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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
6章 共鳴アヴェンジホワイト
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異伝9. 愛を知っていますか

 結局、アルスと話す事は殆どなく。桜並木の果てにある高台で私は一人、海を眺めていた。

 桜が舞い、水面に落ちる。


 海って、綺麗だな。

 水面に映る私の顔は疲れているようだった。擦り切れて、擦り切れて、ボロボロの弱い心が私の表情を物語る。

 私は、弱い。


「ロール、ここに居たか」


 水面に反射する私の目が見開かれて、驚いたのが如実に分かった。

 そう、私は彼と会う度にこんな想いをして、こうして驚いて、慄く。


 罪人と執行人、死なねばならない者と生きねばならない者。

 彼はまだ知らないだろう、それが二人の関係。


 水面に映る私の隣に、彼が立った。揺らぐ彼の表情も疲れているようだった。

 彼は私よりもずっと、ずっと重いモノを背負っている。国を、命を、矜持を、そして世界を。



「……帰らないのか?」


 彼は私の方を見て尋ねた。横顔が見える。

 私はまだ、夕暮れ時の海を見ていた。


「もう少し、ここにいる……」


 彼は何も言わずに傍のベンチに腰を下ろした。

 この国は紛争地帯だから、夕方になると人もみんな家に籠ってしまう。私がこうしていられるのは、世界で少なくとも八番目に強い彼がそこに居るから。


「……」


「……」


 もうこの沈黙には慣れた。


 本心を言えば、話したくてたまらないけど。明日からはまた別々の仕事が待っていて、交わってはならない因果が待っている。距離を置くために、私は彼と話さなくなった。彼が話しかけてきても、誕生日に家に来てくれても、無視し続けた。


 その度、死にたくなった。私の最初の友達を、大切な人を悲しませる度に。

 でも、死ねない。彼に殺されなくちゃいけない。


 それが私の──災厄の御子の贖罪だから。


 召喚したランフェルノが彼によって倒された時、私は確信した。

 二度と、彼と関わってはいけないと。そうしないと、きっと彼は私を殺してくれなくなる。優しい人だから。


「なあ、ロール」


「…………」


「君は、僕が嫌い?」


「……」


 突然、そんなことを聞かれた。

 混乱した。悲しくなった。虚しくなった。泣きたくなった。

 死にたくなった。



 ああ、チャンスだ。ここで嫌いって言えば、言えば……



「…………ん」


「聞こえなかった。もう一回行ってくれ」


「……うん、嫌いだよ。大っ嫌い」


「そっか」


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。



 本当はあなたのことが大好きです。

 優しくて、いつも助けてくれて、手を差し伸べてくれたあなたが大好きです。



 あなたは私の英雄です。でも、嫌ってください。私を殺したくなるくらい、憎んでください。


「ねえ、アルス」


 その時、はじめて私は海から目を背けて彼の顔を見た。

 ずっと、無表情だ。星を見たあの日から、ずっと。笑ってくれない、怒ってくれない、悲しまない、楽しんでくれない。私のせいだね、ごめんね。



 そんな彼に、私は言った。



「もう、終わりにしよう」



 そう言った時、彼は──



「……フッ」



 笑った。

 ずっと見せなかった笑顔を、私に見せた。



「そうだね。ごめんね、ロール。僕が悪かった。ずっと君に固執して、君にこだわって。……僕にはさ、君しか居なかったから……言い訳みたいだけどね。でも、君には未来がある。そして、その未来を守るのが僕の使命だ。だから、僕はその使命だけに集中することにしよう」



 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。



「わ、私は……私は、しつこいあなたが嫌いだった。邪魔で、うざくて、英雄なんて言われてるけど、うっとおしかったの……! だから……っ、帰ったら全部終わりにしましょう!」


 ごめんね、ごめんね、ごめんね。



 あなたには幸せになってほしいのに──



「うん……うん、ありがとう。気持ちをちゃんと伝えてくれて。じゃあ、この言葉を最後に、もう話さないと約束しよう。僕も一つだけ、君に言っておきたいことがある」


「……うん、分かった」


 罵ってください、誹ってください、こんな私を。どんな言葉でも受け止めます。


 親友を裏切って、恩を仇で返して、最低で最悪な私に最大限の侮辱を。



 聞きたくなかった。彼の口からそんな言葉。

 でも、当然の報い……罵倒の言葉だけじゃ、足りないくらい。




「……僕は、君を愛していた」




 ──いやだ。



 いやだよ、なんでそんなことを言うの。

 罵って、誹って、嘲って、嗤って、私の心を殺して。

 お願いします、やめてください。



 その言葉を最後に、彼は口を閉ざした。


 これが、英雄。どんな目に遭っても、前を向いて諦めない者。

 私だったら、私みたいな友人は罵倒して心の底から軽蔑するのに。彼はもう、前を向こうと歩み出していた。



「……ねえ、どうして?」


「…………」


 これで会話は終わりだと言わんばかりに、彼は海を見た。

 私はその背中に、疑問(罵倒)を浴びせ続けた。



「どうして、そんなこと言うの? どうして、私を責めないの? どうして、私を嫌わないの? どうして……」



「……どうして、アルスはそんなに強いの?」



 彼は水平線の向こうの夕陽を見つめながら問うた。



「……君は、僕を好きになってくれたことがある? 今は大嫌いでも、昔の僕を愛してくれたことがある?」



 私は頷かなかった。返事もしなかった。

 でも、彼はまるで分かっているかのように続けた。



「その瞬間、わずかでも僕を愛してくれた一瞬を、僕は守りたいと思ってしまった。両親が僕を愛してくれた瞬間を、マリーが僕を慕ってくれた瞬間を、君が僕を愛してくれた瞬間を、僕は愛した。そして、その愛に報いる為に──僕の全てを捨ててでも、守り抜く、絶対に。喪った愛が取り戻せなくても……君が僕を大嫌いになっても、両親が亡くなっても、マリーが僕と縁を切ったとしても、その過去は間違いなく僕を愛してくれたから」


「……分からないよ」


「そう、僕は理解されない。誰にも、きっと君にも。この世界を創った者にも理解されないかもしれない。だから、ずっと独りだ。それで良いんだ。そう決めた。僕に心なんて要らない、今はもう愛なんて要らない。僕は──世界を護る道具として歩むしかないんだって分かってるから」



 違う、彼は……彼の心は強くない。

 蓋をしてるだけだ。私みたいに、私よりも辛い目に遭ってるのに、耐えてるだけだ。



「そんなこと、ないよ……」



「君には理解できないんだよ。騎士としての僕しか、君は知らない。アルスとしての僕しか、君は知らない」



「知ってる! ……知ってるよ、私は。だから、あなたと……」



「……勝手に、勝手に知った気にならないでくれ! 僕がどれだけ重いモノを背負ってるのかも知らないくせに!」



 怒った。

 彼が私に怒ってくれたのなんて、何年振りだろう。

 小さい頃は彼が保護者みたいで、よく叱ってくれた。時には喧嘩もして、怒鳴られた。

 その時には。



「……アルスだって、私の何も知らないくせに! 私がどれだけ罪悪感に苛まれて、どれだけ苦しんだのかもしらないくせに!」



 こうして怒鳴り返したんだ。

 なんだか、気持ちいいな。



「知ってるよ、知ってる! アルスは世界を背負って災厄と戦ってるんでしょ! あなたがどれくらい強大な敵と戦わなくちゃいけないのかも! 混沌の因果に囚われてることも! 知ってるの!」


「どうして、それを……」


「私は、災厄の御子だから……! アルスに、殺されなきゃいけないから……嫌われないといけなかった! 本当は、私だって、私だって……」



 もう、戻らない。戻れない。

 抑えられない。どうして因果なんかに私たちが縛られなきゃいけないのか。



 ここで吐き出せば、最悪の事態になる。それを分かっていても。




「私だって、アルスが好き!」



 言った。言ってしまった。


 だから、こうなった。




 だから、来てしまった。




 世界が、震えた。




 時が、止まった。




 夕陽の朱色も、海の青色も、舞い落ちる桜色も。

 すべて、色が失われて……灰に染まった。




 天より、異形が降臨した。

 直感で分かった、震えた。




 ──アレは、私を殺しに来たのだと。

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