目くらましで攻撃を浴びせるなど不可能」
黒光はラサンの炎魔術により払われる。
「『魔刃・三解虚ろ』」
そして、ソニアが続けざまに放った三枚の刃も対処される。ラサンは左右、及び頭上から迫る刃を回避。しかし、ソニアが放ったその刃は攻撃でもなければ、水属性が付与されてもいない。
弱化魔術の熟練者は、隙を生み出す為に隙を生み出す。彼女が今しがた放った刃は、暗幕で作った隙に打ち込まれた、本命の攻撃を浴びせる為の幻惑の刃。
ソニアにはラサンの回避する軌道が実像の様に想定できていた。
「そこです。『魔刃・十六解』……!」
「なっ……!?」
暗幕にて仕掛け、攻撃に見せかけた刃を三枚。攻撃後に敢えて僅かに距離を取ることで、次の攻撃までに一拍入れると思わせる。
完璧な間隙の作成。ラサンの精神も、行動も。彼女の計算通りだった。
「報いを受けろ、極悪人」
全方位から迫った十六の水属性の刃が、深々とラサンの身体に突き刺さる。そして、そのまま彼女の身体を切り刻んだ。
切り刻まれた彼女は再生することなく、泡立ちながら融解していく。念の為、さらに丹念に水属性の刃で切り刻んでおく。そして跡形もなくラサンの肉体は消滅した。
「やはり、リフォル教は生かしてはおけませんね。調べなければなりませんね……カラクバラとの関連も含めて」
そして彼女は異空間に残された情報を漁り始めた。
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『カラクバラッ!』
「……ルトか。お前なら追ってくると思っていた。あの化け物は何だ? 神族か?」
軍から離れ、レアから距離を取ったカラクバラを追って来たルト。
再び『はじまりの魔族』は相対し、不穏な空気が流れる。
『さあな、我も知らぬ。お主はまだ戦いを続ける気か? 我の配下も、お主の配下も全て動きを封じられた。それでもなお争いを……』
「ルト。お前を殺せば、余が魔族の王となる。その事実は変わらない」
魔族王の言葉は殺意によって遮られる。カラクバラは人間に向ける純粋な殺意とは異なる、複雑な感情が入り混じった殺意を放つ。
無論、ルトもまた殺意を受けて何もしない訳ではない。カラクバラの正面に立ちはだかり、闘志を滾らせた。
「我々の道は分かたれたのだ。千年前のあの日、お前がニンゲンにすり寄ったあの日から……!」
『争いは何も生まぬ。人は不死性を持たぬ生き物だ。だからこそ、もはや我らを排斥した人間たちはもう生きていない。今代に生きる人間に責任は無い。そして、彼らと争う理由もない』
「ふん……それでも奴らは、あのニンゲンどもの忌血を引いている。思考の回路も同じだ。いずれまた魔族を侮辱し、蹂躙しに掛かるだろう』
彼らの論は平行線を辿る。千年前からずっと分かり合えないまま。
『我は信じる、心を。魔族は魔物と違う、心がある。魔族が心を持った意味はきっと……他の種族と分かり合う為なのだと我は思う。人間と幸せを築く魔族が居る。共に笑う魔族が居る。だからこそ、我は彼らの幸せを守ってみせる。『はじまりの魔族』として約束を交わした事を覚えておるか、カラクバラ。全ての魔族を幸せに導く、と……』
「……それは叶わん。いつまでも夢を見るのは愚王に他ならん。もはや交われぬのだ、我らの道は……!」
炎が立ち昇る。地上の黒き太陽は、魔族の王を屠る為に動き出す。
魔族王もまた咆哮し、一帯に霜を走らせる。異常な気流が逆巻き、天に上る。
「今ここでッ! ルト、貴様を屠る!」
『カラクバラ……! 我はお主をも救ってみせる……!』
「煉陽転輪!」
四本の尾から発せられた炎が撓り、ルトに迫る。
ルトは周囲に氷の障壁を展開し、炎を消し飛ばす。
千年前の戦いと同じ始まり方だった。しかし、魔族王の背には一人の人間が乗っていた。それだけが過去と異なる点だった。不死をも斬り裂く彼の刃が無ければ、決着は着かないかもしれない。ならば、かつての友であったカラクバラの心に語り掛け続ける。ルトはそう決心していた。
『霜零餓狼!』
爆発、次いで爆発。土煙が雨に撃ち落とされ、徐々に視界を晴らしていく。
獄炎と絶対零度の衝突が絶え間なく起こる。炎槍が空に無数に浮かび、ルトへと飛来。地の果てまで咆哮が轟き、炎が散り散りとなって霧散。
続いて大地に霜の剣が走る。四本の尾が巧みに撓り、霜の剣を受け流す。
大いなる力と力のぶつかり合い。天変地異にも匹敵する衝撃が幾度も走る。
『変わらぬな……お主も、我も……!』
「いいや、余は変わった! 眷属供よ、力を寄越せ……!」
カラクバラの全身から黒きオーラが発生。
それは魔力へと変換され、大幅に彼の力が強化される。
『一体、何をした……? その力は何処から……!?』
「余は勝つ! これは我ら影に忍んできた全ての魔族の悲願! 故にこそ、力もまたこの身に集約する!」
『呪術か……!? 貴様、そこまで落ちたか……!』
恐らく、カラクバラは配下の影魔族から力を吸収した。動けなくなった配下の軍勢から強制的に。
だが、それは同時に影魔族がカラクバラに魂を支配されているという事。かつてのカラクバラは絶対にそのような非道な行いはしなかった。ましてや同胞である魔族に呪いを掛けるなど、言語道断。
『やはりお主は誤った……! その残虐、ここで止める!』
「止められるか、この力を得た余を!」
カラクバラの尾の数が八本に増加する。炎の強さが格段に上昇。
先程まではルトと力が拮抗していたが、こうなっては天秤は傾く。
「『煉陽狐火・獄』」
絶対的な獄炎が上がる。地を、空を、雨をも焼き焦がしルトへ迫る。
六の炎を霜の障壁によって防ぐ。しかし、
『ぬう……!』
残り二つの獄炎が彼の鬣を焼き焦がす。無理に炎を振り払わんとする彼に、追撃の炎槍が迫る。
炎がルトの肉体を貫かんとする、刹那。
「晴嵐の撃──『遠揺』」
一筋の青霧が、炎を薙いだ。




