141. 虚ろなる転生
『僕の目的は『世界を護ること』。それだけは伝えておこう……あまり僕を敵視しないでくれ』
宿の一室で、イージアは深く考え込んでいた。
ATの言葉が彼の頭を何度も巡る。
『黎触の団』と呼ばれる未知の存在の登場、教皇のつかみどころのない目的。彼の思考は仇を追うことだけで一杯だというのに、新たに手に入れたそれらの情報はますます頭を混乱させた。
「う……」
「リグス!」
その時、気絶していたリグスが呻き声を上げた。
命に別状は無いようで、身体にたいした傷も見られなかった。
「ここ、は……姫様?」
「ああリグス、どこか痛むところはありませんか?」
「いえ、大丈夫です……それよりも、あいつらはどうなりました?」
「それが……」
アリスは事の顛末について語り始めた。
「……なるほど。『黎触の団』、ですか。姫様……やはりこの旅は危険なものになるかと」
「ええ……それは覚悟しています。ですが、戻る訳にはいきません。ここで私が折れてしまえば、一族を守ることもできなくなってしまう」
二人の話を聞いていたイージアには、彼らの話の意味は分からなかった。しかし、サーラライト族の二人がこれ以上の旅を続けることに限界を感じていたのは事実。本音を言えば、リグスの言う通り大人しく森に帰ってほしかったのだ。
しかし、彼には彼女たちの行動を縛る権利は無い。それに、所詮二人は赤の他人だと心に言い聞かせることで無理やり納得することもできた。
「イージアが居るとは言え、アイツにも助け切れない部分はあるでしょう」
「そこは私たちの力で何とかするのです。『黎触の団』にも負けないくらい強くなって、必ず《神の奇跡》を見つけ出しましょう」
「……仮面男。お前はそれで良いのか? ボクらと居ると危険が伴う……それを受け入れて旅に付き合ってくれるのか?」
そこでリグスは初めてイージアに話を振った。
「責任は取らないし、リンヴァルスに到着するまでの連れ立ちだ。それで君たちが良いなら受け入れよう」
「そうか。まあ、今回といい、前回の村のことと言い……お前には大分世話になってるからな。それで十分だ……よろしく頼む」
「イージアさんの傍ならひとまずは安心できますね。これからは、できるだけ単独行動は避けるようにしましょう」
三者は頷き、次なる旅路へと意識を向けた。
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「ぬう……どこだ、ここは」
その者は湖の畔で目を覚ました。
どういう訳か、ひどく頭が痛い。さらに、全身の節々に重しをつけたような鈍痛があった。
──痛覚。それは彼には存在しない筈の神経だった。たとえ人間の肉体を形成していたとしても、常より神転して痛覚を遮断しているのが彼の生態であったのだ。何より、直前までの彼の身体は無機物であるアーティファクトを依り代としたものだった。
己の記憶に残っている最後の欠片は、死。彼の人生……いや、神生で二度目の魂の消滅を経験して死したはずだったのだが……。
「む?」
そこで彼は自身の肉体の違和感にはじめて気づく。
人間の身体。水面を見てみると、そこにはパッとしない中年の男が映っていた。
そこから彼──元『虚神』の思考は急速に回転して現状を分析し始める。
「体内に魂は……私のモノのみか。つまるところ、輪廻転生……その可能性が高いと考えられる。死した者の肉体に私の魂が降ろされたか。内なる神気の扱いは鈍ってはおらぬが、魂が定着し切っておらぬな。神気がこの人間の肉体に馴染み、神転を再び扱えるようになるのは十年後程度か。しかし、世界は崩壊したはずだが……」
それから身なりを確認し、所持品を確認する。
安上りな鉄剣に、小さなポーチ。貨幣の入った財布に、懐中電灯。
「貨幣経済……純粋な電気の懐中電灯。魔眼携帯も未所持。ふむ、この依り代の男が余程のアンティーク趣味でなければ、私が先程まで過ごしていた時代とは文明水準がかけ離れている」
彼は財布の中を弄り、身分証と思われる物を取り出した。
「ウジン・サファイ。文字は読めるな。三十四歳、傭兵か。位はそこまで高くないようだが……身体は中々に動く。魔力が致命的に無いのが欠点だが……まあ、マシな転生先と言えよう。まずはこの地が如何なる状況にあり、そして何故私がここに転生したのか……それを知る必要があるな。意図せぬ輪廻転生には必ず第三者の意思、或いは超越者からの干渉が考えられる。この転生に何かしらの意味があることは間違いあるまい」
そして転生者は歩き出す。
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イージア達は次なるルフィア北方に位置する国、ジャオ王国のジャオ大湖に差し掛かっていた。
神域を除き、世界一大きい湖であるとされるこの湖は、もはや海と言われても違和感がないほどの規模を誇っていた。
彼らはレンタルした馬車で湖沿いの街道を進み、ジャオの首都を目指している最中である。
「……?」
御者台で操縦していたイージアは、前方の街道のど真ん中に人が寝ているのを発見した。
彼は少しずつ減速し、やがて寝ている……のではなく、倒れている男の前で停車した。
憔悴し切った中年の男が倒れている。彼は何やら呻き声を上げ、イージアに何かを訴えかけているようだった。その意図を察したイージアは馬車の積荷から携帯食料と水を持ち出し、その男の元に持って行こうとする。
「おい、急に止まって何かあったのか?」
「行倒れが道を塞いでいる。おそらく腹が減っている」
「はあ……放っておけばいいだろう。ボクらが助ける義務は無い」
「リグス、それは酷いですよ。イージアさんが困っている人を助けないはずがありません」
「そんなことはない」
何やらアリスの中では彼は聖人君子か何かのように扱われているようだが、それは大きな誤りであると彼は否定する。道を通るのに邪魔だから助けようと言うだけだ。
三人は荷台から食糧を持って行き、倒れている男に分け与えた。
「ぬ……すまん……感謝する……」
それから男は一瞬で分け与えられた食糧を食べ切り、それなりに気力を取り戻した。
「ふう……この依り代、なぜここまで飢えておる……っと、旅人の方々か! いや、かたじけない。途中で食糧が尽きちまってな! 感謝、大感謝だ! 生憎あまり持ち合わせが無いので……ふむ、これぐらいの礼しかできぬが……」
そう言って男は二枚の紙幣を取り出し、イージアに渡そうとする。
しかし、彼はその返礼を拒否した。
「いや、大丈夫だ。食糧はそれなりに余っているからな。それでは、我々は先を急ぐので」
「おうオッサン、次は行き倒れないように気を付けるんだな」
リグスが煽るように男に野次を飛ばし、荷台に乗り込む。
そして再び発車しようとしたのだが……
「おうい、待ってくれ! あんたら、街へ行くんだろう。おっちゃんも載せてってくれんか?」
「げ……そういう流れ? いいかオッサン、ボクらは忙しいんだ。助けてもらっただけでもありがたく……」
「良いだろう。その代わり、御者を頼む」
リグスの言葉を遮り、イージアは二つ返事でその申し出に許可を出す。
「おお、ありがたい! もちろん御者はやらせてもらう。おっちゃんは……何だっけな……ウジン・サファイ。よろしく頼むぜ」
「おい仮面男? 何勝手に許可してんだよ……」
ウジンと名乗った男と御者を交代し、荷台に戻って来た彼にリグスは悪態をつく。
「私の直感で彼を助けた方が良いと判断した。それに、売れる恩は売っておく。……私はイージア。旅の者だ」
「直感って……お前さ……ボクはリグス。こちらの方がボクの主人のアリス様だ。決して粗相が無いように」
「アリスです、よろしくお願いします……」
三人の自己紹介にウジンは頷き、馬車を動かし始める。
「イージアに、リグスに、アリス。よろしくなあ!」
あくまで次の街までの同行だ……そう思い、サーラライト族の二人は納得した。
イージアは直感で助けた方が良いと感じていたが、リグスは人間と関わることに単なる不満を、そしてアリスはどこかよからぬ感情をウジンから感じ取っていたのだった。




