157. 一抹の愛、覆いつくす殺意
「お兄ちゃん、今日はお父さんとお母さんのお墓参りに行かない?」
「ああ、いいよ。それじゃあ花を買って行こうか」
「うん、いつも通りアキャリーと、ミエーネルでいいよね。お母さん、あのお花好きだったよね……懐かしいなあ。それと、ゴールドの花も買ってほしいな。私が好きなやつ」
「ん……いいけど、どうして?」
「だって……私も死んじゃったじゃない。お兄ちゃんに殺されて、死んだんだよ。苦しくて、寒くて、悲しかったよ。ねえ、お兄ちゃん……」
「ッ!?」
深夜、宿の一室にてイージアは目を覚ます。
嫌な夢だ。過去へと来た初日に悪夢を見て以来、悪夢を見ることを恐れて彼は眠らずに過ごしてきた。ある程度の時間が経った今ならば大丈夫かと思ったが、相も変わらず心に潜む闇は襲い掛かる。
彼はやはり眠ることを諦め、テラスで夜風に当たる。
──徐々に《人間性》が彼から欠落していく気がした。他人の前では食事を取ってはいるが、一人の時はまるで喉に通らない。他人の前で魔物と戦う時、警戒する素振りを見せるが、一人の時は死をも厭わず効率を求める。神族という無機的な性格が、彼の人間性を正しく侵食し始めていた。
だが、彼はそんなことは気にも留めていなかった。
「……殺す」
悪夢の影響もあってか、彼の思考は憎き仇敵への殺意で埋め尽くされていた。
どれだけ人間性が失われようとも、必ず仇を見つけ出し、殺す。
この身が、この魂が、根源が滅びようとも、必ず殺す。
全てを引き裂いた奴を、絶対に殺す。
「……君はまだ、居るよね」
そっと、自身の魂の深奥に触れる。
感じるのは混沌の因果。未だに共鳴が行使可能な証拠であり、レーシャと繋がっている証拠でもある。
ただそれだけが、崩潰しかけた彼のココロの支えだった。
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「うおおおおーっ! ……ぐえっ!」
早朝、リアス王国の宿の近場にある広場にて。
ゼロがイージアに吶喊しては地面を転がるという光景が繰り返されていた。ゼロは剣士であり、優等な剣士であるイージアに指導を受けていたのだ。
彼の剣術は我流の為、どう指導して良いか困ったイージアだが取り合えず引き受けた。間も無くリンヴァルスに到着し、彼らは別れることになる。この短期間の申し出くらいは素直に受けようと思ったのだ。
サーラとアリスはそんな様子を眺めながら、談笑に花を咲かせていた。
「アタシは魔術の先生とか居ないからなー……アリスはどう?」
「私は故郷で風魔術の先生に一通り教えていただきました。ですが、先生のいないサーラさんよりも私の魔術は稚拙なものですよ」
「まあ、アタシは戦闘特化の水魔術って感じ? アリスの魔術はさ、華があるじゃん」
「……そうでしょうか? よく分かりませんね……」
「うんうん。風に乗って飛ぶ機会が多いから分かるんだけど、アリスの作る風ってすごく細かいんだよね。芸術みたい! ……芸術品とか見たこと無いけど」
アハハ、と彼女は笑い、再びゼロ達に視線を戻す。
ゼロが軽く吹き飛ばされる度に、美しい氷が剣閃と共に舞う。イージアが持つ魔剣リゲイルによるものだ。
「それにしてもあの魔剣、かっこいいよねー。……今度触らせてもらおうかな?」
「でも、イージアさんの適正は風ですよね? よくあんなに使いこなせますよね」
あくまで魔剣の様に属性が付与された道具は、何らかの補助として使われる。自身の適正属性と同じ属性を持つ魔道具を使えばより力を引き出すことができ、自身の適正属性と異なる属性を持つ魔道具を使えば技の可動域をより広げられる。
イージアは不適正の属性を持つ魔道具を、あたかも適正が同じ魔道具かのように扱っていた。
「すごいねー。あんなに強い人って、どんな生き方してきたんだろ……」
「気になりますよね。自分の事は殆ど話してくれない人なので」
「無理に知ろうするのはダメだけどね。アイツも昔のことは喋りたくないみたいだし。アタシだって、アジェンで生きてきた時のことを聞かれたら、あんまり良い気分にはならないし」
アリスとて、故郷から親の了承も得ずに飛び出して来てしまったことを後ろめたく思っている。誰にでも聞かれたくない過去はある。きっとリグスにも、ウジンにも、ゼロにも。
その過去に向き合うか、或いは目を逸らすか。決断の時は、確実に迫ってゆく。
午後になり、次なる目的地であるディオネ神聖王国への出立の準備を行うことになった。
「イージアさん、リグスと一緒に買い出しに行きませんか?」
「……いや、武器の手入れをしたい。他の人を誘って行って来てくれ」
「はあ……仮面男は相変わらずノリが悪いな。アリス様、行きましょう」
誘いを断るイージアに文句を垂れるリグス。アリスはそんな彼女の手を引き、街中へと出て行った。
『黎触の団』はこのリーブ大陸では活動していないので、彼女達も安心して外出できる。ただ、アジェンの国政が崩壊したこともあり、後々流れ込んで来る可能性もあった。
『黎触の団』がこの大陸に流入する前にはリンヴァルスに辿り着けるだろう。リンヴァルスに着いてしまえば、イージアとサーラサイト族の二人は赤の他人。そこから先の彼女たちの身の安全については考えるだけ無駄だ。
可能な限り、誰とも深く関わることなく。可能な限り、早く奴を見つけ出す。
速やかに奴を殺し、この時代に与える影響を少なくする。自身の行動により過去を過剰に改変するべきではないと彼は考えていた。
常に外すことのない仮面が、それを助けてくれているような気がした。
──次なる目的地はディオネ神聖王国。
まだ初代『霓天』、スフィル・ホワイトも生まれていない時代。神聖王国リートが建国した彼の地は、イージアにとって特別な意味を持つ地でもあった。
その名を聞いただけで、どこか彼の胸は苦しくなる。辛苦と煩悶の中で自身の心を閉じ込め続けるイージア。誰にも隠された心は見出せず、仮面は周囲との絆を拒み続けていた。




