153. 狂える赤鳥
フォトスの怒気と共に魔力が爆ぜる。
彼の身体から紅蓮の灼炎が巻き上がり、まるで巨大な鳥のような形を作る。
「嗚呼……ハハハハハッ! この感覚はやっぱりたまらねえ。これさえありゃあ、俺は誰にも負けねえ!」
「急速な能力上昇……異能によるものか?」
「異能? ちがうちがう……この力は『買った』のさ。力ってのはね、買えるんだよ。努力して、汗を流して……馬鹿馬鹿しい。ドーピング、肉体改造、なんでもござれだ! 金は全てに変えられる。『怒戦派』の連中がつかつかと積み上げて来た力なんざ、俺が買った力で簡単に圧し潰せる!」
イージアはフォトスの挙動を分析し、力のほどを見極める。力を富によって買ったとは言っているものの、副作用のようなものは見られない。
「へえ、それがフォトスの旦那の力ねえ……金ってのはいいねえ。羨ましい」
眠るゼロを守る鴉は悠々と戦況を眺める。彼は自らの手には負えない相手であると判断し、素直に引き下がっていることを決めた。
「アンタ、許さないんだから……! 水槌!」
サーラが巨大な水の一撃を魔術によって繰り出し、フォトスの頭上に振りかかる。衝撃波が鈍い音と共に室内に響き、水と炎の衝突による爆発が起こる。
「ふん……魔族だけあって魔力はあるみたいだな。だが、しかし……」
煙の内側から目にも止まらぬ速さでフォトスが飛び出し、サーラに殴り掛かる。イージアは咄嗟に反応し、掌でフォトスの拳を受け止めた。
「ぐっ……!」
凄まじい高熱が彼の腕を伝い、全身を抱擁。同時に、彼はフォトスの身体に蹴りを入れて吹き飛ばす。この熱を受けた時、イージアはどこか既視感のようなものを感じた。
「チッ……やるな。この力を持った俺を吹っ飛ばすなんざ……バケモンがよ」
「君にだけは言われたくないな」
「ああ? 力を持ってるのは全員バケモンなんだよ。『怒戦派』の連中なんざ、全員が全員バケモンになりたがってる、狂人のお集まりだ。俺と、お前! どっちがよりバケモンか確かめてみようや!」
再びフォトスが吶喊する。イージアにとって、彼の動きは見切れぬ程速くはない。
しかし、
「飛雪の構え……ッ!」
痺れるような痛みが彼を襲った。
迫り来るフォトスの攻撃を受け流すと同時、高熱が彼の全身に伝播したのだ。
「いやあ、イイ技術だ! さあ、そのまま受け流し続けろよ。じわじわとお前を焼き殺してやる」
防御でダメージを受けるならば、攻撃に転じる。それが次にイージアが考えた一手だった。
すかさず彼はフォトスの側面に回り込み、風刃を宿した剣を振るう。
「飛雪の撃──『空風』」
強烈な風撃が、魔剣の冷気を乗せて突き上がる。鋼をも砕く一撃はフォトスの炎を打ち破り、的確に彼の心臓部を貫通。
「おい、いってえな……!」
だが、彼はそれを意に介すことなく、イージアに殴り掛かった。少しの怯みも見せない彼の動きは想定外。イージアは思わず反撃を受け流し損ねる。
「水鞭!!」
その時、フォトスの足元から水の束が数本伸び、撓りながら彼の足に絡みつく。サーラの援護はほんの僅かに彼の動きを遅らせるに過ぎなかったが、イージアが攻撃を回避するには十分過ぎる時間を作った。
「助かった」
「うーーん、でも心臓のとこ無いのにピンピンしてるよアイツ。どうしよ?」
「恐らく……体のどこかにコア、動力源がある。そこを砕けば……」
『狂える赤鳥』の力に感じた既視感は、ランフェルノで経験したものが原因だった。かつてイージアが倒したランフェルノもまた永劫の焔を纏っていたが、ブルーカリエンテが内側に入り込むことで動力源を停止させたのだ。
あの永劫の焔に比べれば、フォトスの炎は遥かに生易しいものだが……生命力をあの炎が増強していることは間違いなかった。貫いた胸の傷も、やがて修復することだろう。
「はっ……俺の力に動力源があったとしても、どこにあるかは分からんだろう。それに……その仮説、本当に合ってるのかも怪しいだろうよっ!」
二人の剣と炎がぶつかり合う。こうしてフォトスが戦い続けるさまを、鴉は常に目を凝らして見ていた。サーラもまた、鴉がフォトスの弱点を分析していることに気付いている。彼女は鴉に近寄り、声を潜めて尋ねた。
「ねえ、どう? アイツ倒せそう?」
「まあ、イージアの勘は合ってそうだねえ。ただ、本当にフォトスの旦那の体内に動力源があるのかが疑わしいところだが……ま、試してみりゃ分かるか。なんせ、あの力は『魔力』を大量に供給されることで成り立ってるからねえ。カラスさんの計画に、ちょっと付き合ってもらうよ、お嬢さん」
そしてサーラは鴉から作戦を聞き、魔力を蓄積し始めた。強力な攻撃魔術を放つ為の魔力を。
「オラオラッ! 熱いな、熱いよなァ!」
フォトスの動きは更に勢いを増していき、無数の拳撃がイージアに襲い掛かる。それを受け流す度、彼の身体には熱が伝い、体力を少しずつ削いでいく。両者の優劣は傾いて行くばかり……このままの調子では決着も遅くはないように思われた。
しかし、イージアの狙いは耐えること。何の為に彼が動力源の情報を口に出したのか、なぜ見抜いた敵の弱点を、わざわざ敵の前で話したのか。それは動力源の情報を鴉に伝える為でもあった。
彼は戦闘の体勢を調整し、敢えてフォトスの背後に鴉とサーラが来るように立ち回る。フォトスは二人をまったく警戒していない。たしかに実力的に考えれば、二人は彼には及ばないものの……実力を覆す要因である異能の存在をイージアは忘れていなかった。
「……さてお嬢さん。準備は良いかい?」
「うん、バッチリ。最高火力出せそうかも」
魔力を十分に蓄えたサーラは、いつでも魔術を放てるように構える。二人はフォトスに勘付かれないように声を潜めつつ、計画を実行に移す。
「おし、久しぶりに本気で行くぜ。……寄せろ、『八咫烏』」
鴉はこの建物の奥深く……地下の更に下方から強烈な魔力を感じ取り、それを自らの元に転移させる。
現れたのは、緋色の宝玉。脈々と魔力が波打つ美しい宝玉が、眩い輝きで部屋を照らす。
「そ、それは……っ! なぜ、俺のコアを……!?」
「んー? そういや、フォトスの旦那には俺の異能は説明してなかったねえ。ま、信用されない方が悪いさ」
宝玉を目にしたフォトスは、一心不乱に光へと駆け出す。しかし、イージアはそれを許す程甘くはなかった。
「風枷」
逆風と乱気流がフォトスの動きを阻害し、速度を遅らせる。同時に、宝珠と真逆の方角に彼を蹴り飛ばした。
「や、やめろッ! それだけは……」
「アハハ、残念でした! 本気でいくよ、大水槌!」
サーラの大規模な水魔術が宝珠に直撃。凄まじい振動で建物が揺れる。
水の鉄槌を下された緋色の宝珠は、煌びやかな水晶片を飛び散らし、爆発四散した。
「あ……力が、抜けていく……。俺の……俺の、権力が……百億ルアが……! おい! どう責任取ってくれるんだ! テメエらの頭じゃ稼げねえような! 莫大な金がかかってんだぞ、おい! どう責任取るか聞いてんだよ!」
前後を失ったように喚き散らし、怒号を飛ばすフォトス。富と力を同時に奪われた彼は、鬼気迫る勢いで地団駄を踏む。
「あら、責任なら私が取ってあげるわ」
その時、部屋の入り口からもう一人の権力者が現れた。
「テメエは……グラジオサード! 何しに来やがった!」
「何をしに来たか……? そこまで耄碌したか、乞食。私はお前が目障りで、お前を潰したい。そして、今がその時だ。ようやくお前を潰せる時が来た……この国は今より、私の物となる」
グラジオサードはそう吐き捨て、呼び出した魔槍でフォトスを貫いた。
力の根源を失った彼は、再生することもなく血を垂れ流す。
「ぐ、テ、テメエ……! こんなことして、俺の配下が、ただじゃ……」
「お前の配下ならば、全て手中に収めている。……この上層区画以外の者は全て、な。せいぜい地獄でも金儲けを愉しむことだ」
「く、くそ゛ォッ!」
彼女は再びフォトスをめった刺しにし、頭を捻り潰した。
そしてイージア達の方に笑顔で向き直る。
「ふう、二人ともお疲れ様。まさかこのタイミングで『狂儲派』を片付けられるとは思ってなかったわ。急いで加勢に来たけど……問題なかったみたいね」
「おう、グラジオのお嬢。アンタが直々に出張って来るとは思わなかったぜ。まあ、これで一件落着……ってとこか」
場に残ったのは、イージアと鴉、気絶したゼロとサーラ。そしてグラジオサードだった。
彼らは死体を隅へと退けながら、中央に集まった。
「さて、依頼も無事に達成できたみたいね。この二人が『天の撃砕者』……鴉、その魔族を渡してもらえるかしら?」
「ちょ、ちょっと! ゼロは渡さないよ!」
ゼロへと歩み寄るグラジオサードの前に、サーラが立ちはだかる。
イージアと鴉に与えられた本来の任は『天の撃砕者』の捕縛。この場では二人の身柄は彼女に預けるのが順当な対応であった。
「いやあ、お嬢さん。まあ、ちょっと大人しくしてもらうだけさ。命までは奪いはしないし、グラジオのお嬢もそこまで悪人じゃない……怒ると怖いけどなあ? そこまで心配すんなよ」
「ええ、鴉の言う通りよ。貴方たちに手荒な真似はしないと約束するわ。それに、私達は強さを重んじる。優秀な戦士である二人には、やがて私達の味方として活躍してもらおうとも思っているの」
彼女はサーラを諭すように笑顔で歩み寄る。イージアもまた、彼女を悪い人間とは考えていなかった。
ただし、ある情報を聞くまでは。
「……グラジオサード。その前に、少し良いだろうか」
サーラの前に彼は立ち、グラジオサードと正面から向き合う。
「あら、何かしら? 報酬の話だったらもちろん上乗せして……」
「アリスとリグスを解放しろ」
「……ふむ。どこでその情報を手に入れたのか……食えんな、貴様は」
彼女は指を鳴らす。
部屋の入り口から、『怒戦派』の配下に拘束されたサーラライト族の二人が現れたのだった。




