表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
第2部 7章 讐火
146/581

135. 旅の目的

 その日の夜。イージアは用意された宿の一室で地図を睨んでいた。

 彼の目的は、ラウンアクロードの捜索。かの災厄が世界に降臨してから暴れるまでにタイムラグがあった。その期間中、奴は潜伏して『睡眠病』を振り撒いていた。この時代でもそうして潜伏している可能性が高い。

 レーシャの曰く、それなりに傷を負ったラウンアクロードが傷を治すのに要する時間は長くて百年程度。一見すれば長いようにも思えるが、世界中から奴を見つけ出すとなると、決して長い時間とは言えない。


 急ぐ必要がある……そう彼は判断する。一旦の目的地は、リンヴァルス帝国。始祖は災厄の位置を特定はできないと言っていたが、何かしらの情報は持っている可能性がある。まず、彼女に素性を隠した上で会うという事にとても高いハードルがあるのだが……それに関しては後で考えることにする。


 地図を畳み、一息つく。この時代に来て初日から、激動の一日だった。

 魔物やリフォル教徒の対処をしている間は考える暇もなく忙しかったが、こうして冷静になってみると不安が彼の心を包み込んだ。

 異世界に来ると思っていたはずが、異なる時代に。

 もしもイージアが、アルスが生まれた時代まで生き続けたら──どうなるのだろうか?

 己が消えるのか、アルスが消えるのか。災厄の存在はどうなるのか。すべてが謎と矛盾に包まれている。


「……」


 そんな煩悶を払拭するように、彼は部屋を出て二階のテラスに赴いた。夜風が彼のローブを揺らし、木の葉が舞った。テラス席に座って村を眺める。

 まだ村の灯りには純粋な電気が使われている時代だ。彼が生きていた時代のように魔導電気や魔導車、世界鉄道や飛行機も存在しない。歴史好きの彼からすればロマンを感じるはずの体験だったが、生憎と今はそんな気分ではない。


「あ、こんばんは」


 振り返ると、アリスが居た。

 彼女は茶を淹れたカップを持ちながら、イージアの正面に座った。


「えっと……あなた、は眠れないんですか?」


「……イージアだ。眠れないわけではない」


 彼女が少し歯切れの悪そうにあなたと言ったので、イージアはまた名前を忘れているのだろうと察する。


「すいません……私、覚えるのが苦手で。イージアさんは旅をしてるのですか?」


「まあ、そうだな……」


 これからリンヴァルスまで旅をすることになるだろう。

 魔導車が無いので、街道を歩くか、馬車や竜車で移動するか。


「どんな目的で?」


「……人探しだ」


 少し言葉を濁して彼は答える。まさか初対面の他人に復讐の為と答える訳にもいかないだろう。


「……今、少し怒りました?」


「……?」


 アリスがイージアの仮面を覗き込むよう問うた。特に怒りの感情や殺気を表に出したつもりは無かったが、無意識に出していただろうか。


「い、いえ、なんでもありません。気にしないでください。……そうだ、私たちもつい一週間前に旅を始めたんですよ」


 サーラライト族が森の外に出ることは珍しい。外部の干渉を嫌い、基本的には大霊の森に引き籠っているような民族だ。長命種ゆえに生き急ぐこともなく、特段外にも出たがらない傾向にある……というのが一般的な学説らしい。


「最初に訪れたのは、北西のシンユウ国でした。人がたくさん溢れていて、魔物との戦いもはじめて経験して……最近は知らないものにたくさん触れています」


「旅費は大丈夫なのか? サーラライト族は人と関わりをあまり持たないと聞くが、旅に必要な資金は準備できなかったのでは?」


「リグスが一年分の旅費は何とか用意してくれたのですが……その、今は手元にありません」


 彼女は後ろめたそうに項垂れた。ちなみにイージアもまた、一文無しである。


「私も所持金はゼロだが」


「……まあ、そうなのですね! なんだか安心しました! 旅ってお金がなくてもやっていけるのですね」


「いや、そういう訳ではないが……これから稼ぐつもりなんだ」


 どうやらこの少女は世間をまったく知らないらしい。

 『姫様』などと呼ばれていたが、それを明瞭に反映したかのような性格だ。


「……どうして君たちは金がないんだ?」


「えっと……その、リグスが騙されてしまいまして。彼女からは悪い人間がたくさん居るから気をつけるように……と忠告を受けていたのですが、まさか彼女自身が詐欺に引っかかるとは思いませんでした」


 あの用心深そうなリグスが詐欺にかかったと聞き、イージアは驚く。詐欺にかかるのならば目の前の少女がかかりそうなものだが。


「そうだ、人間とはそういう生き物だ。君は詐欺に遭わなかったんだな」


「……なんだか、私のこと馬鹿にしてませんか?」


「いや、そんなつもりはない」


 彼は純粋に疑問に思って言葉にしただけだ。しかし、後から己の発言を振り返ってみると、たしかに侮辱とも思える発言であり、少々の悔恨を抱いた。


「ふふ、良いんですよ。馬鹿にしてないのは分かっていますから。私は……人の心がなんとなく分かるので。悪意を持って近づいて来る人は大体回避できます」


 人の心が読める……興味深い異能だと彼は思った。もしかしたら、自身の胸中も見透かされているのではないか。彼はそんな不安を抱えたが、格別な嫌悪感はなかった。


「私の心も読めるのか?」


「読めるといっても、本当にぼんやりとですよ。あ、この方は怒っているな、喜んでいるな、悲しんでいるな……そんな精度ですから。リグスもそれくらい読めていたら、騙されていなかったに違いありません」


「姫様、ここにおられましたか」


 噂をすれば、そのリグスがテラスにやって来た。

 アリスはしーっと指を立て、イージアに目配せした。


「今の話、内緒ですよ?」


 彼が黙って頷くと、噂された張本人は訝しげに目を細める。


「……おい仮面男。何を話していた?」


「私が旅をしているという話だ」


「ふうん……まあいいや。あまり姫様に慣れ慣れしくするなよ」


 彼は二人と接する中で、常々疑問に思っていたことがある。深くは聞かないことにしていたが、忠告の為にその話題を持ち出した。


「その『姫様』という言葉……アリスが何者かは知らないが、人前では口に出さない方が良い。高貴な身分の者は狙われる」


「……そうか、だからあの時詐欺の狙いに……い、いやっ、何でもない。分かった、では今後は『アリス様』とお呼びしましょう。よろしいですか?」


「ええ、構いませんよ。私はサーラライト族の姫で、お母様の反対を押し切って故郷から飛び出してきたのです」


「そ、そうか……その身分も明かさない方が良い」


 飄々と個人情報を曝け出すアリスに彼は不安を覚えたが、二人の主従の今後は彼のあずかり知るところでは無い。ただ悲惨な目に遭わないことを祈るばかりだった。


「さあ姫さ……アリス様、お部屋へ戻りましょう。あまり長く居ると風をひいてしまいます」


「そうですね。では、イージアさん。おやすみなさい」


「ああ」


 アリスは飲み終わったカップを持ってテラスから出て行った。

 リグスは色々と彼に何か言いたそうな顔をしていたが、彼に詰め寄って重要な要件だけを伝えた。


「お前には、姫様を救ってもらって感謝している。礼を言おう」


「だが、この礼でボクらの関係は終わりだ。今後は姫様に近寄らないように……明日には別れて他人になるのだからな。ニンゲンと関わるのは良くないんだ。そういう汚れ仕事はボクが引き受ける……姫様には純粋な旅を送ってもらうんだ」


「人の社会はそう甘くないぞ。汚い人間、理解できない人間、人の命を何とも思わぬ人間……そういった屑がこの世には溢れている。引き返すのなら今の内だ」


 アリスの母親が外に出ることを反対した理由は分かる。人間の社会を知っていれば知っているほど、触れさせたくないと思うだろう。


「お前は同胞を庇わないんだな?」


 リグスは懐疑的な、或いは不思議なものでも見るかのようにイージアの仮面を見つめた。


「人間すべてを同胞だとは思っていない。それに、私は君たちの思っているほど人間らしい生き物でもない」


 彼の種族は神族だ。だが、人間として生まれ人間として育ってきて、今なお人間として振舞っている。だからといって、屑を擁護するほど蒙昧になってはいない。


「……ふん、薄情な種族だな。ボクはこれで失礼するよ。もう二度と関わり合いになることはないだろうな」


 そう告げてリグスはテラスを出て行く。

 彼女の背に、彼は最後に言葉を投げかけた。


「……詐欺には気をつけろよ」


「う、うるさい! 分かってる!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ