133. はじめまして、AT
リフォル教は魔神リグド・リフォル降臨の以前にも存在していた。
四英雄が生まれることとなった『魔神降臨』は、今イージアが居る時代から約百年後の出来事である。それ以前、この組織は特段有名な宗教ではなくカルト的な存在だった。
蠍の紋章に、奇怪な反社会行動。上層部の狙いは一切不明で、規模も不確かである。魔神の降臨が主な目的であると下級の教徒には説かれているが、真相はまた別に目的があるのだと風の噂がある。
「イージア、この組織……リフォル教を知っているか?」
「ああ、知っている。簡潔に言えば、反社会組織だろう」
見張りの服に縫い付けられた蠍の刺繍を見ながら、イージアはかつての交戦経験について思い出す。その記憶の中で鮮烈に残っているのが、『エムティター』と呼ばれる未知の生命体。あの事件から考えても、リフォル教は碌な実験活動は行っていないと分かる。人間すらも実験材料の一つとして扱っているのだから。
「ならば、その恐ろしさは分かっているな。二人だけでの制圧は厳しいやもしれぬ。ここは一旦撤退して……」
「いや、私は今すぐ制圧した方が良いと考える」
ダイリードの言葉を遮り、イージアは持論を述べる。
「リフォル教は見境が無い。いつ、どこで犯行を起こすのかも全く不明。今、私たちが撤退している間に村を襲う準備を整えているかもしれない。故に一刻でも早く潰したい。……君の力があれば、鎮圧は可能だと考えるが」
ダイリードは彼の提案にしばし考え込んでいたが、首を縦に振る。
「一理ある。では、可能な限り潜伏して進み……彼らに見つかったら堂々と暴れるとしよう」
「了解だ。行くぞ」
二人は物分かりが良く、すぐに互いの連携は取れた。結果としてリフォル教を気絶させ、手足を縛りながらそれなりに奥深くまで侵入することができた。
(あれは……魔物生成の実験か)
中央部にある研究室の中ではリフォル教徒たちが魔物の研究を行っていた。培養液の中には、先程の大蜥蜴のパーツと思われる尻尾や角が漬けられていた。こうしてあの未知の魔物は生成されたのだろう。
魔物と人間の生成は、この時代でも重罪である。国に見つかれば長期の禁固刑は避けられない。魔物を生成することができるという事は、邪気を操れる者が入るということ。おそらく魔族である。
「……」
二人は顔を見合わせ、この場も鎮圧することに決める。これ以上、例の魔物による被害は出してはならない。
リフォル教徒は全部で六人。速やかに一人の背後に回り、イージアは手刀で気絶させる。その時点で他の者には気付かれたが、声を上げられる前に魔術により無力化に成功する。ダイリードもまた、巨体からは想像できない速さで彼らを気絶させて回っていた。
「……これで全員か」
周囲を見渡し、生体反応を確認する。これでこの地下空間に居る人間は全員気絶させた筈だ。まだ魔物の気配が残っているが、恐ろしいのは魔物よりも人。
騎士団にリフォル教徒を全員届けた後で、魔物の殲滅を行えば良いだろう。
「……すまないね、お客さんたち。実験で手が離せなくてね……来るのが遅れたよ」
「!?」
背後から声がした。
咄嗟に振り向くと男が一人、佇んでいた。白い髪に、白い瞳に、白い装束。胸元には少しリフォル教徒のものと意趣の異なる蠍の刺繍。
イージアは臨戦態勢を取る。眼前の男は覇気が無く隙だらけの体勢だが、気配を察知できない敵ほど用心しなければならないものはない。
「何者だ」
「うん、ここがリフォル教徒の塒だと知って訪問しに来たのだろう? なら、僕がリフォル教徒だと知っているはずだよ」
張り詰めた空気の中、男は悠々自適に歩き回りながら喋る。
「ここは魔物の実験場だ……ところでさ、君たちは知ってるかな? 魔物の根源って何だと思う?」
「……邪気だ」
ダイリードが不服そうにしながらも男の問に答える。
彼もまた、男から得体の知れない何かを感じているのか、すぐに攻撃には出ない。
「うーん、五十……いや六十点。じゃあ次、君は?」
男はイージアの方を見て、答えを促す。
「創世と対を為すモノの因果……とだけ答えておこう」
「……!」
イージアの答えに、男は刮目する。そして口角を上げて彼の手を取った。
彼は少し気圧されたが、手を払いのけることはしなかった。
「素晴らしい。たしかに、たしかにその通りだ。君、名前は? どこから来た? どうして知ってるんだい? よかったら実験に協力してくれないか?」
その質問責めに遭った途端、彼は手を振り払った。
「一切の質問に答えるつもりは無い。今すぐにこの実験を止めろ」
「はは……やめるも何も、君達が配下を全て無力化したじゃないか。でも、残念だな……君が実験に携わってくれたら捗るのに」
男は昏い輝きを据えてイージアの仮面を見た。
そのお返しと言わんばかりに、彼は魔剣リゲイルを男の喉元に突きつける。
「君を拘束する。ここまでだ」
「いや……僕は拘束されないよ」
剣先から逃れるように、男は姿を消す。
そして、二人の背後に現れた。
「……イージア」
「ああ、分かっている」
この男、やはり只者ではない。そう確信した二人は戦闘態勢に入る。
そんな二人を前に、男は飄々と言い放った。
「ああ、そうだ。さっき検体№33.……蜥蜴の魔物を近くの村に放ったよ。何匹だったかな……たしか二十匹くらい? 急いだ方が良いんじゃないかな……ああでも、僕と戦いたいなら歓迎するよ。特に仮面の君……」
「何だと!?」
驚くダイリードを他所に、イージアは即座に剣を納め出口に向かう。
「行くぞ、ダイリード」
「チッ……分かった」
急速に遠ざかる二人の背に向けて、男は最後に告げた。
「僕はリフォル教、教皇『AT』。いずれまた会うかもしれないね」
そんな重大な告白に後ろ髪を引かれる二人だったが、今は村民を守る為、『AT』と名乗った男を無視して走り続けるのだった。
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「だ、誰かっ!」
洞窟の入り口でダイリードを待っていた案内人は、突然の急襲に遭っていた。フロンティアの外にも関わらず、例の大蜥蜴が出没したのだ。木々の間を縫い、攻撃から逃れるも、追いつかれるのは時間の問題だった。
なぜ洞窟の奥に居るはずの魔物がこんなところに──そんな疑問を抱える余地もないほど、戦闘経験のない彼は焦っていた。
彼が大木を右折し、洞に身を隠した瞬間──銀閃が走った。
「のわっ!? な、何じゃ!」
「無事か?」
外に出ると、大蜥蜴の身体が斬られ辺りには冷気が漂っていた。
おそらく、仮面の男が為したのだろう。
「お、おう……助かりましたわ。ありがとうございます。ここは魔領じゃないんですけどねえ……なんだって魔物が出てるのか……」
「村の方角は分かるか?」
仮面の男は焦っているようだった。名乗ることもなく、事情を説明することもなく村の場所をベリに尋ねてきた。
「あ、ああ……それならあっちです。ところであなた、ダイリードさんっていう大きな方をしりませんかね?」
「村に魔物が出没した。ダイリードは先行してそちらに向かい、私も今から向かうところだ。君も村に戻るつもりなら用心することだ。では」
「あ、ちょっと……」
衝撃の事実を淡々と告げ、その男は去る。
ベリは一旦は恐怖から解放されたことに安堵し、その場にへたり込んだ。
イージアは村へ向かう途中、二匹の大蜥蜴を屠る。
教皇……ATは二十匹ほど放ったと言っていたが、それも信用できた話ではない。もしかしたら、さらに多くの魔物が放たれている可能性もあるのだ。
仮面越しの彼の視界に、多くの家屋が連なる村が見えてきた。いくつかの火の手が上がり、村人たちの抵抗の跡が見える。家屋を上回る大蜥蜴が犇めき合い、まさにそこは地獄絵図だった。
「……ダイリード、村民は?」
広場で暴れまわるダイリードに加勢しつつ、イージアは問いかける。
「分からん……人影は見えぬ。気配もこの近くには無い……」
喰われたか、リフォル教に連れ去られたか、或いは避難したか。
いずれにせよ、二十を上回る魔物の群れを片付けることが先決だった。
「数が多いが……私たちならば遅れは取るまい。そちら側を頼むぞ」
「ああ、任された」
再び、二人は背中を預け合い魔物と対峙する。
襲い来る無数の大蜥蜴。それらを前に彼らは果敢に戦う。
「【彗星の構え】」
イージアは四方から襲い来る突進を受け流し、風と氷の複合範囲攻撃で魔物を退ける。範囲攻撃は威力が落ちるため一撃では殺せないが、複数回攻撃を命中させれば一気に倒せるだろう。
魔物の群れに突っ込まれて戦い抜くという状況を、彼はバトルパフォーマーという職業でくさるほど経験してきた。故に、焦りは無い。冷静に状況を見極め、効率よく獲物を潰していく。
「土石剛健!」
対して、ダイリードもまた獅子奮迅の活躍を見せていた。彼の神族としての生涯の中で、このような状況には何度も陥ってきた。
集団で襲い来る敵には移動の阻害が有効だ。彼は土魔術で無数の枷を作り出し、蜥蜴の動きを阻害する。そして、強力な拳撃を叩き込む。
「チッ……」
イージアの剣先が止まる。
見上げるは、空。
「警戒しろ、別個体だ!」
迫り来る蜥蜴を斬り刻みながら、彼はダイリードに注意を促す。
空には、一匹の鳥竜種の魔物。その魔物は二人を警戒するように旋回しながら、攻撃の隙を伺っているようだった。魔物が本来取らない高度な警戒行動……二人の注意はその鳥竜に惹きつけられた。
その注意が仇を為したのか、イージアの背後に蜥蜴が迫っていることに二人は気付かなかった。
「ぬ、イージア! 後ろだッ!」
ダイリードに呼ばれ、彼が振り向いた時。
すでに蜥蜴の角は眼前まで迫り──
「火炎!」
魔術の火球が、その蜥蜴を吹き飛ばした。
イージアが蜥蜴の攻撃を回避しなかったのは、遠方でとある者が魔術を放ったのを察知し、それが蜥蜴を吹き飛ばすということを分かっていたからだ。
火球を放った者は、
「やれやれ。不注意は駄目だね。お前たちだけじゃ頼りないから、ボクも協力してやろう」
不敵に笑い、二人の間に割って入った。




