145. 神をも超える力
イージアは前日の依頼で作成した梱包物を納品し、報酬の金銭を受け取った。この後、馬車でジャオ王都を出立することとなっていた。彼は速やかに受け取りを終え、傭兵ベースから出て行こうとした。
その時、ある噂が彼の耳に入る。
「ん……今日はウジン居ねえのか?」
「ああ、御者の爺さんの話によると、明け方にジャオ大湖に向かったらしい。やけに急いでたらしいが」
ウジン・サファイがジャオ大湖へと向かった。イージアは彼の地が『黎触の団』の拠点であることを彼に話したはずだ。それを知った上で向かわなければならない理由があった……ということだ。
「…………」
彼は傭兵たちに何も尋ねずに外に出た。
宿に戻る彼の歩調は、どこか速いものだった。
宿に戻ると、彼は自室から剣を取り、アリス達の部屋を訪ねた。
「あら、イージアさん。どうなさいました?」
「少し用があって出かけてくる。もしかしたら帰りが遅くなって出発は明日になるかもしれない」
彼の焦りは二人から見ても明らかだった。帯剣していることからも、何か良からぬ事態に直面したものだと悟る。
「私たちもついていきましょうか?」
「いや、心配は要らない。可能な限りすぐに戻るよ」
彼はそれだけ言い残し、部屋を去って行った。
その後ろ姿を見てから、アリスはすぐに立ち上がる。リグスは嫌な予感がしたが、主の手前、その感情を表情に出すことはできなかった。
「リグス、追いかけましょう!」
「お言葉ですが……またボク達では迷惑をかけてしまうのでは? ただでさえ『黎触の団』に狙われる危険があるんですよ」
「でも、このままじっとしているのも嫌ですよね」
「いや、そうでもないですけど……まあアリス様が仰るのならば」
二人はイージアの後を追い、駆け出すのだった。
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ウジンは夢の記憶を頼りにジャオ大湖の地下に侵入していた。ここが虚神の墓である以上、構造は手に取るように分かる。
彼の目的は『黎触の団』と呼ばれる団体を倒すことではない。あくまで前の肉体の持ち主が世話になったベラという女を助け出す為の行動だった。
虚神デヴィルニエは情を重んじる性格であった。表面上は人間を見下すような尊大な態度を取っていたが……その実、彼はどの神よりも人間の感情を理解していた。だからこそ人々の争いに介入しないという神々の約定を破り、神聖国王に《神槍ホープ》を贈与し、創世主に排除されたのだ。
今回もまた、前の肉体の所有者に不義理な真似はできぬと考えていた。もしもその義理によって彼が再びここで命を落とすようなことがあれば、それもまた一つの結末なのだと納得できる。
(しかし、ベラという小娘はいずこへ)
彼は気配を殺しながら洞窟の中を進んで行く。灯りも使えないため、ひどく視界が不明瞭だ。最も警戒すべきはトウキという傭兵ベースの局長。あれは夢中でも大きな力の差を感じるレベルの相手だった。
とにかく迂闊な交戦は避けつつ、攫われたベラを助け出す……もっとも、彼女の命がまだあるとは限らない。彼女の死亡を確認した場合は、速やかに退散することに決めていた。
とりあえず彼は夢で灯りを確認できた地点まで移動する。どうやら扉の隙間から電灯の光が漏れているようだった。この先は虚神の墓所へと繋がる小部屋だ。彼の記憶によれば、唯一大勢を収納できる部屋は墓所の大広間のみ。先へ進むにはこの小部屋へ入らなければならないのだった。
しかし、中からは人間の話し声が聞こえる。この肉体では到底相手はできないが、先へ進むにはこの部屋を通らざるを得ない。
となれば、手段は一つ。
(不意討ちは苦手だが……二人相手ならば何とかなるか?)
隙間から内部を覗くと、二人の人間が向かい合って話している。片方を背後から討ち、続けざまに救援を呼ばれないようにもう一人を倒す。彼はその計画を実行したのだった。
はたして計画は上手くいった。
二人の人間を倒し、即座に次の間へと進むウジン。問題なく潜伏して進み、虚神の墓の大広間へとたどり着く。
そこで目にした光景は──
(手遅れ、か……)
人影はなく、無数の屍が無造作に積み重なって腐臭を放っていた。その中にはベラの亡骸も見られた。死後新しい死体もあれば、古い死体もある。下には魔法陣が敷かれており、人を生贄とする呪術の類かと思われる。
なぜウジンが殺された際に生贄に捧げられなかったのかは疑問が残るが、彼はすぐに撤退することに決めた。
「おう、どこに行くんだ? ウジン」
「チッ……」
来た道を塞いだのは、彼を一度殺した男……トウキ。
誰も居ないのは罠だったか、それともウジンの動きを全て読まれていたのか。どちらにせよ、彼はここで命の終焉を悟るのだった。
「あんたは……『黎触の団』か?」
「さあ、どうだかな。俺が言えるのは、お前はここで殺すってことだけだ。どんな方法で蘇ったのかは知らねえが……次はその身体も粉々に砕いてやるよ」
トウキは大振りの大剣を抜き、ウジンに相対した。
まともに戦えば力の差は歴然。故に、彼はいかにして逃げ出すかだけを考えていた。おそらく部屋の外部には他に敵が数多く配置されていることだろう。トウキから逃げたとしても他の敵に追われることになる。
斬撃が迫る。大柄な体格とは裏腹に、動きは俊敏。大剣の重量も相まって加速度的に斬撃の速度が上昇し、一度当たれば致命は避けられない。
「おらっ、どうしたウジン! 避けてばっかじゃねえか!」
避け続け、彼は何とか出口を目指していたが……足場が隆起していたことが原因となり、躓き体勢を崩してしまった。
刃が迫る。確実な死が直面する。
「あばよ、ウジン!」
「っ……」
「──彗星の構え」
その時、彼を追って来た人物が合間に割り込んだ。
大剣はその者の剣によって地へと逸らされ、ウジンは一命を取りとめる。
「ああ……? んだ、お前は……!」
「問おう。君は『黎触の団』か?」
「ウジンといい、お前といい、余程俺らが気になるようだな! そうさ、俺は『黎触の団』、導師のトウキ! それがどうした!」
ウジンを助け出した男……イージアは彼に目配せをし、背後に下がらせた。
なぜイージアがここにやって来たのかはウジンには判断しかねたが……とにかく命は助かった。そして、落ち着きを取り戻したところで上階に多くの人間が潜んでいることにも気が付いた。おそらく『黎触の団』の一味だろう。
「クソ、四面楚歌かよ……!」
「ははっ! そうさ、お前らに逃げ場はねえ! 観念することだな」
イージアはトウキの俊敏な動きを最小限で回避し、反撃で確実に斬撃を浴びせていく。ウジンから見てもイージアの実力はきわめて高く、この調子ならば問題なく勝利できると確信していた。
たしかに敵の数は多いが、今の内にトウキを倒し、イージアに上から迫る敵達を倒してもらえば……そんな光明が見えた。
「ほう、お前……やるじゃねえ……かっ!」
「彗星の構え」
魔力を大幅に増幅させ、命を削る捨て身にも迫る一撃を放つトウキ。しかし、それすらもイージアは不可思議な型で受け流すのだった。虚神として生きてきた彼の記憶を辿っても、ここまで卓越した剣技の持ち主は殆ど存在しなかったように思われる。
「はあ……クソ、馬鹿げた野郎だ。お前、名は?」
「イージアだ」
「そうか……イージアッ! お前の強さに敬意を示し、俺も本気を出してやろう。『黎触の団』の秘匿は何としても守らねばならない……故に。賢者様より授かりし、神をも超えるこの力……!」
神をも超える力。この口上を聞くのはイージアにとって二度目だった。一度目はワクス・フェローの台詞だったが、その際はATによって『力』とやらを見ることはなかった。
彼は半分興味本位で、半分危険性の確認を目的とし、その様子を傍観することに決めたのだった。
「おいイージア、あれ止めなくても良いのか?」
「ああ、君は……上へ行っていた方が良いかもしれない。一般の『黎触の団』の相手ならば数人は可能だろう。慎重に脱出を目指してくれ」
「いや……あんたと一緒に居た方が安全かもしれねえからな。ここに居るぜ」
「そうか」
その間もトウキには力が溜まり続けていき、地面に書かれた魔法陣からも魔力が吸い上げられていた。
おそらく、ウジンは魔術を扱えない身体だったからあの魔法陣に捧げられなかったのだろう。
「はああああああ……ぐう……! チカラがっ……溢れ……ッ!」
トウキの力の増幅は留まることを知らない。次第に魔力だけではなく、彼の周囲からは邪気すらも溢れ始めていた。
「おいおい、理性溶けてるみたいだが……」
「まあ、呪術を扱う強化に身を委ねれば当然の末路だな。問題は邪気を纏いつつあることだが」
「いやお前、どんだけ冷静なんだよ。少しは慌てろよ?」
そして、トウキの力の解放が止まる。
彼の瞳は紅く染まり、肌色は紫に変色していた。
「コレガ……ワガ……チカラ……! オオオオオオッ!」
もはや理性は殆ど残っていない。
『黎触の団』における《賢者》から授かる力の代償が理性の崩壊。たとえどれだけの力を手にしても、心は失いたくないとイージアは考える。そして、彼を安らかに眠らせる為に剣を構える。
「あの力では神を超えることは不可能だ……蒙昧なる彼に、せめて安らかな死を与えてやろう」




