140. 黎触
「……これは何の真似だ」
ワクス・フェローは立ち上がり、肩を竦めてイージアの問いに答える。
「何の真似、ですか? そうですね……我々の掟では、サーラライト族は忌むべき種として扱われているのです。見つけ次第、排除しなければならない。街中でそこの二人を見た時、すぐに分かりましたよ。私に流れる血があの二人はサーラライト族であると告げ、行動に出たのです」
サーラライト族を忌み嫌う組織……イージアの知識にそんなものは存在しなかった。そもそも、彼らは外界と殆ど関わりを持たず、大霊の森に閉じこもっている。人間が彼らの領域に入ることもできないため、人間とサーラライト族の間に確執が生じることすら考え難いが……。
「君達はどういった組織だ?」
「ははっ、答えるつもるはありません。我らが悲願は偏に『世界の破滅』。あなた方はここで死ぬ……ですから何も知る必要はないのです。皆さん、排除を」
ワクスの号令と共に、周囲の人間が二人に襲い掛かって来る。
「風舞!」
反射的に放たれたアリスの風魔術により、わずかに前方の人々に隙が生じる。
イージアは剣閃を放ち、的確に前方の四人を斬る。
後方の四人はその一撃に警戒を極限まで引き上げ、距離を取った。
しかし、その動きも彼には想定済み。アリスの風魔術に擬態させ遠方に放っておいた風刃を起動、背中から残りの四人を切り裂いた。
これで残るはワクスのみ。
「おやおや、素晴らしい。とんでもない強者ですねえ」
「大人しく投降することだ。君に勝ち目は無い」
「勝ち目がない、ですか。今彼らをけしかけたのは、あなたが私の『力』を使うに足る人物なのか……それを見極める為ですよ」
彼は未だに余裕綽々とした態度でイージアを見据える。
「言ったでしょう? 我らが悲願は『世界の破滅』であると。その願いを叶えるには、勿論のこと、世界の守護者たる存在……神を殺さねばならない」
神を殺す。それは秩序の因果を以てしてのみ成し得る罪過。
つまり、彼はその因果を持っているのか──
「あなたは強い。しかし、我らが賢者より授かりし力には敵わない。……さあ、見せてあげましょう! 神をも殺す、我が『力』をッ!!」
瞬間、邪気がその場に満ちる。
神気の根源が混沌の因果であるように、邪気の根源は秩序の因果。
(やはり、秩序の力を……!?)
イージアは即座にリグスを抱きかかえ、アリスと共に下がらせた。
ワクスの纏う邪気は膨張していき、そして──
「……ぬ?」
霧散した。
「何だ?」
イージアは警戒して周囲を見渡すが、何も無い。
「なぜ……なぜだ? なぜ我が力が発動しない……!?」
「僕が君の力を掻き消したからだよ」
聞き覚えのある声がした。気が付けば、部屋の片隅にはその男が立っていた。
「教皇……!」
「また会ったね。そういえば君の名前を聞いていなかったな」
リフォル教、教皇『AT』。彼はいつしかそこに立ち、この場の全てを支配していた。
「……イージアだ。AT、これはどういう事だ。まさか彼らはリフォル教なのか?」
「いやあ、まさか。『世界の破滅』なんて理念は僕の理想に反する。むしろ僕がこの人たちの組織を潰そうとしてるくらいさ」
「ええい貴様! 何者だ!」
突如現れた得体の知れない男に、ワクスが炎の魔術を放つ。
しかし、その火球は彼の前でふっと消え去った。
「ああ、君に興味は無いよ」
「お、おごっ……!?」
彼がそう《告げた》だけで、ワクスは苦しみもがき、絶命する。
おそらく、対象の気道を塞ぐ水と空の複合暗殺魔術。片方どちらかの属性に適正を持つ暗殺者が、魔道具を用いてもう片方の属性を補完することで発動可能な魔術である。
「安心してほしい。僕は君を認めているからね……争う気はないんだよ。この者達の事が知りたいかい?」
イージアは彼の問いかけに対し黙って頷く。
アリスはリグスを抱きながら、警戒の視線を彼に送っていた。
「彼らはね、『黎触の団』という団体だ。遥か昔、《黎触の試練》という災厄が世界を襲い、人々を苦しめた。その時に生まれた破滅思想の団体だね」
黎触の試練……四千年以上前に起きた、創世から第三番目の災厄だ。他の災厄については大まかに聞かされていたが、アテルはこの災厄に関してはイージアに聞かせることは無かった。
「彼らはその時に対立関係となったサーラライト族を敵視している。まあ、サーラライト族は大霊の森から出ないのでね……普通なら『黎触の団』に襲われる心配は無いんだけど、君たちみたいに外に出てる場合は別だ。『黎触の団』で特殊な力と血筋を持つ人は、サーラライト族の存在を直感で感知できる。これからも旅を続けるのなら、そこの二人は気を付けた方が良いよ」
「……忠告、痛み入る。君は『黎触の団』の理念がリフォル教の目的に反すると言ったな。しかし、リフォル教の目的は魔神を召喚し世界を滅ぼすことではないのか?」
ATは穏やかに、かつ真摯に彼の疑問に答え続けた。
「『僕』の目的と、『リフォル教』の目的は違うよ。たしかに……僕は、教徒の皆を魔神の降臨を大義名分として従えてる。でもね、よく考えるんだイージア。魔神の降臨に魔物の研究だとか、人間の改造が必要かな?」
彼はイージアの仮面を覗くように首を傾げた。何かを試すかのような、問いただすかのような視線がイージアに突き刺さる。
たしかに、魔神の降臨だけを目的とするなら人間や動物の生贄を大量に用意すれば良い。『修羅』のように無限の魔力がない限りは、神霊はそうして召喚されるのが普通だ。
「何が言いたい?」
彼は考えたが、答えに辿り着くことはできなかった。
「うーん、君が僕に協力してくれるなら教えるんだけど」
「断る」
「まあ、そうだよね。ただ……僕の目的は『世界を護ること』。それだけは伝えておこう……あまり僕を敵視しないでくれ」
彼の口から出た言葉は意外なものだった。
あの悪逆で知られるリフォル教の最高権力者が世界を護る……馬鹿げた話だったが、ATの瞳はそれを本気で物語っていたのだ。
「それじゃあ、僕はこのへんで。君とはまた会いそうだね、イージア」
そう告げた刹那、ATの存在は周囲から消え失せていた。如何なる手段で転移しているのか……それすらも皆目見当がつかない。
「……イージアさん、私……あの人が不思議です。心がまったく読めないんです。たしかに心の揺れ動きがあるのに、まったく見たことのない『色』をしている。一体、あの人は……」
「……とりあえず、リグスを宿に運ぼうか」
彼としても、頭の中の収集がつかなかった。
ひとまずはこの場を離れ、ATの言葉について考えることにしたのだった。




