146. 旅は道連れ
「グオオオオオッ!」
獣のような雄叫びを上げるトウキの攻撃を往なし、反撃を叩き込むイージア。魔剣によって出来た氷の傷も、驚異的な再生力によって塞がれてしまう。
攻撃力、再生力ともに申し分ない。だが、彼らが謳っていた『神殺しの力』には到底匹敵しない。
「彗星の撃──『月光』」
無数の三日月型の斬撃が広場を駆け巡り、トウキを斬り刻む。それでもなお彼は止まらず、衝動のままにイージアに肉薄する。
一見すれば両者の戦いは競っているように見えるが、問題は上階から迫る『黎触の団』の団員達。彼らの気配は次第に近づいており、到着すればイージアへの向かい風となるのは確実であった。
故に、ウジン自身も動かなければならないことは分かっている。命を助けてもらった以上、彼もまたイージアを助けなければならない。それが今の彼にとっての《義理》であった。
「イージア! ソイツの相手は頼むぜ!」
「ああ、任された」
ウジンは一層上へ上り、先程二人の団員を倒した小部屋へと戻って来た。この湖の地下の構造は手に取るように分かる。防衛に関しては彼の方が『黎触の団』よりも一枚上手だ。
彼は小部屋の脇に掛けられた梯子を上り、死角に入る。
しばらく待機すると、『黎触の団』と思われる人間が入り込んで来た。
(四人か……厳しいな。だが、やるしかあるまい)
まず、彼が斬り掛かったのは最後尾の魔導士。この一撃で一人目を削る。
ウジンに気付いた残りの者が彼と間合いを取り、一名は前方へ、二名は後方へと下がる。
「なっ……何者だ!」
問いに答えることなく、彼は前方の剣士に斬り掛かるが、その一撃は防がれてしまう。こうなってしまえば単純に三対一の戦闘となる。逃走も考えたが、さらに上階からも人が迫っているようだった。
「はぁっ!」
巧みな剣技で再び剣士と斬り結ぶ。袈裟懸けを剣士が放とうとした隙を突き、足払いをかけ止めを刺そうとする。
「土壁!」
しかし、その攻撃は後方の魔導士が放つ土魔術によって防がれ、相手に体勢を立て直す猶予を与えてしまう。多勢に無勢。少しでも時間を稼ぐことがせめてものウジンに出来るイージアへの貢献か。
鋭く振るわれた剣先が彼に迫る。ウジンは斬られる寸前のところで回避し、孤立する後方の魔導士を狙う。咄嗟の標的変更に彼らは対処し切れず、ウジンは二人目の撃破に成功する。
これで残るは剣士と魔導士の二人。もうじき上階から敵の増援が駆けつける。その前に方を付けなければならない。
「ふんっ!」
まずは正面の剣士に狙いを定める。腕前はウジンの方が上だが、相手には魔導士の補助がある。
上段から一撃を叩き込み、後方へ離脱。常に魔導士の動きに気を配りつつ、慎重に攻める。
剣士はウジンの側面へと回り込み、斬り払う。更に後方へ回避し、背後に壁が迫った。
そこに魔導士の魔術による土槍が飛来。これ以上後方へは避けられない。彼は右方への回避を試みるが……
「そこだ!」
「しまっ……」
そこへ剣士が迫る。回避の体勢から受け切ることは不可能。
これまでかと彼が悟った、その時。
「火炎!」
火球が飛来し、剣士を燃やす。そして動揺する魔導士に短刀が投げられ、残りの二人を無力化した。
それを放った者は小部屋の入り口に居た。上階から迫り来る人の気配……ウジンはそれを『黎触の団』の増援かと思い込んでいた。しかし、やって来た二人は既視感のある人物であった。
「あんたらは……イージアの連れの……」
「たしかウジンさん、でしたよね」
「なんでオッサンがここに居るんだ……?」
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イージアとトウキの戦いは熾烈を極めていた。
驚異的な再生力によりトウキの身体はいつまでも稼働し続ける。流石に限界点はあるだろうが、それが何時間後か、或いは何日後か……底は見えない。
二人の戦いは拮抗していたが、明確な差異があった。それは、理性の有無。イージアは常に戦いの中で相手を倒す手段を模索していた。
「ヌアアアッ!」
「彗星の構え──『流水』」
振り下ろされる大剣の一撃を受け流す。この馬鹿力の根源は極限まで精錬された身体強化に基づく。要するに、トウキに供給される魔力の源を断ってしまえば良い。
魔力は絶えず彼の足元にある呪術魔法陣から吸い上げられている。しかし、イージアはそこまで魔術に造詣が深い訳でもなく、ましてや呪術の魔法陣の破壊方法など知る由もない。彼にできる事といえば……
「試してみる価値はあるか」
一つの策を思いつく。
他に人目の無い場所だからこそ可能な策である。
「……《神転》」
種族を神族に変換し、能力を大幅に上昇させる。人間の身体を構成していた神気が解け、奔流となってトウキの傍に接近する。彼は再び身体を形成し、目にも止まらぬ速さで敵の背中に拳を突き出した。
「グ、オオオオッ……!?」
そのまま彼はトウキの身体から手を引き抜かず、深々と己の腕をめり込ませていく。
そして、
「神聖の波動」
彼の手元から発せられた神気はトウキの体内で爆ぜ、全身を駆け巡らせた。神族ならば誰もが扱うことのできる『神聖の波動』。邪気を払う権能を直接体内に行使したのだ。
トウキは力を高めていくにつれ邪気を発していた。この身体強化は魔力だけではなく、邪気をも媒介しているのではないか……彼はそう考えた。
「グ、ギ……あァッ! くる、しい……!」
彼は手をトウキの身体から引き抜き、距離を取る。
邪気が背中から滔々と溢れ出しては、イージアの神気によって浄化されていく。同時、魔力もまた邪気と神気のせめぎ合いの中に溶け、失われていった。
「はあ……はあ……ナゼ、だ。何故、賢者様より授かったチカラが……! 俺は神をも超える力を……手にしたはず……」
イージアは神転を解除し、全ての力を失ったトウキに剣を突き付ける。
「……答えろ。『黎触の団』はリーブ大陸にも存在しているか?」
「ハッ……答えるとでも……思ってるのかよ……グッ!?」
「君と遊んでいる暇は無い。急いでいるんだ」
彼は息も絶え絶えのトウキの指に剣を突き刺し、答えを促した。
「ぐゥ……いない! 『黎触の団』は、リーブ大陸には進出できていない! アントス大陸にもだ! アジェンの『怒れる青獅子』と、『狂える赤鳥』のせいだ! 答えたからもう辞めてくれッ!」
「なるほど、もう良い」
それだけ聞き届けると、彼はトウキの首を落とす。これで『黎触の団』の賢者から力を与えられた者を殺したのは二人目。正確には、一人目を始末したのはATだが。
床に書かれた魔法陣を見る。《賢者》とやらは『神をも超える力』と嘯いて彼らに命を犠牲とする力を与えたようだ。何が狙いなのか……賢者は本当の神族を見たことがないか、或いは意図的にそう嘯いているのか。いずれにせよ、節理に反した邪気を用いるような、危険極まりない力である。
「イージア! ……って、もう終わってたか」
その時、複数の足音が上階から聞こえてきた。
ウジンに、ここに居るべきではない二人。
「アリスに、リグス。なぜ君達がここに居るんだ?」
「すみません……どうしても気になってしまって。イージアさんの後をつけて来たんです」
「……ここは『黎触の団』の拠点だ。君達が来るべき場所ではない」
「まあまあ……この娘たちはおっちゃんを助けてくれたんだから、あんまり責めないでやってくれ。それよりも、コイツ倒せたのか……すげえな」
床に転がるトウキの首を見て、ウジンは唸り声を上げる。対してアリスは人の死体を見慣れていないのか、目を露骨に背けていた。
死体の数も相まって、異臭が凄いことになっている。それに気付いたイージアは速やかに死体の山を燃やし、その場を出ることにしたのだった。
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帰路、イージアは二人と今後の予定について話し合う。
「聞くところによると、リーブ大陸に『黎触の団』は蔓延っていないらしい。これでようやくまともに街を歩けるようになるな。まともな傭兵の仕事もできるようになる」
「まあ、それは嬉しいですね! 頑張って魔物を倒しましょう……! 『旅』らしさが出てきましたね」
「ですがアリス様、まだマリーベル大陸最北のシロハ国を抜けていません。気を抜かれませんよう」
そんな話を聞いていたウジンは、一つの案を思いつく。
彼は断られる可能性も高いと思っていたが、ダメ元で提案してみるのだった。
「あんたら、リーブ方面に行くのか? 良かったらおっちゃんも一緒に行っていいかい?」
イージアの表情は相変わらず読み取れないが、残りの二人の表情は初めて会った時よりも警戒の色は薄れていた。転生したてで知己も少ない彼にとって、眼前の三人は数少ない頼れる相手だったのだ。
「ジャオには留まらないのか?」
「ああ、こうして殺ることやっちまったからな。このまま国に居るのも窮屈だろ」
「私は構わないが、君達は?」
イージアは他の二人に目を向ける。
「ボクはアリス様の決定に従います。このオッサンは臭いのが嫌だけど」
「おいおい……ひでえな。これでも毎日風呂には入ってるんだぜ?」
「私はイージアさんが良いならそれで構いません。これからよろしくお願いしますね、ウジンさん」
リグスはアリスに従い、アリスはイージアに従う。こうして連鎖が続き、ウジンは晴れて彼らと共に旅をすることになったのだった。




