156. 撃砕の果て
イージアは鴉と別れてサーラ達を追う。
争い合う人々、そして逃げ惑う人々を目で追いながらも、彼はそれを無視して走った。視界に入る全ての者を救い切れるとは思っていない。自らの復讐という目的のみを見据え、それを妨げない範囲での救済を齎すことしか彼にはできなかった。
彼はただ、急がなくてはならない。人を救う為の旅ではなく、仇を殺す為の旅なのだから。
走り続けること数分。一向に彼らの姿は見えてこなかった。
鴉に示された方角へと走り、もう追いついても良い頃合いだが……周囲には慌ただしく逃げ惑うアジェンの人々のみ。
仮面の内側から紛乱する街中を見ながら、彼はふと足を止めた。
(……何故、急ぐ必要があるのだろう)
突然、降って湧いたような疑問。
どうして自分が彼らをそこまで追い求めているのかが分からなかった。理由を探しても、彼らを欲する論理的な理由は見つからない。
最初は成り行きでアリスとリグスと旅を共にすることになった。当初は彼女たちにも頼れる人間がおらず、仕方なくイージアは同行することにした。しかし、今はウジンが居る。このリーブ大陸では『黎触の団』に追われる心配もない。もはや彼が旅を複数人で続ける理由はどこにもない。
(あと三つ国を跨げばリンヴァルスだ。残り少ない旅の時間をアリス達と無理に過ごす必要もないだろう)
ふっ、と。力が抜けた。
肩の荷が下りた気がした。それから冷静になって周囲を眺める。急ぐ人々が、ぼんやりと立ち止まる彼に罵声を浴びせてぶつかっていった。
ゆったりと、戦場には不釣り合いな態度で彼は歩を進めていく。
思えば、この時代に来てから一人になって冷静に考える時間がなかった。慌ただしく時間が過ぎて行き、気付けばここまで来ていた。戦場の真っただ中で彼は穏やかな心を得て、ほっと一息ついた。
ウジンには負担になるが、アリスたちの事は任せてしまおう。そして、自分なりの旅路でリンヴァルスを目指すのだと。彼はそう考える。
『今、生きれりゃそれで良い……良かったんだ。……撃砕者たちのこと、頼むぜ。イージア』
無心に歩いていると、鴉と最後に交わした言葉がフラッシュバックする。
頼まれはしたものの、どうすれば良いものか彼は分からなかった。『天の撃砕者』の二人は、おそらく今後も自由に生きていくことだろう。魔族である限り、容易く野垂れ死ぬこともないだろう。あの二人は十分に強いのだ。
今頃は三人と別れて空へと飛び立っているだろうか。そう思い、彼は黒煙が立ち上る紅い空を見上げた。
「……?」
視線の先から、一羽の鳥が飛んでくる。
だが、鳥にしては形がいささか奇妙で、異様に大きかった。
「いた! イージア!」
近づいてきた鳥の正体は、『天の撃砕者』だった。
まさに今、彼が思い浮かべていた者達が眼前に降り立つ。
「おお、コイツがイージアか!」
「ね、仮面つけてるから分かりやすいでしょ!」
「話は聞いてるぜ! 俺を助けてくれてありがとうな!」
ゼロはイージアに感謝を伝える。
わざわざ謝意を伝えに来たのかと彼は思ったが、素直に受け取っておくことにした。きっと彼が同じ立場でもそうしていたからだ。
「ああ、無事で何よりだ。これからはあまり厄介事には首を突っ込まない方が良い……あくまで忠告だが。それでは……元気で」
「え、ちょっと。仲間の場所分かるの?」
──仲間。
鴉もたしかそう言っていた。しかし、彼は他の三人を仲間と呼んだことはなかった。仲間と呼ぶと、強烈な違和感を覚えてしまうのだ。『同行者』……そう言った方が彼にとっては気が楽だった。
「いや……」
どう答えて良いものか分からず、言葉を濁す。
サーラは足踏みする彼の手を掴み、ゼロも続いて反対側の手を掴んだ。
「ねえイージア、空って飛んだことある?」
「ある」
「え、あんのかよ! がっかりだぜ……」
二人が何をしたいのかイージアは分からず、手持ち無沙汰に塞がった両手を見る。
二人の子供にじゃれつかれているかのような気分で、どうにもくすぐったい気持ちになったが、やがて自分の足が地を離れていることに気付く。
「ああ、そういう……」
「アリス達のところに案内してあげるね!」
「三人で飛ぶのは初めてだぜ!」
翼を持たないながらも、彼にも飛行の経験があったのでどのように身体を動かせば良いかは理解できた。そのまま流されるように、身体を倒して二人に運ばれるイージア。このまま成り行きでアリス達と別れようとした手前、少し気後れするところもあったが彼は黙って案内されることにした。
「……そういえば、カラスはどうしたの?」
飛行中、サーラが尋ねる。
「彼はこの街に留まるそうだ。最後までよく分からない男だったな」
「ふうん……でも、またいつか会えるかな。……これで何もかもが『壊れた』んだよね?」
彼には一つの疑問があった。
『天の撃砕者』は、何のために破壊行為を繰り返すのか。その疑念を今ぶつけるか迷った彼だが、思い切って聞いてみることにする。
「……君たちは、何の為にこの国であんな活動をしていたんだ?」
「それはだな……うーん、上手く説明できないけど。壊されたから、壊した……? サーラ、どう言えば良いんだ!?」
「えっとね……昔から、圧政には人々が反乱を起こして、その国が瓦解するっていう歴史があるでしょ? たしかに、この国は力と富を持っている人たちには良い場所だったかもしれないけど、アタシ達みたいに奪われる側のことを考えてなかった。だから崩壊させたってだけだよ。あくまでアタシ達は小さな罅に過ぎない。きっとアタシ達が居なくても、真下の地上で広がってる戦争は起こってたし、それを後押ししただけ」
「おーー……よく分かんねえけど、そういうことだ! 分かったか、イージア!」
イージアはただ納得した。咎めることもなく、誹ることもなく、ただ彼らの状況を理解して頷く。
彼もまた、ある意味では彼らと似通った……復讐という目的の下で旅をしているのだから。
ーーーーーーーーーー
国境付近の街道、リアス王国の南部に続く関所に彼らは辿り着いた。
イージアはゼロとサーラに連れられ、地に降り立つ。
「イージアさん!」
そこにはアリス、リグス、ウジンの三人が待っていた。
彼らは既にアジェンから出る為の準備を済ませ、馬車の用意をしていた。
いざ彼らを目にすると、先程のように別れてしまおうという気持ちは霧散する。ゼロとサーラと共に乗った風によって、そんな心も吹き飛ばされてしまったのかもしれない。
「おうイージア! 遅かったな、さあ乗れ! さっさと出るぞ!」
御者台に乗り込んだウジンが乗車を促す。
しかし彼は立ち止まり、ゼロとサーラの二人へと振り返る。どうしても、鴉にかけられた最後の言葉が頭から離れなかった。
「君たちはこれからどうする?」
「んー……どうするかな。俺らは未来のことなんて考えたことがないからな。これからどうしたら良いかもよく分かんねえ」
ゼロは困ったように頭を傾げた。ただ目先のものを壊して、溺れたように生きて来た彼らにとっては、未来を考えることは無駄だった。
そんなゼロの様子を見て、サーラが切り出す。
「ねえ……お願いが、あるんだけどさ。アタシ達もついていって良いかな? 邪魔にはならないようにするからさ」
「おお、いいなソレ! 俺も国の外とか見てみたいと思ってたんだ!」
彼女の申し出に、アリス達は黙っていた。しかし、それは拒絶の沈黙ではない。彼らはイージアの方を見つめ、期待を込めたような眼差しを向けた。
「……どうして私が決めることになるんだ?」
「いや、だって仮面男にみんなついて行ったワケだし? お前が決めるべきだろ。もちろん、アリス様の意見より優先順位は下だけどな」
『……撃砕者たちのこと、頼むぜ。イージア』
やはり、今もなお鴉の最後の言葉が木霊している。
もしかしたら、鴉が自分にかけた呪いかもしれない。そんなことを考えながらも、イージアの腹の内は決まっていた。
「……鴉にも、君たちのことは頼まれたからな。共に来るか?」
「おー、やった! サーラ! 雪とか、城とか、見てみたいものがいっぱいあるんだ! 旅に出たら見れるかな?」
いつもと変わらず賑やかな弟に、彼女ははにかみながら微笑んだ。
「……うん、一緒に見に行こう。……よーし! それじゃみんな、よろしくね!」
最初は小さな一欠片、最後は大きな壁になる。壁が崩れればそれでおしまい。何も残ることは無い。
戦火が舞って、この地獄は焼け落ちていく。
アタシたちはその壁を叩き続けた。罅が入って、やがて瓦解する時を待った。
そして、壊れた。
夢は捨てた。希望は吐いた。憧れは奪われた。何が残った?
未来を思い描いたことはない。今までは。
アタシたちは二人で一人。一人なら空も飛べやしない。
一人になるのが怖くて、泣いていた。
──でも、二人なら。
(……二人なら、なんだって乗り越えられる)
アタシは、ゼロは、まだ『二人』の世界しか知らない。
その世界を、変えられるのかな。
一人でも飛べる? 二人ならもっと高く飛べるようになる?
この目で、この翼でたしかめよう。
傍に居てくれる人たちの為にも。




