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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
9章 晴天の霹靂
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180. 戦火弾け、雷電猛る

 宿の扉が叩かれた。

 イージアは書物から目を離し、扉を開く。そこには一人の少女が居た。ラベンダーの様な浅紫の髪を長く伸ばした、見知らぬ少女である。


「イージアさんですねー。ご指名いただいたソニアです!」


「……?」


 指名。ソニアと名乗った少女はそう言ったが、イージアには心当たりが無かった。


「というか、本当に仮面つけてるんですね……前見えるんですか?」


「???」


 何事かと彼が首を捻らせていると、レアが後ろから顔を覗かせた。彼女とソニアの目が合う。ソニアは笑ってレアに会釈して、無遠慮に部屋の中へ入り込む。


「おやおや、イージア……君はそういう人間だったのか。まあ、かえって安心したよ。君には一切欲望というものが無いように感じられてね……」


「ああ、ルトの使いか」


 レアが小言を言っている間に、イージアがふと思いつく。

 昨日、ルトの方から影魔族に関する情報を配下に伝えさせると言われたのだ。


「はい、そうです。魔国の斥候をやってます、ソニアです。陛下から影魔族の勢力とか、最近の動向とか……? いろいろ教えろと言われたので。あの方がここまで誰かを信頼するのも珍しいです」


「たしかに、魔族王は慈悲深くも猜疑心が強い性格だと聞く。なぜ我々を信用したのだろうか」


「たぶん、お二人が強いからっていうのが理由だと思いますよ。実力がある人ほど、陛下を軽んじて嘘を吐くなんて真似はしませんから」


 呆然とするレアを他所に、二人は話を進めていく。

 机に座るイージアを彼女はぐいぐいと引っ張り、説明を促す。


「彼女はルトの使者かい? 使者が来るなんて聞いてないぞ」


「君が聞いてなかっただけだ。黙って座っていてくれ」


「あーはいはい。邪魔して悪かったね」


 ふてくされた様子の彼女を見て、ソニアは微笑む。


「お二人とも、仲が良いんですねー。羨ましい!」


「仲は良くない。早速だが、影魔族の話を聞かせてくれ」


 そして、イージア達は彼女から様々な情報を聞き出した。

 国内に侵入している影魔族の規模、分布、カラクバラについて。ラウンアクロードという名についても調べたが、何も分からなかったとのこと。

 そして影魔族と協力している何かしらの勢力が存在するという話になって、不貞腐れていたレアが口を開く。


「そういえば、リフォル教が人を誘拐しようとしてたよ。影魔族との関連は不明だけど」


「え、リフォル教……です? じゃあ影魔族が誘拐した方々は、リフォル教に引き渡されてるんでしょうか……控え目に言って最悪ですね、それ」


 世界全域にリフォル教の魔の手は及んでいる。残虐な行為ゆえに遍く国から忌避されており、この魔国ディアでも例外ではない。『黎触の団』もまた世界中に勢力を広げつつあるが、まだ世間的な認知度は低い。

 イージアはまたしても名前が出てきた団体にうんざりしながらも、リフォル教の狙いについて考え始めた。誘拐された魔族や人間が何に使われているのか……予想はつくが、考えたくはない。過去にエムティターと呼ばれる、人間を使った生物兵器と相対したこともあるイージア。リフォル教がどれほど人倫に悖る行為に手を染めているのかは分かり切っていた。


「ところで、影魔族はどんな手段で魔国を攻撃するんだ?」


 彼の問いにソニアは首を傾げる。


「恐らく戦争でしょうけど……魔族は不死ですからね。どうやって決着を着けるのか。彼らがいつ動くのかも分かりませんし。急にテロリストみたいに、ばーんって襲ってくるかもしれません」


 直後。

 凄まじい爆音が一帯を震わせた。ソニアの背後にある窓の外では、黒煙が立ち上る。雨空にもくもくと立ち上り、それは次第に大きくなっていく。


「こんな感じに、ね? ……って、ええ!? もしかして影魔族が仕掛けてきたんです!? 急すぎませんか!」


                                      ----------


 デルフィは都市から街道へ出る国境へ差し掛かっていた。水溜りを避けながら歩いている。

 どこか胸に蟠りの様なものを感じながら、次なる旅路を目指す。首に蜷局を撒くクオングも、彼の口数がいつもより少ないことに気が付いていた。


『自分でもよく分かっていないが、私の力の根幹を成しているのは……誰かを守りたいという想いだったのだろう。結局、何も守ることはできなくて……力への執着は捨ててしまったが』


 今朝、イージアから語られた言葉が鮮明に脳裏に焼き付いている。彼と共に魔国を目指している時、魔物と戦う姿を見てデルフィは思った。彼の様に強くなりたい、と。

 しかし人間には限界がある。そして自分には天賦の才もない。彼自身、痛いくらい分かっていた。

 誰かを守りたいと思ったことがない。自分を守ることで精一杯だった。だが、力への執着は異常なまでに抱えていた。だからこそクオングと出会い、契約を交わしたのだ。


「……仕方ない、な」


 仕方ない。それが彼の口癖だった。

 努力で超えられない壁、変えられない生まれ。彼が刹那の憧憬を抱いたイージアもまた、世界に選ばれた存在だ。だから彼の様に強くはなれない。仕方ない。


 魔国ディアの都市を出る門の前に彼は並んでいる。前方の人々が国を出る手続きをして、彼は順番待ちの時を無心で過ごしていた。周囲の者は大半が魔族だ。一部には人間の姿をしている者も見受けられるが、大体は人型の魔族だろう。


「次の方、どうぞー」


 係員に呼ばれ、デルフィは前へ出る。

 身分証を提示し、係員が目を通す。


「……なるほど、デルフィ様ですか。ニンゲンの方ですね?」


「……あ?」


 自然と身体が動いていた。

 彼が先程まで立っていた場所には白刃が煌めいている。係員が抜いた剣だと数秒遅れて気付く。


 ──殺意。無数の殺意が周囲に散乱している。

 昨夜感じた殺意と同じようなモノが、そこら中に。


「な、何だ……!?」

「お、おい!? 何をする!」


 分析。敵意を持つ魔族が、二十名ほど。国境の係員は全員。通行人にも数名紛れている。

 何が起こっているのか分からず、混乱している者が十名ほど。一般人だ。彼らは敵意を持つ魔族たちに取り押さえられている。


『おい、デルフィ! おもしれえことになってきたなあ!』


「……影魔族」


 イージアが言っていた言葉を思い出す。

 影に潜み、昨夜殺意を向けてきた者と同質の存在。単体相手でも危機感を覚えた存在が、二十。彼の本能がこれまでに無いほど警鐘を鳴らしている。


「おやおや、抵抗されては困りますよ。ニンゲンは処分しなければ」


(逃げる……と言いたいところだが、囲まれているな。出口の扉も閉められたか。やるしかない……のか?)


 彼の判断力は本物だった。僅かでも生存する可能性が高い道を探る。

 絶望的な状況だが、彼が生への執着を捨てることはない。もしも彼が生にしがみ付かない様な性格であれば、とうの昔に死んでいる。


「おい、ニンゲンは殺さずに捕縛せよとのご命令だ。貴様は魔王様の命に背くのか?」


「ル、ルカミア様! いえ、そのようなつもりは……」


 デルフィへ剣を抜いた係員に、一人の魔族が語り掛ける。見覚えがある顔だった。

 昨夜遭遇し、命を奪われかけた魔族だ。


「お前は……昨日の……」


「ああ、昨日はよく逃げてくれたな。お陰で我が王よりお叱りを受けてしまった。私はルカミア。誇り高き魔族の王族にして、魔王カラクバラ様の腹心。今、この時より我ら影魔族は動き出す。魔族の力を世界に示すのだ」


「知らねえよ……勝手にやってろ」


 彼は魔族のいざこざに興味など無い。争いは当事者の間だけで勝手にやってくれれば良い……そう思って今まで生きてきた。

 ルカミアは配下にデルフィを取り囲ませ、混乱する一般の魔族に高らかに告げた。


「聞け、魔族の者らよ! 私はルカミア、魔族王の弟だ! 率直に言おう……これはクーデターである!」


「クーデターだって……?」

「ルカミア様って、あの……?」


 魔族王の弟として、国を治める者としてルカミアの名は知れ渡っている。何も知らぬ魔族たちは、名を知る者が出てきたこともあり、次第に冷静さを取り戻していた。


「魔族王ルトは『はじまりの魔族』と呼ばれている。しかし、『はじまりの魔族』はもう一人いらっしゃる! そのお方の名はカラクバラ。我らが魔王と奉じるお方だ。我らは魔王様の下に、魔族王ルトに反旗を翻す!」


「魔王? カラクバラ?」

「なぜルト様に反逆を……? 特に不満は……」


「不満……いや、我らの歴史には過ちがある! 思い出せ、ニンゲンに虐げられていた過去を! ニンゲンよりも遥かに優れた魔族が……! 魔族王は我らを虐げていたニンゲンの手を取り、魔王様は反抗した! かつての戦で魔王様は魔族王に放逐され……千年の屈辱を味わった!」


「そういえば、そんなこともあったな」

「俺はまだ生まれていないから知らないな……」


 ルカミアの演説を聞く魔族の中には、千年前の争いを覚えている者もいた。魔国の設立当初は人間と融和することに反抗する者も多かったが、やがてその意識は薄れていった。ルカミアは再び人間への憎悪を呼び覚まそうとしているのだ。


「今、この瞬間! 魔王様は闇より出づる! 魔国の全土に配備された影魔族と共に、魔族王を討つのだ! 思い出せ、過去の屈辱を! ニンゲンへの憎悪をッ! 我ら影魔族に下る者は申し出よ!」


 一般の魔族は戸惑っている。憎悪は時の流れが解消させていくものだ。

 しかし、時として消えぬ憎悪が魂を支配し続けることもある。それはきわめて稀有な例であり、多くの魔族にとって、ルカミアや影魔族の怨恨は理解できないものだった。


「そうは言われても、な……」

「別に俺は千年前に生まれていないし、人間への憎悪は……」

「というか、カラクバラなんて初めて聞いたよ。本当に存在するのか?」


「……我らに従わぬ者は、リフォル教へ実験材料として引き渡すことになる」


 そのルカミアの言葉で、空気が凍り付く。

 実質的な強制。魔族はリフォル教という言葉に戦慄する。彼らの実験材料になどされれば、どのような惨い行為をされるか分かったものではない。魔族は不死だからこそ、永遠の苦痛を味わい続ける可能性もあるのだ。

 そして、戸惑っていた魔族たちも影魔族の命令に従い始める。


 デルフィは影魔族に取り囲まれている間も、常にこの状況を脱する手段を考えていた。

 至った結論はただ一つ。


(クオング……ボルテージマックスだ)


 周囲の魔族を全て蹴散らし、逃げ切る道を選ぶ。



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