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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
8章 ホーウィドット魔黎戦線
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173. いってきます

 ラーヤはただ、蛇竜が消えた場所に立ち尽くしていた。

 イージア、レア、ケシュア……誰もが彼女に話しかけることなく。ただ静かに時間は過ぎ去っていった。


 やがて彼女は口を開く。


「みんな、ありがとう。これでウェカムはきっと……救われた」


「救ったのは私たちのおかげではありませんよ。ラーヤさんの決意があったからこそ、ウェカムさんを苦しみから解き放つことが出来たのです」


「ああ、その通りだ。ラーヤ、この経験を経た君ならば……きっと私に成し得なかった、『誰も傷つけない』道を歩めることだろう。『黎触の団』関連の始末はしないといけないけどね……」


 そう言いながら、レアは蛇竜の死亡に驚く『黎触の団』の方向を見た。彼らは蛇竜がウェカムだと気が付いていないようで、指揮官を失って慌てふためいている。


「きっと、『黎触の団』のみんなは団を裏切った私の事を許さないと思う。だから、私はみんなから逃げるしかない。世界を滅ぼすなんて私はしたくないし、地上に出れないまま人生を終えるのも嫌だから」


「それは賢明な選択だ。地上まで出る手引きと、地上に出た後の手配は私に任せたまえ。こう見えて、私は偉い人だからね」


 レアとラーヤの会話を聞いていたイージアは、とある違和感を覚える。

 人の気配の少なさだ。周囲を見渡してみると、何かが足りない事に気が付いた。


「……リフォル教徒の姿が見えないようだが」


「おや……私の部下達は……避難したのでしょうか?」


 ケシュアは影の見えない部下達の身を案じる。

 『黎触の団』の団員の姿は神殿付近に見えるものの、リフォル教の姿はない。蛇竜が出現する前は神殿に侵入しようとして、『黎触の団』に阻まれていたが……


「信徒ならば、僕が地上に帰しておいたよ」


 その時、この場に居ないはずの者の声が響いた。

 その声の主をイージアは十年程前に見ていた。


「AT……!」


「教皇様……? なぜこちらへ?」


 リフォル教教皇、AT。

 気配を一切放つことなく現れた彼は、うっすらと光のない瞳で笑いかけた。


「ケシュア、久しぶりだね。仮面の君は……何年か前に会ったね。たしかイージアといったかな?」


 一切の覇気を持たぬ、何も見通せぬ暗闇のような彼の瞳。突如現れた彼に一同は警戒する。しかしながら、彼をよく知るであろうケシュアは彼に歩み寄り、頭を下げた。


「教皇様、信徒を地上へ避難させて下さったのですね……ありがとうございます」


「人員が減るのは困るからね。『海神の涙』も取られたから、ここに留まらせる意味も無いし」


「……任務を達成できず、申し訳ありません。しかし、あれは大変危険な財宝でありました。所有者が魔物となってしまう代物で……」


 ケシュアは一連の流れを説明し、伝承に伝えられるような『海神の涙』は存在しなかったことを告げる。それを聞いたATは、さも当然かのように頷き、


「ああ、それは知っていたよ。このホーウィドットに君を遣わせた理由は、君が魔族だから。魔族ならば『海神の涙』の呪いを無効化できるからね」


「なっ……知っていらしたのですか!? なぜ教えて下さらなかったのです……? 魔族の私ではなく、人間の信徒の手に渡る可能性もありました」


 ケシュアは意外な言葉を放ったATに詰め寄る。

 彼に『海神の涙』の詳細が知らされていれば、ウェカムが蛇竜となって暴走することも阻止できたかもしれない。


「まあ、『黎触の盾』を潰せたんだから良かったじゃないか。もし『海神の涙』が一般信徒の手に渡って魔物や死体と化しても、それを僕が回収して『海神の涙』を抽出することができたしね。どうなったとしても、今回の作戦はリフォル教の利にしかならなかったんだよ」


「ッ……!」


 彼の返事に、ケシュアは俯く。その手は震え、彼の義憤がありありと伝わってきた。


「……おかしい!」


 ATに対して、彼らの会話を聞いていたラーヤが声を荒げた。

 まったく無関係の人間が会話に入り込んできたことに彼は驚き、目を丸くした。


「おかしいよ……どうして人が傷つく事を前提に動けるの!? 人が死んだら、家族や友達が悲しむ……大司教はそう教えてくれた。なのに、なんで……」


「少女よ、君の考えは幼い。安寧は、平和は、少数の犠牲の上に成り立つものだ。犠牲なくして大願は成し得ない。それが現実だよ」


「っでも……!」


 反論を試みるラーヤを、ケシュアが制止する。


「いいのです、ラーヤさん。貴女に偉そうに講釈を垂れた私がこの様ではいけませんね」


 彼は顔を上げ、ATを見据える。

 そして──


「教皇様。貴方は変わってしまわれた。我らはリフォル教を結成した時に、こう誓いました。『世界を護り、人を救う』と。私はその為に奔走し、命を捧げてまいりました。しかし、近年のリフォル教徒は魔神を降臨しようと目論み、残虐な行為を尽くし……貴方はそれを止めようともなさらない。なぜ、そのような暴威を黙認し……果てには犠牲を許容するようになってしまわれたのですか? どうか、今一度お考え直しいただきたい」


 ケシュアの説得を受けたATは、瞳を静かに閉じる。

 そして、再び目を開くと淡々と言い放つ。


「ケシュア、僕は最初から変わってないよ。結成時に交わした誓いを今でも果たそうとしている。僕らがリフォル教を作り、人々を助けてきたことも。次第に我が教団が歪んで行き、魔神崇拝をするようになったのも事実だ。でも、忘れちゃいけない……リフォル教結成当初より、犠牲となる人は居た。宗教を弾劾しようとする王侯貴族を殺し、反逆者を殺した。その犠牲が今では一般人に移ったというだけで、僕はずっと昔から犠牲を許容している。君が僕を聖人君主のように見ているのなら……それは幻想だと言わざるを得ない」


 事実、イージアはATと最初に出会った際……彼の命により蜥蜴の魔物が村に放たれた事を知っている。故に、彼を最初から『悪』であると断じていたのだ。

 だがケシュアはそんな彼の側面を知らなかった。あくまで表向きの、古い教皇の姿しか知らなかった。


「……そう、ですか……」


「ケシュア、提案……いや、命令があるんだ」


 ATは依然として淡々と言葉を紡ぐ。


「大司教ケシュア・ベオン。君をリフォル教から追放する」


 その言葉を受けた途端、ケシュアは深く息を吐いた。

 この時、彼は何を想ったのか。ただ涙を流し、教皇の言葉を聞いていた。


「君はとても真摯にリフォル教へと尽くしてくれた。僕は君を大切な友人だと思っている……だからこそ、君を追放する。理想の違い、と言うのかな? 君がこれ以上、我が教団に留まることで君の心をも傷つけてしまう。だから君に教団を抜けてもらいたい」


「それが、ご命令であるならば……」


「ああ、命令だ。信徒に君の命を狙わせたりはしないさ。君は君の理想の為、生きると良い」


 ATの瞳は純粋に友を慮る暖かさを秘めていた。

 彼の心に嘘偽りはない。ただ、理想を違えて道を違えただけ。二人はただ、それだけの友であった。


「……今まで、大変お世話になりました。今この時をもって……私はリフォル教から去ります」


 ATはただ頭を下げるケシュアに頷く。

 その様子を見て、イージアはますます彼という人間が分からなくなった。完全に『悪』と断じた筈の彼が、眼前では暖かく友を慮っている。


「……さて、僕は研究に戻らないと。イージアに……そこの君。宣言しよう。僕はやがて君達の障害となるだろう……世界を護る為に」


 彼はイージアとレアへ視線を向け、そう言い放った。

 その瞳に込められた感情は先程とは打って変わり、強い信念が宿っていた。


「……元気でね、ケシュア」


 そう言い残し、彼は消えていった。

 一切の気配と魔力の残滓を残すこともなく。


                                      ----------


 『大深海魔境』に位置する空間、ホーウィドット。

 絶え間なく行われていた二組織の抗争は終息し、この地には安寧の静寂が訪れていた。


 リフォル教は教皇ATの手によって地上へと帰還し、『黎触の団』もまた賢者が用意した地上への転移魔法で大半の団員はこの地を去った。一部の団員はホーウィドットに残留することを命じられたようだが、彼らは不平不満を言うことなく従った。


「ようやく……この地で流される血はなくなりました。これも皆さまのおかげでしょう」


「大司教はこれからどうする?」


「ラーヤさん、私はもう大司教ではありませんよ」


 リフォル教の元大司教、ケシュアはそう言って苦笑いする。

 彼の表情はどこか晴れ晴れとして、迷いを振り切った様子だった。


「私は地上へ戻り、私なりの理想を追ってみようかと思います。それが私に出来る……今まで我らが犯してきた罪への贖罪になるでしょうから」


「だいしきょ……ケシュアさんは、他の人の罪まで背負うんだね。私もそんなに立派な人になれたら……」


 彼女は憧憬を抱き、理想を追い求めるケシュアを見つめた。

 彼女もまた、己の未来を見据えて歩いて行く。今まで人を傷つけてきた『刃』に、新たな想いを乗せて。


「さてさて。私たちは地上へ戻るが……折角だからみんなで行こうか。イージアもそれでいいよね?」


「ああ、行こう」


 偶然この地に訪れ、そして救いを齎した二人もまた去って行く。

 見上げる空は、青く揺蕩う水の空。本物の空を見上げたことの無いラーヤは、これから目指す地上に心を昂らせていた。

 そんな彼女をレアは見守りながら、わずかに微笑んだ。



 ホーウィドットを出る直前、ラーヤは三人の大人の背を見ながら歩いていた。



「──」



 ──誰かの声が聞こえた気がした。

 振り向いてみても、そこには無人の大地が広がるのみ。



「……いってきます」


 彼女は誰に言うともなく、別れを告げた。

8章完結です。

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