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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
9章 晴天の霹靂
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178. 潜む情

 時刻は少し遡る。

 雷電霹靂の精霊契約者、デルフィは街中を歩いていた。雨よけの魔法を使い、人通りの少ない道を見て回る。店が少ない通りに雨という天気も相まって、閑散としている。


「討伐証と資源は大体売り終ったな。切り詰めれば一月は持つが……ちょっと傭兵でもやって稼ぐ必要がありそうだな」


『ここらの魔物どもはそこそこ強えからな! 多少は鍛錬になるんじゃねえか?』


 リーブ大陸北部に位置する魔国周辺のフロンティアには、強力な魔物が多く生息している。魔国の上に位置する【不浄の大地】から流れ出る邪気が影響していると考えられている。

 武者修行を兼ねる彼の旅では、危険なフロンティアを渡り歩くことも多かった。彼と精霊クオングの相性は抜群で、これまで幾度も一人で危険なフロンティアを潜り抜けてきた。


 だが、危険な場面というものはフロンティアに限って遭遇するものではない。

 人里にも危険は潜んでいる。悪意ある人間、思わぬ災害。いかなる土地であっても、完全な油断は死を招く。そして、今この瞬間も。


『……それより、気付いてんのか?』


(ああ。尾行されているな。何名だ?)


 クオングは蛇の身体をくねらせて周囲の気を探る。

 数分前から尾行に勘づいていたデルフィは、あえて人通りの少ない道へ向かっていた。普通の人間であれば屋内や人通りの多い場所へ向かうが、彼は強者。幾度も危機を乗り越えてきた玄人だ。尾行を察知されるような者に負けることはないとの自負があった。

 そして何より、悪人を倒せば旅に必要な金銭を強奪できる。悪には悪を以て対抗する。それが彼のやり方だった。


『五、いや……六匹か。魔族じゃねえぜ、人間だ』


 人間が相手ならばますます都合が良い。魔族は不死性を持つので厄介だ。


 彼は路地裏へ入り、少し開けた場所へ出る。混戦にはやや狭いが問題ない。

 隙を見せるように敢えて石段の上に座り込む。その間に、彼は順調に包囲されていた。


(……そういや、誘拐事件があるとか聞いたな)


「すみません。そこの方」


 座り込む彼に、一人の男が話しかけてくる。

 平凡な服装をした、特徴のない男だ。


「何か用か?」


「いえ、私は旅人なのですが……道に迷ってしまいまして」


「へえ。旅人のくせに、やけにカジュアルな服装だな? それに……そこらに隠れてるのはお前の連れか? ずいぶん大所帯で旅してるんだな」


 彼の言葉を受け、男は飛び退く。同時、物陰から五名の人間が飛び出した。


「チッ……気付かれていたか。大人しくしろよ」


 周囲の人間は次々と武器を取り出し、デルフィを包囲。

 彼は立ち上がり雷の槍斧を生み出す。


「彼我の力量差くらいは測れるようになってからイキれよ。クオング、やるぞ」


                                      ----------


「雷電霹靂──轟きの牙」


 雷鳴が轟く。暗雲から雷の腕が伸び、三人の人間を穿つ。

 同時、デルフィの槍斧から放たれた雷糸が周囲を支配。地を伝って伸びた電撃が周囲の人間を気絶させる。


『雑魚だなオイ! やっぱ、どでかい魔物じゃねえと張り合いがねえ!』


「よっしゃ、財布を拝借するぜ」


 襲ってきた者たちの荷物を弄り、彼は財布を検める。他にも武器の類を奪い、金になりそうな物はあますことなく奪う。

 その時、奇妙なものが目に入った。

 彼らの服の裏に縫い付けられた蠍型の刺繍。


「リフォル教か。まあ、誘拐なんて奴らがやりそうな事だしな」


 彼は気にすることなく荷物を漁り続ける。リフォル教には幾度も遭遇し、迷惑を掛けられる事には慣れ切っている。


「おや、そこに居るのは……デル……何だっけ」


「……デルフィだ。お前はレアだったな」


 一切の気配を感じさせず、彼の背後に忍び寄る者が居た。クオングの警告も無かったことから、精霊以上の力を持つ存在だと推測できる。

 彼は依然として彼女に警戒を抱きつつも、闇討ちされなかったことから多少の信頼を許す。


「こんな所で何をしている?」


「最近、この魔国では誘拐事件が多発しているらしくてね。見回りといったところかな」


「関係ない者を守る為に見回りだと? 随分なお人好しだな」


 そんな生き方をしていれば真っ先に悪人の餌食となる。彼女が真っ直ぐな生き方をしていて健在な理由は、偏に彼女自身が強者であるからだろう。


「それはどうも。そこに倒れているのは……リフォル教かい? また彼らか……もう見飽きたよ。しかし、想定していた組織とは違うな」


「どういうことだ? 誘拐事件の犯人がこいつらではないと?」


「まあ、それは旅人の君に話しても仕方ないことだね。私も旅人だが」


 デルフィは大して誘拐事件に興味がある訳ではない。他人がどうなろうが興味はない上に、自分が生きていくので精一杯。レアのように余裕がある者を羨ましく思う時もあったが、仕方ないことだ。世界は格差で溢れていると彼は知っていた。


「……俺は行くぞ。リフォル教に襲われたから返り討ちにした、それだけだ。このリフォル教供をどうしようが、お前の勝手だ」


「ああ。彼らは私が城へ持って行こう。ただ……一つ忠告をしておこう、デルホイ」


「デルフィだ」


「デルフィ。君は人間相手にならば負けないだろうが……魔族には気を付け給え。この国の大半の魔族はよき隣人と言えるが……影に潜む魔族には触れてはならないよ。私も先刻遭遇したが、おそらく君では敵うまい」


 ──自分に敵わない存在。

 彼女の発言は残酷な現実を突きつける。しかし、デルフィは心を乱すことなくそれを受け入れる。心の奥底ではどこか高揚と屈辱が燻っていたが、彼自身その感情に気付く事はなかった。


「忠告、痛み入る。気を付けるよ」


 そして彼は闇から抜け出して行った。


                                      ----------


 イージアがやって来たのは、王城。

 時刻は既に遅く、門は閉ざされている。しかし、どうしても国王に謁見を望む彼は王城の壁を駆け上り、風魔術で飛翔して内部に入り込む。


「……夜分遅くに失礼する」


『イージアか。何かあったか?』


 魔族王が座する上段の間の窓を開け放つ。ますます強まる雨脚の下、強い風が吹き込んだ。

 ルトは寝そべっていた身体を起こし、彼に鋭い目を向ける。


「どうしても尋ねたいことがあった」


『うむ。話してみよ』


 イージアは窓を閉め、ルトの正面に立つ。

 闇の中に黒き獅子の身体が溶け込み、金色の眼光だけが光源となっていた。彼はその金色に向かって言葉を紡ぐ。


「今日、謁見の最後に君の弟が来たな。たしか名前は……」


『ルカミアだ。昔から我を支えてくれている大切な家族である』


 大切な家族。ルトがそう言い放っただけに、とある疑問を投げかけることは躊躇われた。しかし、どうしても明かしておかねばならない話だ。


「彼は今、何をしている?」


『……【影魔族】についての情報を調べてもらっておる』


「では、彼に関して何かおかしい点はないか? 報告の内容に齟齬があったり……」


 そう問われたルトは静かに目を瞑り、そして再び開く。瞬きではなく、何かを考え込むように長い瞑目だった。

 イージアの疑問への返答は、更なる疑問だった。


『何故、そのような問いを?』


「率直に聞こうか。彼……ルカミアは人間を憎んではいないか?」


『どこでそれを知ったのか……兄である我でさえも、長い事あの子の気持ちに気付いてやることは出来なかったというのに。やはり我は、愚かだな……』


 ルトは悲哀に満ちた声で呟いた。魔族の王たる威厳は、その一瞬においてだけは欠け落ちていた。


『然り。ルカミアは、【影魔族】に与しておる。我はあの子からの報告が全て虚偽だと知っておる。【影魔族】側から送り込まれた内通者だ。何時から奴らと通じていたのかは定かではないがな』


「彼が内通者だと知って、敢えて泳がせているというわけか」


 ルトは黙って頷いた。

 イージアが幼少期に見た『魔王』。アレはルカミアだった。人間に対する醜い憎悪を撒き散らし、破滅を振り撒く存在へと成り果てていた。数多の魔物を統率し、人間を蹂躙するが故に『魔王』と呼ばれていた存在。


『ルカミアに関しては、我がどうにかせねばならぬ。兄として……な』


 「兄として」。その言葉はイージアにとある少女を思い出させる。彼自身が手にかけた少女を。

 決意が秘められたルトの言葉に彼は何も言う事ができなかった。魔族王の決意を否定できる程、彼は強くもなければ傲慢でもなかったのだ。


「……では、彼の事は君に任せよう。失礼する」


『ああ』


 イージアは窓を開け放ち、雨が吹き荒ぶ夜へ飛び出して行く。

 魔族王はただ暗闇に座し、窓から入り込む雨風を浴びていた。

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