155. 地獄にて
「我が身に宿れ、『不敗の王』」
イージアから爆発的な闘気が放たれ、大気が震える。窓硝子に罅が入り、その場に居るだけで圧殺されそうな覇気。
刹那、グラジオサードが感じたのは《差》。眼前の男と己には、圧倒的な力量差があるということ。しかし、力のみを信じて生きてきた彼女にそれを認めることは許されなかった。
「『怒れる青獅子』よ!」
魔槍を突き、その攻撃が彼女の領域内に分散する。攻撃の全体化により、無数の槍の矛先がイージアに襲い掛かる。全方位からの攻撃……通常の相手に対しては必殺の技となるが、強者はこれをも往なすことが多い。
「……」
「……!?」
だが、彼の躱し方は異常なものであった。
呼吸。一つ、息を吸い、吐き出す。それだけで全ての槍が霧散する。
「──『穿象の主』
一突き。無数の槍に対して、彼はただ一突きを放った。
彼女はそれを横跳びして回避。そして、再び反撃を……
「……?」
たしかに、避けた。
彼が放った氷槍を身体から逸らし、穂先は一寸も彼女を掠めてはいなかった。
「かはっ……!」
背後から強い衝撃で圧し潰されるかのような感覚……いや、実際に内蔵が槍で突かれたかのように潰されていた。
「……何を、したの……?」
「語る言葉は無い。死ね」
彼は確実に敵の息の根を止める為、槍を突き出す。
刹那、『怒れる青獅子』が見た光景は──
「そう、これが……」
彼女が目指し続けた、『力』の極致だった。
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「グラジオのお嬢は上層区画以外の『狂儲派』は支配したって言ってた。裏を返せば、まだこの上層区画には『狂儲派』がわんさか残ってるってことだねえ」
塔の東側、鴉たちは連絡盤が設置されている一室に居た。
鴉の作戦……この区画に残っている『狂儲派』を、塔を包囲している『怒戦派』にぶつけ、その間隙を縫って脱出するというものだった。
「だが、どうやって『狂儲派』の連中をここまで連れてくるんだ?」
リグスの疑問に鴉が答える。
「まあ、任せておけって。俺はこう見えて両派閥に顔が利く。ちと待ってな」
鴉は連絡盤を起動し、上層区画に存在する『狂儲派』の拠点に接続する。
『こちら第二支部。本拠点、用件を』
「おう、鴉だ。現在、民間人に扮した『怒戦派』から包囲を受けている。かなり規模がデカいが、今本拠点にはそこまで人が居ない。至急、応援を要請するぜ」
『何……!? 了解した、すぐに応援へ向かおう。他の支部にも連絡を頼む。『怒戦派』め、とうとう攻めて来たか……!』
そして通信が終わる。
それから鴉は他の『狂儲派』の支部にも応援を要請し続けた。
「……さあて、これで終わりだ。あとは外で戦いが起こるのを待って、どさくさに紛れて出て行くんだな。……お? 男の子が目を覚ましたな」
「ゼロっ!」
深い眠りに落ちていたゼロがゆっくりと身を起こし、周囲を見回した。多くの知らない人物に囲まれ、困惑した表情を見せた彼だが、サーラの姿を見て安堵する。
「サーラ、どうなってるんだ? たしか家に変な奴らが入って来て、それで……」
戸惑うゼロにサーラ達がこれまでの出来事を説明する。
「……へえ、そっか。カラス、お前悪いヤツじゃなかったんだな! それに、アンタたちもありがとな!」
ゼロはアリス達に頭を下げ、無邪気な笑みを見せた。サーラはそんな彼の様子に安心する。だが、鴉とウジン、リグスの表情は険しいままだった。
「そんなことより、ここは直に戦場になる。アンタらもさっさと逃げる準備をすることだねえ」
「姫様、準備を」
「はい。ですが……この国の戦争は私たちが引き起こしてしまったのでしょうか……?」
不安に瞳を揺らすアリス。己が引き金となって両派閥の争いが起きてしまったのではないかと罪悪感に駆られているのだ。
「いや、遅かれ早かれ戦争は起こってたからねえ。誰のせいでもないさ。……おっと、爆発音だ。始まったみたいだねえ。さ、行けよ」
「ちょっと待って! イージアは……?」
争いを皮切りに、塔を出ようとする皆をサーラが呼び止める。
まだ塔の最上階ではグラジオサードとイージアが戦っている。再び最上階に戻る時間の余裕がないことはこの場の誰もが分かっていたが、このままでは彼が二派の抗争に巻き込まれてしまう。
「……グラジオのお嬢はバケモンみたいに強い。ただ、イージアも強い。今はアイツを信じて逃げるしかねえよ。この世界じゃ、自分の命が何よりも大切なんだ」
サーラは何も答えることは出来なかった。この荒廃した国で生きてきた彼女だからこそ、鴉の言葉が重くのしかかったからだ。
ゼロは彼女の手を引き、戦火が広がりつつある街中へ飛び出して行った。
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「おい、『狂儲派』が『怒戦派』に仕掛けたらしいぞ!」
「いや、私は『怒戦派』から攻撃したって聞いたけど……」
「はやく避難しなきゃ……!」
「二派の統率者はどうなっているんだ!? 一切命令が無いぞ!」
戦火は次第に広がり、アジェンは混迷を極めていた。
争いに加わる者、逃げ惑う者、それを追い剥ぐ者、泣き叫ぶ子供。これまでの荒廃が天国のように思えるほど、この国は地獄と化しつつあった。いずれ訪れる筈だった未来。それが予定よりも少しだけ早く来ただけのこと。
『天の撃砕者』とイージアの仲間を送り出した鴉は、彼らの安全を祈りながら、その地獄を眺めていた。
「…………」
なぜ両派閥を裏切り、戦争を起こすような真似をしたのか……それは彼自身、分からなかった。この国に嫌気が差していたのかもしれないし、単純に『天の撃砕者』の二人の絆に過去の己を見たからかもしれない。
だが、そんな事はもはやどうでも良かった。ただ無気力に自身が生まれ育った地獄を眺めては、流れる血を踏み締めていた。
「……何をしている?」
背後から声が掛かった。
「さあ……アンタのお仲間ならあっちの方角に行ったぜ。早く行きな」
グラジオサードを彼が降したことに驚いた鴉だったが、表情を変えることはなかった。
小さな罅が入り、この国を囲っていた二枚の壁は壊された。もはや跡に残るは惨劇のみ。
「グラジオのお嬢は死んだか?」
「ああ……どうやって倒したのかはあまり覚えていないのだが。たしかに死んだ」
戦いを覚えていないという彼の発言に笑いそうになる彼だったが、何とか感情を堪える。
「君はどうする? 一緒に逃げるか?」
「はあ……お優しいことで。俺はこの国から離れるつもりはないさ。鴉は縄張り意識が強いもんでねえ。……それに、こんな地獄でも俺の故郷なのさ。簡単に捨てることなんざできないねえ」
また一人、人が死んでいく。子供が躓いて、逃げ遅れた。無情にもその子は斬り殺される。
「早く行けよ。きっとアイツら、アンタを待ってるぜ」
「これが、君の望んだ未来か?」
──未来。
鴉は一度も未来を考えたことはない。ただ目の前にあるモノに食らいつき、何でも食べて生きてきた。
時に賢く、時に愚鈍を振る舞い。気分次第に見えて、狡猾に。そうしなければ、この地獄では生きてこれなかった。
「知らねえよ。今、生きれりゃそれで良い……良かったんだ。……撃砕者たちのこと、頼むぜ。イージア」
「ああ……達者で。鴉」
別れを告げ、イージアはその場から去る。
阿鼻叫喚、地獄の中に鴉が一羽。鳴くこともなく、飛ぶこともなく、地を歩く。
どこへ向かうのか、彼に未来は訪れるのか……知る者はいない。




