160. 別れ
翌日。一行は王都へ戻り、ディオネを北上する。
途中、ホワイト家が建つことになるゼロント領を通り掛かったが、この時代では何もない空き地があった。イージアはそれを車内からぼんやりと眺め、通り過ぎて行った。
西へ進めば進むほど気候は暖かくなり、西のワルド王国へ差し掛かった辺りでは、春の陽気に近いものを感じ始める。
車窓から上を見上げると、ゼロとサーラの二人が飛んでいた。車の中は窮屈だということで、ゼロが空を飛びたいと提案したのだ。彼らの楽しそうな笑い声を聞きながら、旅の終わりは次第に近づいていた。
「……」
「……」
車内にはイージア、アリス、リグスが座っていた。ウジンは馬車を運転し、時折イージアかリグスが交代するようにしている。
どこか沈鬱とした空気が流れる。イージアが話さないのはいつものことだが、アリスまでもが黙っているのは珍しい。リグスは主人の態度に違和感を覚え、それとなく話しかけてみたものの……返ってくるのは気の抜けた返事のみ。彼女が沈んでいる心当たりもリグスにはなく、どうすることもできなかった。
ワルド王国は横幅が短い。一日で横断し、西に位置するリンヴァルス帝国に到着するだろう。
昼頃、中心の都オーズに泊まり、余裕を持って翌日に発つことになった。その日の午後、時間が空いたイージアは図書館へ赴き、この時代の情勢について一通り調べてみる。と同時に、『睡眠病』に該当するような症状を持つ者が現れていないかを確認したが、それらしき情報は確認できなかった。
そして、部屋で本を読んで時間を潰しているうちに夜が明けた。
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「……見えてきたぞ」
桜並木の街道を進む馬車。御者台に座るウジンが車内に告げた。
前方には、大きな門。リンヴァルス帝国の入り口である。
「おー、ここがリンヴァルスか!」
「桜ってアタシの髪色に似てるよねー」
ゼロとサーラは初めて見る美しい光景に胸を高鳴らせ、入国の時を待っていた。
一行は入国手続きを済ませ、門が開く。桜舞う広場へとそのまま進み、停車して馬車を降りる。
皆の視界に映ったのは、高く聳える建物の数々と風光明媚な自然風景。鈍色の壁面が陽光を反射し、無機質な建築物と、色彩の温かみのある魔力が調和している。最先端の魔導科学と自然を調和させた国、リンヴァルス帝国。
「……ようやく、着いたか」
そして、始祖レイアカーツが築いた国。イージアはどこか安堵すると共に、未来と変わらぬ桜に懐かしさを覚えた。
「さあて、終着点に到着だ。旅もここで終わりで、これからは各々の道を歩むことになる」
ウジンがしみじみと話す。
サーラもまた、どこか寂しそうな表情を浮かべていたが、ゼロはこれからの旅にも心を躍らせて、期待に目を輝かせていた。
「アリス様、我々はまだ旅を続けなければなりません」
「ええ……分かっています。旅の仕方もたくさん教わりましたから。きっと二人でも大丈夫です……『黎触の団』には気をつけなければなりませんね」
まだ元気のないアリスだが、旅を続けるという意思は折れていない。おそらく、アリスとリグスは今後の旅では南下してアントス大陸へ赴くことになるだろう。
「おっちゃんは……折角だしここで稼ぐかなあ。ま、飽きたら別の国に移動しながら傭兵稼業をしてくよ」
ウジンは腕利きの傭兵だ。酒代を節約すれば、今後の生活に困るようなことはないだろう。
いずれは良い就職先も見つけて、幸せな生活を送れるかもしれない。
「アタシたちはまず、魔国に行かないとね。魔族が暮らす国だって言うし、そこに行ってからこれからの生き方は決めるよ」
「俺は魔国に着いた後も旅を続けたいけど……とにかく、最強の戦士目指して訓練してみるぜ! いつかはイージアも越えてやるからな!」
ゼロとサーラは北方の魔国ディアへと向かうことになる。魔族を無条件で受け入れるあの国へ行けば、今後の進路も落ち着いて考えられる筈だ。アジェンで大変な思いをしてきた分、彼らはきっと強く生きていける。
「では……これでお別れだ。皆、息災で。良い旅だった」
イージアの旅は終わらないだろう。
復讐を果たす、その時まで。彼のココロで燻る讐炎が朽ちぬ限り。
「ああ、仮面男にも世話になった。アリス様はボクが守るから、安心しろよ」
「…………」
「お前ら、危なっかしいとこあるからな。旅を続けるんなら気を付けろよ。おっちゃんは暫くこの国に滞在する予定だから、何かあったら探してくれ」
「みんな、また会おうな! 俺が立派になったら恩返しさせてくれよ!」
「アタシ、みんなのこと忘れないからね。人間にもこんなに良い人たちが居るんだって……魔族の人たちに伝えてくよ」
「ああ……それでは」
そして、彼らは歩き出した。
イージアは西へ、アリスとリグスは南へ、ウジンは東へ、ゼロとサーラは北へ。各々の未来の為、各々の道へと。
イージアは振り返ることなく進んで行った。
目指すはリンヴァルス城。始祖レイアカーツに会う為に。仇の手掛かりを見つける為に。
「……イージアさん!」
ふと、後ろで声がした。
別の方角へ向かった筈の、アリスの声。彼は戸惑い、振り返ることができなかった。
「私、あなたのことはやっぱり仲間だと思っています! あなたが私を信じてくれなくても、私はあなたを信じています。だから、一方的に仲間だと思い込みます! これからも、ずっと……絶対にあなたのことを、仲間の皆さんのことを忘れません! ……その、私たちを助けてくれて、ありがとうございました!」
逡巡。
躊躇。
葛藤。
イージアは迷いの果てに、振り向いた。
桜舞う街道の中で、アリスは涙を流して立っていた。
「……ありがとう。こんな私を、信じてくれて。私も……君たちのことは忘れないよ」
彼は最後まで彼女たちを『仲間』だとは認められなかった。
己に課せられた復讐という運命が、『仲間』という存在を拒否してしまったからだ。大切な人をこれ以上喪うことが、彼には怖かったのだ。
アリスは静かに頷いた。
そんな彼らの様子を、リグスは暖かい眼差しで見つめていた。
そして、再び彼らは別々の方向へと歩き出す。
彼の心に大きな爪痕が残る。しかし、それは本人にも気付くことはできなかった爪痕。
アリスは最後に、仮面の下の口元が少し緩んだのを見た。彼女の知らぬところで、心の蟠りが溶ける。
「……行きましょう、リグス」
「……ええ。どこまでも、お供します」
未来はまだ不確かで、光闇の枝分かれも分からない。
だが、この旅の追憶がきっと彼らの心の支えとなり、未来を築く助けとなるだろう。
──運命は動き出す。
本来、あった筈の未来を歪ませて。




