154. 怒れる青獅子
「一体どういうつもりだ?」
「いえ、念の為……ね。もしも貴方が素直に『天の撃砕者』を引き渡さないようだったら、彼女たちを人質にして交渉材料にするつもりだった。鴉はまだしも、貴方は完全には信用できなかったの」
「イージアさん! 私たちのことは構いません! その子供たちを守ってください!」
アリスが叫ぶ。
サーラはイージアに促され一歩下がり、ゼロの傍に寄る。
「……貴方のお仲間はこう言ってるけど?」
「そのような汚い手段を取る時点で、この『撃砕者』たちは渡したくはないな。先に手を出したのは君だ」
鴉はやはりこうなったかと、顔を顰める。あくまで傍観の姿勢のまま、事の成り行きを眺めていた。
「汚い手段だろうと何だろうと私は構わないけど。貴方が『天の撃砕者』を渡さないのなら、この二人の命は無いのよ?」
「そうか。どうでも良い……何ならここで殺してみたらどうだ?」
「え、ちょ……仮面男? お前ちょっと……薄情すぎないか?」
リグスが衝撃を受けたかのように目を丸くする。
もちろん、彼は心の底から二人の命が失われても良いと思っている訳ではない。
「そう……やっぱり、貴方も私と同類ね。目的の為なら手段を選ばない。いいわ、片方を始末しなさい!」
グラジオサードの号令で、アリスを拘束していた配下が動く。
配下は腰から剣を引き抜き、そして、
「イージアがお前と一緒? 笑わせんなよ」
隣に立つもう一人の配下を斬った。そして、二人の拘束を同時に剣で解く。
アリスとリグスは咄嗟に立ち上がり、グラジオサードから距離を取った。
「何だ……? この茶番は」
グラジオサードは困惑したようにその配下を見つめた。顔を隠していた覆面を取り、その配下が顔を見せる。彼は『怒戦派』の一派などではなく……
「イージアはおっちゃんみたいな酔っ払いも助けてくれたイイ奴だぜ! いやあ、おっちゃんも活躍できて嬉しいねえ。そら、そこの『撃砕者』のお嬢ちゃん! 一緒に逃げるぞ!」
ウジン・サファイであった。彼はゼロを担ぎ上げ、戸惑うサーラを誘導する。
アリスとリグスもまた、ここまでの流れが予定調和であったかのようにスムーズに入り口へと駆け出した。
グラジオサードは彼らを追って魔槍を飛ばすが、イージアの剣によって防がれる。
「説明してもらえる?」
「簡単なことだ。君の配下に私の知己が変装していたというだけだよ。彼には毎日のように酒場と情報屋で君の情報を集めてもらっていた。そこから君の性格、行動予定を導き出し……様々な事態に備えていた。君が私を信じなかったように、私は君を信じていなかった。それに……アリスには人の心を読む能力がある。君が初めて彼女たちの宿を訪れた際、悪感情を彼女は感じ取った。そこで彼女は咄嗟にウジンに連絡し、君の跡をつけるように促したわけだ」
「……そういえば、私について行く準備とかで、時間の空白があったわね。その時に色々と画策したというわけか。実に面白い」
グラジオサードはなおも余裕を湛えた表情でイージアに相対した。
部屋からは大勢の人が消え、彼女とイージア、そして隅で存在感を消している鴉のみが残っていた。
「……まあ、この建物は既に我が配下に包囲されているから、無駄な足掻きでしょう。貴方が私を止めたとしても、私の配下に彼らは捕らえられる。……鴉、彼らを追って捕まえなさい。最悪殺しても構わないわ」
「げっ……! 流石にあの人数の相手はキツイかなあ……まあ、善処するわ」
鴉はひらひらと手を振って、イージアの背後を通り部屋から出て行った。
「彼のことは止めないのね?」
「ああ。彼は君とは違う」
「はあ……絆でも芽生えたのかしら、馬鹿馬鹿しい。それで、貴方は私が殺せば良い?」
強烈な殺気と戦意を発し、グラジオサードが魔槍の矛先を向ける。イージアはそれ直に受けてもなお、一切の怯みを見せなかった。警戒心すらも湧き上がって来ないのは、彼自身にとっても不思議なことだ。
「いいや、君は私を殺せない」
「そう……私は強さだけを求めて生きてきたの。いくら強者であるお前でも、そんな私を超えることはできない。……図に乗るな、雑魚が」
「……私もかつては強さに固執していたが。その生き方はもう捨てたよ」
幼少期、盲目的に強さを追い求めていたことを彼は思い出しながら剣を構えた。
今の生き方が何かと問われれば、復讐……と立派なものではないが。それでも強さのみを求める生き方は自身に相応しくないと彼は決断を下し、今でもそれが過ちであったとは思っていない。
「それでは、お前なりの生を見せてみるが良い。私は『怒れる青獅子』グラジオサード。この世の全てを力のままに支配する者だ!」
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グラジオサードから『天の撃砕者』の二人を連れ出して逃げた三人は、塔を下へ下へと降りて行った。
ウジンは眠っているゼロを担ぎながら走る。
「コイツ、こんなに揺られてよく目が覚めねえな……魔術で強制的に眠らされてんのか。さて、勢いで飛び出してきたがこっからどう離脱するかね」
「オッサン、このまま外に出るのは流石に危険だよな? 一旦どこかの部屋で今後の作戦を考えるか?」
その時、一行の前に鴉が降り立った。塔の内部構造に詳しい彼は、先回りの道を通って彼らに追いついたのだ。
「ちょっと待ったあ。アンタら、このまま下に行くのは危険だぜ」
「カラス! 危険って……どういうこと?」
サーラの疑問に鴉が答える。
「グラジオのお嬢が言っていたが、この塔は『怒戦派』に包囲されているらしい。窓からはそれらしき姿は確認できないが……恐らく、民間人に扮したゲリラ隊だろうな」
「おい、サーラちゃん……だっけ? この胡散臭い男は信用していいのか?」
突然現れた鴉に、ウジンが訝し気な視線を向ける。鴉は怪しまれるのは慣れているといったように肩を竦めた。
「うーん、たぶん大丈夫だと思うよ。少なくとも、アタシはカラスを信じたい」
「私も、この方は悪意ではなく善意で動いてくれているように読み取りました。この状況ですから頼りにしていいかと」
ひゅう、と彼は口笛を鳴らしてご機嫌な様子で笑う。
「おお、イイねえ。まさかサーラのお嬢さんはまだしも、見ず知らずの女性に信じてもらえるなんてねえ。んじゃ、その信頼に応えて……俺に考えがある。ついて来な」
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グラジオサードの魔槍がとてつもない速度でイージアに迫る。
彼は身体を逸らして回避し、魔剣による反撃を繰り出した。魔槍と魔剣がぶつかり合い、甲高い音が響く。
「……流石だ、流石私が一目見て強いと悟った男だ。動きに無駄がなく、奇妙な型を使いこなす剣士。貴方が素直に私に従ってくれたらどれだけ良いことか……イージア」
「力だけでは全てを支配できない。……彗星の撃、『月光』」
氷閃が三日月型に撓り、グラジオサードはそれを純粋な魔結界で防ぎ切る。カウンターに一突きで無数の穿撃を生み出し、確実にイージアの急所を狙う。
迫る攻撃に対して彼が取った行動は、前進。槍撃を見れば見る程、彼の内側から何かが沸き上がり、戦意を高めていく。全ての軌道を回避した彼は、再び『月光』を放つ。
三日月を槍で逸らし回避した彼女は高らかに愉悦の声を上げる。
「フッ……ハハハッ! 実に良い、実に愉しい。これだから強者との闘いは止められないッ! さあ、本気を出すぞ、異能……『怒れる青獅子』!」
闘いの中で己を昂らせるグラジオサードは、ついに異能を発動する。
急速な闘気の上昇にイージアは動きを止め、一旦距離を取る。彼女から巻き上がる青いオーラが、部屋中に伝播しては波のように揺らぐ。
「さあ……もっと愉しもうではないか。更なる力を見せるが良い……!」
青いオーラにより特殊な《領域》が生成された様子を確認したイージアは、
「はあ……愉しむ、か。残念だが、君のような雑魚相手に僕は楽しめない」
落胆の声を漏らした。
同時、グラジオサードは眼前の男が唐突に戦意を変化させたのを感じ取った。これまでのような真摯に闘いと向き合う姿勢ではなく、全ての闘争に対して……諦観のようなものを感じさせる戦意へと。
「……雑魚、だと?」
しかし、違和感を覚えたにも関わらず、彼女はその『雑魚』という言葉に反応せざるを得なかった。本来の冷静な彼女であれば、この時点で相手の分析に転じていたことだろう。
「そうだ、まるで幼児と遊んでいるかのようだな。君の異能は攻撃の全体化だと聞く。例えば、槍を一回突けば、領域内のあらゆる方角から槍撃が飛ばせる。だが、その異能は強者との勝負には向いていない。にも関わらず、それを起動した……力だけを追い求めてきたというが、聞いて呆れるな。才能がない、死んだ方がマシだ」
「チッ……お前は槍を扱わない癖に、よく言うな。机上の空論だ」
明らかに話し方の調子が変わったイージアだが、彼の言葉は正論だった。異能『怒れる青獅子』が適するのは対複数の時だ。強者にはかえって逆効果となる場合もある。彼女自身、それは分かっていたが、煽るような彼の言葉に反論せざるを得なかった。
「戦場で感情に流されない方が良いよ。それと……僕は、少なくとも今の僕は、剣よりも槍の方が得意だ」
彼は魔術によって氷の槍を作り出した。彼の適正属性は風だと思い込んでいたばかりに、平然と氷の魔術を扱う様子に、彼女は衝撃を受ける。
「さあ、終わらせようか。力は支配の為にあるんじゃない……護る為にあるんだよ。僕は護る為に、力をずっと追い求めてきた。力の使い方を誤った君を、殺そう」




