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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
8章 ホーウィドット魔黎戦線
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166. あこがれ

「……ここか」


 ホーウィドットの深部、リフォル教と『黎触の団』が抗争を繰り広げる地にて。

 両組織の目を掻い潜り、イージアとレアは『海神の涙』が中に眠るとされる結界まで辿り着いた。神気によって小さな神殿を覆うように張られた結界は、間違いなく海神の手により作られたものだろう。


「なるほど……この程度ならば私でも破れそうなものだが、どうしようか?」


「いや、破る必要は無い。私達の目的からすれば、戦火の火種となっている秘宝を手にする必要は無い。ただ不思議なものだな。『海神の涙』は魔を封じ込めるための呪物だと聞いていたが、なぜ彼らはそんな代物を……」


 イージアの言葉を遮って、背後から声がかかる。


「おい、アンタら! そこで何をしている!」


 背景の海に溶け入るような紺の髪と、青の瞳の少年。服装から察するに、『黎触の団』の団員だろう。

 リフォル教と『黎触の団』の戦線を避けてここまで来たイージア達だが、そこまで露骨に隠れるような真似はしていない。結界に近づけば見つかることは想定していた。


「おやおや、これは失敬。私達はリフォル教でも『黎触の団』でもなく、地上から来た一般人だよ。決して怪しい者じゃないし、この先にあるとか言う秘宝を狙ってもいない。そもそも、このゼーレフロンティアに人が住んでいること自体、私達は知らなかったんだ」


「ふむ……そうか。まあ上層部の魔物を倒してここに来られるくらいだから心配は不要だと思うが……ここは戦場だ。命が惜しいのならば立ち去ることをお勧めする。じき、ここの戦争も終わるだろうがな……」


 『黎触の団』の団員はそう言って結界に触れた。人の力では到底突破不可能なこの壁を、彼らは技術を集約させて乗り越えようとしている。


「じきに戦争が終わる、とは?」


 イージアの問いに少年は答える。


「……もうすぐ我らの上層部の方がいらっしゃり、結界を解除なさるそうだ。まあ、俺とてこのホーウィドットの『黎触の団』を取りまとめる者で、それなりに地位のある者なのだが」


 上層部の者。『黎触の団』の階級は知らないが、結界を解除可能なレベルの人間がやって来るということか。もしかしたら、その中にラウンアクロードの情報を知る者が居るかもしれない。


「なるほど。……ところで、ラウンアクロードという者を知らないか? 『黎触の団』の団員に居るかもしれないのだが」


「なんで俺がそんな事を答えなきゃ……」


 少年の疑問を遮り、その場に新たな人物が駆けて来た。


「ウェカム! ここに居たんだ」


「ラーヤか。どうした?」


 黒く艶のある髪に、灰色の瞳の少女。

 少年の名をウェカム、少女の名をラーヤ。イージアは把握した。


「突然ウェカムが消えて、みんな混乱している。早く指揮に戻ってやってほしいんだ。……その人たちは?」


「地上から来たそうだ。無関係な人間だよ」


「ち、地上から……!? へえ……」


 ラーヤは興味津々に二人を見る。

 ウェカムは彼女の様子をちらと見ると、溜息をついて彼女に言った。


「……俺は先に行ってるぞ。夕飯までには戻ってこい」


 彼はそう告げ、結界の側から立ち去って行く。

 未だにラーヤはイージアとレアを目を輝かせながら、交互に見つめていた。レアはそんな彼女の様子を見て、優しい声色で語り掛ける。


「私たちの顔に何かついているかな?」


「えっ……い、いや……上から、来たんだ?」


「上、と言うのは地上のことだね。そうだ。私たちは海を潜って来たんだよ」


「私はここで生まれて、ここから出たことがないから、珍しくて。地上のことも知らないし……」


 彼女は十代半ばといった年齢だ。ここで生まれたということは、少なくとも十数年は『黎触の団』がここに住みついていることになる。


「生まれてからずっと、戦争をしてきたのかい?」


「いや、リフォル教との戦争が始まったのは五年くらい前のことだったと思う。それまではウェカム……

さっきのヤツと遊んだりして過ごしてた。ウェカムは十歳くらいの時に地上から引っ越してきたけど、地上の話はぜんぜんしてくれないんだ」


 深海の領域『ホーウィドット』しか知らない彼女は、地上に興味があるのだろう。故にイージア達に好奇の目を向けた。レアはそんな彼女の意を汲み、微笑んだ。


「そうか……では、私たちが地上の話を聞かせようか?」


「え、良いの?」


「ああ。私たちは旅人だからね、色々な国の話をしてあげよう」


「うん、聞きたい! 私の家に案内しよう」


 そして二人は西側の道へ歩き出す。イージアは彼女達について行くべきか迷ったが、珍しく大人しい態度のレアを見て、黙って後を追うことにした。


                                      ーーーーーーーーーー


「……という訳で、私たちは砂ばかりの大地を越えて、世界一深い森に入ったんだ」


「うんうん! それで!?」


 レアの話をラーヤは興奮して聞いていた。彼女はまるで世の中を知らぬ子供のように目を輝かせ、身を乗り出してレアに詰め寄る。

 イージアは時折レアに話を振られ、それに答えることに徹していた。


 その時。ラーヤの家の扉が開き、入って来る者があった。


「……ラーヤ、夕食を持ってきたぞ」


 彼女の幼馴染であるウェカムだ。彼は訪問者の二人を見ても特に驚いた表情はせず、黙って机に食事を置く。よく見てみると、食器は四人分あった。


「おや、ウェカム君……だったかな? 私たちがラーヤの家に居ることを知っていたのかい?」


「まあ、こうなってるだろうとは思っていたからな。仮にもラーヤの客人をもてなさないというのは無礼な話だし、アンタらの分の食事も一応持ってきた」


 更に入っている食材は海藻や魚が主だが、見慣れないものも入っていた。これがホーウィドットの一般的な食事なのだろう。


「ま、まさかこれは……深海魚、かい……?」


 レアが絶望したような表情を浮かべる。わざわざ食事を振舞ってもらった手前、顔には出すまいとしていたが、イージアも深海魚を食べるのは気が引けた。


「なんだ、文句でもあるのか? 美味い食い物が食べたいのなら、さっさと地上に帰るんだな」


「い、嫌とは言ってないさ……ああ美味しそう! ラーヤ、一緒に食べようか」


「うん」


 すっかりレアに懐いたラーヤは、食事に手を付けながら旅の話の続きを聞き始めた。

 それを確認したウェカムは、イージアと自分の分の食事を持って奥の部屋へ入って行く。


「アンタと話がしたい。ちょっと来てくれ」


 イージアは彼の言葉に従い、共に奥の部屋へ入って行った。


 小さめの落ち着いたキッチンへ二人は入り、扉を閉める。

 ウェカムの案内で席に座り、二人は食事を始める。彼には悪いと思ったが、イージアは深海魚を食べることに不安を覚え、味覚を遮断しながら食事をする。

 クラゲのようなものを切り分けながら、ウェカムは彼に問う。


「……そういえばアンタの名を聞いていなかった。名前は?」


「イージアだ。連れの者がレアという」


「そうか、イージア。……ラーヤは、地上の話を楽しそうに聞いていたな。家の外からも興奮する声が聞こえてきた。……アイツが最後にあんなに笑ったのは戦争の開始前だったか」


 彼は過去をしみじみと思い出すように、中空を眺めた。

 彼としても、ラーヤが地上に興味を抱いているのは知っていることだろう。だからこそ、イージアは彼に対して疑問をぶつけたかった。


「なぜラーヤに地上の話をしてやらない? 君は地上に住んでいたのだろう?」


 その疑問をぶつけられた途端、彼は食器を置いて俯いた。

 そして、一拍置いた後に口を開く。


「……俺はさ、本当はラーヤの家からアンタらを追いだすつもりで来たんだ。でも、楽しそうな声を聞いて……慌てて四人分の食事を持ってきて、アンタらを引き留めようとしたんだ。アイツは……ホーウィドットで生まれ育って、地上を何も知らない。でもその方が良いんだよ」


「なぜだ? 世の多くを知り、見聞を広めることは大切だろう」


「我々『黎触の団』の目的が、世界の破滅であることは知っているだろう? ラーヤは『黎触の団』の家系に生まれ、『黎触の団』の【刃】として育てられた。だから組織への忠誠を揺らがせない為に、余計なことは吹き込まない方が良いんだ……そう、思ってたのに……」


 彼は水を飲んでから、言葉を続ける。


「そう思ってたのに、アイツの楽しそうな声を聞いて、地上のことを教えてやりたいと願ってしまった。だから衝動的に、アンタらを追いだすのをやめにしたんだ」


「……ならば、君がこれから彼女に地上の事を教えてやれ。それで済む話じゃないか」


 たとえイージアとレアがここを去ったとしても、彼がラーヤに地上の話をしてやれば良い。それに彼曰く、じきにこの戦争は終わるという。そうなれば必然的に地上へ出るのだから、地上の知識を与えておくことは無駄にならないはずだ。


「俺は……駄目だよ。俺は地上が嫌いで、世界の破滅を望んでいる典型的な『黎触の団』だからな。私情でアイツの【刃】を鈍らせる訳にはいかないさ。……なあ、イージア。もうすぐ戦争が終わって、『黎触の団』は一部の部隊を残して、このホーウィドットを放棄するだろう。だが、団の上層部がラーヤを地上に出すのを許可するとは思えないんだ。もしもその時は……アイツを、」


 彼が次の言葉を紡ぐ前に、イージアは掌を向けて彼の言葉を制止した。


「歩むべき道は、己の意思で決めねばならない。もしもラーヤが地上に出たいと望むのならば、君の手で見せてやれ。それに私達は、戦争が終結する前にこの地を離れる予定だ」


「そう、か……ああ。分かったよ。一応、俺も権力はそれなりに持っている……アイツを逃がすくらいなら……何とかなるだろうしな」


 気が付けば、食事は半分以上無くなっていた。

 二人はしばし口を閉ざし、重苦しい空気が流れていた。


「……地上は、世界は汚い。そんな場所にアイツを晒したくないという思いもあって、地上を見せてやりたいという思いもある。でも、俺が葛藤する必要はない……すべてはアイツの意思次第なんだと、イージアはそう言いたいんだな?」


「まあ、そういうことだな」


「とにかく……まずは結界が解除されるのを待って、戦争を終わらせないとな。それまではラーヤにも【刃】でいてもらわないと、ホーウィドット戦線指揮官の俺としても困る」


「彼女は強いのか?」


 それは純粋にイージアの疑念から出た言葉だった。

 佇まいからして戦闘の経験が豊富なことは窺い知れたが、そこまで戦局を左右するような存在なのか。


「ああ、ラーヤは【黎触の刃】と呼ばれる権能を、俺は【黎触の盾】と呼ばれる権能を保有していて……軍略上でも重要な存在だ。まあ、これ以上は組織の機密だから話せないけどな」


 彼曰く、長年に渡るリフォル教との戦争においてもラーヤは向こうに周知されているほど強力な存在らしい。たしかに兵器である彼女が地上に興味を持ち、『黎触の団』を離れるという事態はウェカムからしても避けたいことだろう。


 食事を食べ終えたウェカムは徐に立ち上がり、二人の食器を片付ける。


「それじゃ、話を聞いてくれてありがとな。リフォル教の連中には気を付けながら、地上に帰れよ」


「ああ。もてなし、感謝する」


 彼は頷き、部屋の外へ出て行った。

 開け放たれた扉の先からは、相も変わらず楽しそうなラーヤの声が響いていた。


 



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