161. 帝刃の困惑
イージアはリンヴァルス皇城の前で立ち尽くしていた。
始祖は皇帝ですら面会が許されない存在である。一介の旅人であるイージアが会うことはもちろん不可能である。未来では創世主の共鳴者であるという立場から、災厄の御子である始祖に会うことが出来た。
しかし、この時代ではその理屈は通用しない。何故なら、『アルス・ホワイト』はあくまで第十三災厄『ランフェルノ』から、第十六災厄『邪剣の魔人』までを討つ為に作られた存在であるからだ。まだ第十一災厄『グリミア』までしか降臨していないこの時代では、創世主の共鳴者など存在する筈もない。
始祖が未来が視える存在でもなければ、彼の身の上を話したとて信じてはもらえないだろう。
つまるところ、如何にして始祖と会うかを彼は考えていた。旅の途中でも考えることはあったのだが、結局解決策が思いつかずにここまで来てしまったのだ。
「おい、そこの君! さっきから城の前で何をしている?」
門前で警備をしていた兵がイージアに話しかけてくる。何もせず立ち尽くす仮面の男は、兵の目にはさぞかし不気味に映ったことだろう。
「いや……私は旅人なのだが。この城の中を観光することはできるのだろうか」
「残念ながら、できないよ。いつまでもそこに立っていられると邪魔になる。どいてくれ」
言われるがまま、彼は踵を返す。
始祖の宮殿は空中に浮かんでおり、周囲は結界で囲まれている。唯一中へと続く経路は、城から続く階段のみ。
(……やはり、侵入するしかないか)
彼は今宵、リンヴァルス皇城へ侵入することに決めた。
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リンヴァルス皇城に張られた結界の具合を確かめる。
この結界は始祖が張ったものとは異なり、魔導士が施したもののようだ。未来よりは格段に魔結界の精度は落ちている。イージアは難なく結界を破り、城の内部へと忍び込んだ。
内部の構造は分かっている。闇を潜って彼は進み、幾重もの結界を超えて行く。
「……何者か」
「……」
彼の前方に何者かが立ち塞がった。
暗闇の中、その者は覇気を纏って対峙する。
『帝刃』ルドキア。数千年前の第七代リンヴァルス皇帝の代から、今代に至るまで皇帝に仕える魔族である。
表舞台で名前が出ることはないが、彼の活躍なくして帝国の歴史は紡がれないといっても過言ではないだろう。イージアも彼と手合せしたことはないが、佇まいから相当な強者であると分かる。未来で皇帝と面会する際も、常に彼は潜伏して陰に隠れていた。それに気付けたのは彼が十五歳になったころで、衝撃を受けたものだ。
「『帝刃』か……厄介なものに目をつけられたな」
イージアとて、容易に始祖の元へ辿り着けるとは思っていなかったが、リンヴァルス最強とも言えるこの魔族に見つかるとは思っておらず、己の不幸を恨む。もっとも彼がイージアを発見したのは気配察知が格段に優れているからであり、偶然見つかった訳ではないことは承知している。
「ほう、我が存在を知るか。暗殺者か?」
「いや……城の者に危害を加えるつもりもなければ、何かを盗むつもりもない」
「では、何が目的か」
始祖に会うこと、等と答えれば彼は即刻排除を試みてくることだろう。
「潜伏訓練だ」
「……? どういうことだ?」
イージアの答えに、ルドキアは首を傾げた。
「私は潜伏技術を鍛えている。その為には、監視の目が厳しい場所で訓練しなければならない」
「貴殿は……馬鹿、なのか?」
自分で言っていて、イージアは馬鹿らしくなってきたが、ここまできたら嘘を貫き通す他ない。
「他の国の王城でもこうして訓練してきた。実際に見つかったのはこれが初めてだな」
「……城への侵入は犯罪だ。即刻立ち去れ」
ルドキアは即座に攻撃してくる訳でもなく、退散を促した。あまりにイージアの言動が馬鹿らしくて呆れたのか、単純に彼が優しいだけなのか。
どちらにせよ、これは好機である。イージアはその隙に付け入ることにした。
「もう少し続けさせてくれないだろうか」
「ならぬ。はよう立ち去れ」
「そこを何とか」
「……実力行使になるぞ。良いのか?」
強情なイージアに対して、彼は剣の柄に手を掛ける。
まずい、と思ったイージアだが、後退はできない。最悪武力を以てして突破するつもりだった。
眼前の強者に敵うかは分からないが……それでも戦うほかない。
「構わん。……尋常に」
イージアは覚悟して魔剣を抜く。
しかし、ルドキアはいつまで経っても剣を抜くことはなかった。
「……どうした、剣を抜け」
「……抜けん」
「なに?」
「抜けんのだよ、剣が。普段ならば、貴殿のような不躾者は即刻斬り捨てる。だが、どういう訳か……我が魔剣が抜けぬ。我が魔剣……『咎と剣』が貴殿を敵と捉えていないのだろう。よほどの強者か、或いは貴殿に一切の邪な感情がないのか……」
ルドキアの魔剣はすさまじく強力な権能を持つが、敵と認めた相手にしか抜くことは出来ない。普通の鉄剣で相手をすることも考えた彼だが、イージアを敵として認めていない魔剣がどうにも気にかかったのだ。
「おそらく、後者だ。私は本当に犯罪を起こそうとは考えていない」
「いや……城に侵入している時点で犯罪なのだが……」
「剣が抜けないのなら仕方が無い。私を見逃すべきだ。城を一巡したら、速やかに出て行こう」
イージアは魔剣を納め、不戦を提案する。
ルドキアは皇帝に仕える刃として、彼を見逃す訳にはいかなかった。そこで、一つの方策を取ることにした。
「ふむ……仕方ない。では、何も問題を起こさぬように」
「感謝する。それでは」
駆け出す彼の背を、じっとルドキアは見つめていた。
そして、ある程度距離が離れたところで走り出す。彼が何を企てているかを調べる為、追跡しようという訳だ。彼の本当の目的を探り、問題があるようなら処分する。それが狙いだった。
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「……着いたか」
大きな両開きの扉。傍には宿り木が置いてあり、そこで一羽の鴉がイージアを見ていた。
鴉は彼を見ても鳴く訳でもなく、ただじっと彼を見つめていた。
一歩、踏み出す。最初にここへ訪れた際はルチカと一緒で、この鴉に導かれて訪れたのだった。
彼の踏み出しに呼応して扉が開く。眼前……開けたのは光の階段と、その先にある始祖の宮殿。
「クアッ!?」
その時、鴉が初めて鳴いた。彼は鴉を宥めるように頭を下げ、光の階段を上り始める。開いた扉は彼が通り過ぎると閉まり、再び固く閉ざされた。
どのような仕組みで開く扉なのか彼は気になったが、始祖が直々に開けているのかもしれない……とイージアは思った。八重戦聖の一角である彼女ならば、既にイージアに気付いていても不思議ではない。
「馬鹿な……!? 何故、扉が……」
イージアを尾行していたルドキアは戦慄していた。
始祖の宮殿へ続く扉が開かれた。異常な事態である。始祖は皇帝すらも会うことは許されず、彼自身も会ったことはない。
扉が開かれたということは、始祖がイージアの立ち入りを許可したか、或いは──
「彼が、始祖……!?」
仮面を被ったあの男が始祖であるならば、警備が厳重な城を平然と走っていたことも、魔剣が彼を敵と認めなかったことも、公にはされていない『帝刃』の存在を知っていたことも、ルドキアを馬鹿にしたような言動を取っていたことにも納得できる。
彼は迷った。皇帝に仕える身ではあるが、この出来事を陛下に報告するべきなのか。
階級は皇帝よりも始祖の方が上だ。始祖に忖度するのならば、陛下には報告するべきではない。しかしながら陛下へ隠し事をするなど、あってはならぬ不敬。
「一体、どうすれば……」
葛藤の中、ルドキアは引き返して行った。




