142. 振り切りたい感情
ジャオ王国の首都に到着後、ウジンは同行者の三人に礼をして別れる。
イージアはともかく、リグスとアリスと名乗った二人の少女は彼を警戒していたようで、これ以上の同行は止めておいた方が良いと判断する。
「人間とまともに話すなどいつ以来か……それらしい喋り方も疲れるものだな」
三人と馬車内で話す間、彼は中年の人間の男性にふさわしい話し方を心掛けていた。今の己は神転すらできず、魔術も扱えない一人の人間だということを忘れてはならない……との戒めを籠めてのことだ。力を伴わない態度は愚行に他ならない……長い間を生きてきた彼は何よりそれを知っていた。
身分証を再度確認する。今の依り代はこの街で傭兵をしていたようで、剣が身体によく馴染む。元々の人間関係などは不明だが、依り代の知り合いに聞けば分かるだろう。問題は、このウジンという肉体が生前にどのような喋り方をしていたか、だ。
「まあ……無難な話し方でいくか」
馬車で話して分かったことだが、この時代は彼が居た筈の時代よりも二百五十年ほど前の時代である。
本来の彼……虚神デヴィルニエが神霊として召喚された後、アーティファクトの身体を与えられ、行動していた時代とはやや異なる。この時代でも彼は死んでいたので、死後の世界であることに変わりはないのだが。
街中の地図を見て歩いていくと、傭兵ベースに辿り着く。おそらくここにウジンの知己が居ることだろう。そう考え、彼は門を潜る。
まず突き刺さったのが、驚愕。受付係が彼を信じられないものでも見るかのように彼を見たが、彼が受付を見返すとすぐに視線を逸らし、恐怖の意を放った。
(……ふむ、何かおかしいな)
「おうウジン! どこ行ってたんだ? 昨日は姿が見えなかったが」
入るや否や、彼の同僚と思われる傭兵が気さくに声を掛けてきた。受付係から感じた妙な気は、他の傭兵からは感じられなかった。ひとまず彼は適当に返事を返す。
「おう、ちょっと野暮用でな」
「ほお、珍しいねえ。女でもできたかよ?」
この発言から察するに、ウジンに嫁はいないものだと判明する。
「まさか。……そういやあ、何か良い依頼はあるか?」
「ん、珍しいな。お前が働く気になるなんて。今日は飲まねえのか?」
「あー、金がねえんだわ」
「ははっ、また磨ったか! ま、俺もだけどな! んじゃ、一緒に行くか」
ありがたいことに、依頼の同行者が出来た。自身の力量がどの程度かも分からない以上、協力者は多いに越したことはない。眼前の男の名は不明だが、依頼登録の場面でさり気なく盗み見れば良いだろう……彼はそう考え、奇妙な視線を向ける受付へと向かった。
「んじゃ、この依頼にするか! 槍蛙の討伐とか……難易度の割に報酬が良い」
「おう、いいな」
槍蛙であれば駆け出しの傭兵でも討伐できる。たとえこの肉体がどれだけ軟弱であったとしても、生前の剣の腕で狩れるレベルの相手だろう。
「しかしお前……今日静かじゃねえか?」
「ん? まあ、アレだ。色々あったんだよ、色々」
そう同僚の傭兵に返事をした時、受付の身体がビクリと揺れた。どうやら受付職員が皆、己の言動に気を配っているらしいとウジンは勘づく。この肉体が湖の畔で死んでいたことに何か関係があるのだろうか……そう考え、少し鎌をかけてみることにした。
「いやあ、人ってのは中々信じられないもんでなあ……」
ボソリと彼は呟く。
やはり職員の警戒が濃くなる。どうやら余程聞き耳を立てているらしい。中には今にも飛び掛かってきそうな者もおり、ここが潮時かと彼は判断する。
「お前が人間関係で悩むなんて……明日は槍でも振るんじゃねえか? 槍蛙だけに」
「はっ、まあその話は良いだろ。依頼の受注済ませちまおうぜ」
そう言いながら二人は受付へ近づく。剣呑な光を目に湛え、警戒を露にする職員だったが、大勢の傭兵の手前、何も言ってくることはなかった。これにより、人には言えないような事情でウジンは警戒されていると悟る。
受付処理中、同僚が徐に口を開く。
「そういやさ、ルフィアの事件聞いたか?」
「事件?」
「なんでも傭兵ベースの職員が複数名殺されたってやつ。犯人は不明だが、犠牲者の中には管轄者のワクスさんも居たらしい。まさかあの人が……お世話になったんだがな……」
その噂を傭兵がした直後、眼前の職員の身体が強張った。
ウジンが警戒されている件と何かしらの関連があるのか……それは分からなかった。単純に同じ傭兵ベースでの殺人事件を聞いたので警戒しているだけかもしれない。
彼は適当に渋面を作り、同僚の話を聞く。
「そいつは残念だったなあ……」
「ああ、まさかあんなに強い人が殺されるなんてな……相手は余程の強者なんだろう。俺たちも気を付けようぜ」
「そうだな……命がいくつあっても足りねえや」
何気なくウジンが発したその一言に、職員の警戒が頂点になる。何か地雷を踏み抜いたか……そう彼は察するが、何気ない態度でその場をやり過ごそうとした。
「ま、依頼行こうや」
「おう、そうだな」
そう言い、彼は同僚と共に傭兵ベースから出て行く。無数の職員の警戒の視線を背負いながら。
「……局長、アレはどうします?」
ウジンが去った後、職員の裏ではやり取りが行われていた。
「なぜアイツが生きてやがる……」
局長と呼ばれた血管が浮き出た禿頭の男は呆然と呟いた。
「命がいくつあっても足りない、とか言ってましたよね?」
「まさか、あんな奴が不死だってのか? ……とりあえず、追手をつけろ。例の話を漏らしそうになったら二人とも殺して構わん……今度は湖の底に沈めてやろう」
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「今後の方針として、極力二人での行動は避けてもらいたい。二人で行動するにしても、人目のないところへは行かないことだ。それと、傭兵ベースに近づく事も避けてほしい。『黎触の団』と傭兵協会が繋がっている可能性がある」
宿の一室にて、イージアたちは今後の活動について話し合っていた。
「まあ、その通りだな。アリス様もご協力お願いします」
「はい、それは構わないのですが……傭兵の仕事ができなくなると、お金を稼ぐ手段がイージアさんに任せきりになってしまいます。それは申し訳ないと思うのです」
彼女としては、共に旅をする仲間として何かしらの協力はしたいと思っていた。炊事等は従者であるリグスが行い、傭兵はイージアに任せている現状が続いており、このままでは成長できないと彼女自身も感じていたのだった。
「……では、この部屋で仕事を熟すというのはどうだ?」
「え、ここで……ですか?」
「傭兵の仕事は戦闘だけではない。内職の類の仕事もあり、旅銭を稼ぐには事欠かない。それで良ければ私が仕事を持ってくるが」
今イージアが居る時代において、『傭兵』という存在は「戦いのスペシャリスト」と、「フリーター」の過渡期にあった。彼が生きていた時代では半数近くの依頼が雑用の用事に割かれていたが、この時代では戦闘の色が濃い。しかし、内職や清掃などの仕事もちらほら見られ始める時期であった。
「まあ、おもしろそう! ぜひお願いします」
「では、少し出てくる。流石に『黎触の団』も宿内までは入り込んで来ないとは思うが……注意してくれ」
「任せろ。アリス様はボクが守るさ」
強気なリグスと興奮するアリスを後にして、彼は宿の外に出て傭兵ベースに向かった。
依頼を見て回った彼だが、最終的に梱包の仕事に決めた。彼は眠らずに仕事を行えるので、少しでも金銭を稼ぐ為に多めに仕事を取り、受付へ向かう。
「これを受ける」
「承知しました。では、こちらで手続きをお願いします」
こうして定例の手続きを行っているイージアは、どこか殺気立った職員が歩いてくるのを確認した。不審に思い、禿頭の男に近づいて行くその職員の話を盗み聞きしていると、気になる名が届く。
「……局長、ウジンに不審な行動は今のところは無いようです」
「そうか……監視を続けろ。何か動こうとしたらすぐにやれ」
「はっ」
二人は他の者には聞こえていないと思っているようだが、彼はしかとその会話を拾っていた。
ウジン……この街まで同行した男の名だ。偶然同じ名前の可能性もあったが、嫌な胸騒ぎが彼の心中を包み込んだ。
しかし、彼はその男の居場所を知らなければ、これから出会うこともないだろう。極力厄介事には巻き込まれずに、いち早くリンヴァルスに着く……それが自身の目的達成への近道なのだと言い聞かせ、彼は何も行動を起こすことなく宿へ戻った。




