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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
6章 共鳴アヴェンジホワイト
139/581

130. 灰色の誓い


「ラウンアクロード……」


 虚しく仇敵の名が木霊する。

 もう、何もない。応える者も、何も。



 空が震えた。

 ──来る。


 大空に扉を開き、姿を現したのは異形たる絶対者。


「アテル……」


 僕が今まで見てきたのは、精神世界の創世主。

 そして、眼前に降臨した存在がはじめて見る、創世主の実体。

 空に浮かぶ僕の真下に灰が広がり、平な足場を造り出した。そして、其は厳かに告げる。


『この戦、秩序の勝利に終わった。故に、世界は落ちる。世界は巡る。故に、我は遍く活動を停止し、創世の意を破棄する』


 ……分からない。

 創世主(アテル)が言ってることも、災厄(ラウンアクロード)が言っていたことも、難しくて分からないよ。もっと、精神世界に居た時みたいに……明るく話してくれたら良いのに。


「僕は……どうすれば良い」


「…………」


 質問には答えず、アテルは消えた。

 そして──


「……アルス君」


 レーシャが、後ろに居た。

 すごく、悲しそうな瞳で。悲しそうな声で僕を呼んだ。


「レーシャ……駄目、だったよ」


「うん……でも、アルス君は頑張ったよ。創世主アテルは一切の活動を停止して、やがてこの世界も埋もれていく」


「アテルは答えてくれなかった。……僕はどうしたら良いんだ」


 全てを失った。

 でも、僕は目の前の少女に縋ることができた。できてしまった。


「……どうしたい?」


「分からない。ただ、君の傍に居たい」


「…………」


 そう答えると、彼女も押し黙ってしまった。


 怖い。怖くて、彼女の顔が見れなかった。


「私はさ、アルス君が好きだよ」


「頑張ってる君、前を向く君、私に心を思い出させてくれた君、勇気を出して私に想いを伝えてくれた君……好きだよ」


 灰が風に吹かれて舞った。

 そっか、ここは精神世界じゃない。だからこんなに、熱いのだろう。


 遥か彼方から射す夕陽を遮る建物も何も無いから、熱い。



「僕も君が好きだ」


「うん、だからさ……私は恋をした君に辛い思いはさせたくない。でも、一つだけお願いがあるんだ」


 彼女は僕の頬に手を当てて、顔を上げさせた。


 はっきりと、僕と目を合わせて。



「ラウンアクロードを追って。奴を倒してほしい」



 足が竦む。

 彼女は今、なんて言った?


「また、僕にアレと戦えと……そう言うのか……」


「そう。奴はきっと……いや、必ず他の世界も滅ぼしに行く。怪我を追っている今の内に倒さないと。災厄が怪我を治すには何十・何百年もかかる。だから……」


「嫌だ。僕は行かない、行きたくない……! 他の世界に行くんだったら、そこの世界の人が倒せば良いだろう……!」


 だって、僕は弱い。



 力はきっとある。完全に創世主の力を引き出せていないのも分かってる。たぶん、一割も。

 でも、心が弱い。脆い。薄い。浅い。柔らかい。

 だから、弱い。



「……君は、それで良いの?」


「良い……良い、よ……」


「役目の前に、立場の前に、君の心が奴を赦すの?」



 本音を言えば、赦せない。

 でも、それ以上に……怒り以上に恐怖がある。



「……正直に言えば、怖いんだ。『喪う』ことが怖いんだよ……」


「うん……うん、誰だって怖いよ。私も、君も」


 もう、立つ気力すら無い。

 僕は力なくその場に崩れ落ちた。


 そんな僕を、彼女はやさしく抱き留めた。


「……思い出してごらん。君は、諦めたことがあった?」


 その言葉と共に、記憶が蘇る。白い夢とともに。



 はじめてレーシャに会った時のこと。


 アテルに育てられて、ジャイルと、ルーリーと、ゼニアと、ケウベインと過ごしたこと。


 父に剣術を教えてもらったこと。


 アリキソンと出会い、ユリーチと出会い、友になったこと。


 師匠に厳しい環境で育てられたこと。


 晴天の試練で、心に誓ったこと。


 そして、狂刃に復讐を誓ったこと。

 

『強さに……固執するな。お前はもう……きっと、俺より強い。まだまだ、強くなれるが……そのために、出来ることは……大切な人を想い……護ること。……こ、の……世界は、広い。だから……お前も……護るべきものを……』


 頭の中で、父の最期の言葉がフラッシュバックする。

 大切な人はレーシャだけど、他にも護りたい人なんていくらでも居た。世界にはまだまだ知らない人、知らない光景があるのに全部壊された。



 マリーの決意と共に、彼女と修行したこと。


 タナンと壊霊を倒したこと。


 ランフェルノに立ち向かって世界を護ったこと。


 バトルパフォーマーとして、多くの人々を喜ばせたこと。


 グットラックの仲間もたくさんできたこと。


 修羅からディオネを守り、英雄と呼ばれたこと。



「……僕は、『護る』ために戦ってきた」


 諦めたことはあったか。

 途中、挫けそうになったかもしれない。弱音を吐いたかもしれない。


 でも、僕には支えてくれる人がいたから立ち上がれた。

 そして、今この瞬間も──



「……立てる?」


 レーシャは僕に手を伸ばす。


 ここで手を掴んでしまえば、きっと未来には恐ろしいものが待っている。

 立ち向かわなくてはならなくなる。



「立てるさ。……君が居る限り」


 まだ、僕には彼女が居る。

 ただ一人の、愛する者が。



「うん……やっぱり君は、私の英雄だね!」


 僕は上手く笑えなかった。でも、彼女の笑顔を見るのはやっぱり嬉しかった。


「奴……ラウンアクロードを追う。でも、どこに逃げたかは分かるのか?」


「うん、私が創世主(アテル)の力を使って奴が逃げた先にポータルを繋ぐ。眠りに就いたけど、まだ創世主アテルは死んだ訳じゃない。君の共鳴(アンチスフィス)はできるし、この世界は一応残存する。世界の墓場に埋もれていくけどね」


 復讐。

 そんな生温い言葉でこの感情が表せるものか……あまりに複雑なココロで分からない。


 でも、僕は必ず……



「奴を殺す」



 まだ怖い。怖すぎて泣きそうだ。

 だから、その恐怖を超える。それが(アルス)だから。


「あと、もう一つ」


 彼女は指を立てて、今までで一番悲しそうな顔をした。



「私は、一緒に行けない。創世主(アテル)が生きてる限り、この世界に縛られる」



「……うん」


 君まで失ったら、僕はどうしたら良いのだろう。

 何となく分かっていた。でも、聞けなかった。



「でも、また会えるよね。だって……君が死ぬ訳じゃないんだから」



 この返答次第では、僕の感情はまた引き返すかもしれなかった。



「…………うん。私は……君が奴を倒すまで生きてるよ。恋人を待ち続けるのって、なんだかロマンチックだね?」


 そう言って、彼女ははにかんだ。


「よし、じゃあ準備を始めようか! 君の旅立ちへの祝福(ファンファーレ)を!」





                                      ----------





「ははっ、あの時は大変だったね。レーシャが林檎を全部使い切っちゃってさ」


「でもほら、ルチカちゃんがカバーしてくれたからね。……《水の祝福》」


「僕が旅立っても、君に習った料理は忘れないからね。戻るまで、それで君のことを思い出すことにするよ」


「……そうだね。これまでの経験は無駄じゃなかったね。もしかしたら、時空を超えた先に、世界を元に戻す手がかりもあるかもしれないし。……《時の祝福》」


 二人で灰の砂漠に座り込んで、他愛もない話をしていた。

 レーシャの手にあるのは、白い布。僕へ贈り物を編んでくれているらしい。


「それは……どうかな。一度失った世界を戻すことなんて出来るのか……」


「他の世界でそうした前例はいくつもある。望み通りの結果を得られるとは限らないけど。……《灰の祝福》」


 彼女は布を広げ、よく見直した後立ち上がる。


「よし、完成だ!」


「これは……ローブ?」


 真っ白なフード付きのローブだ。なんだかすごい力を感じる。


「うん、完全防水、防火、防呪……とりあえずあらゆるものに耐性がある。自動修復、自動装着、自動転移、その他もろもろ。とりあえずアルス君、着てみてよ」


「うん」


 言われるがままローブに袖を通す。

 少しゆとりを持って身体に合う。着ているとなんだか暖かい心地がして、気持ちが安らぐ。


「どう? サイズとか大丈夫かな?」


「うん、完璧だ。さすが僕の彼女だね」


「えへへ……あ、あと……君の名前を変えよう」


 名前を変える。

 それは、まさしく別の生命へと生まれ変わるということ。


 『アルス』という名は、両親が三日三晩悩んでつけてくれた名だ。『立ち向かう者』という意味があるらしい。

 僕はこの名に誇りを持っているが……変えるには良い機会かもしれない。


「名前、名前か……」


「実はさ、もう考えてるんだ。私の祝福が付与された名前だよ。かっこいい……そう、私にとって特別な名前だ」


「へえ……どんな名前?」


 彼女は僕のローブを整えながら、自信満々に笑った。




「《イージア》……どうかな?」


 イージア。

 その名を聞いた途端、僕の心にストンと何かが落ちた。



「イージア……イージア! うん、すごく良い名前だ」


「よし、決まりだね! ふう……」


 ローブを整えていた彼女の手が、僕の胸のあたりで止まった。

 何かに気付いたのか、彼女はそれを取り出した。


「……仮面?」


「ああ、認識阻害の仮面だ。そういえば持ってたな」


 ……我が友、レイアカーツの形見とも言えるか。


「おお、かなり精度が高い……一体誰がこんな凄い物を……えいっ」


 彼女が僕の顔に仮面を被せようとする。


「はは……被った方が良いかな?」


「まあ……一応?」


「分かったよ。じゃあ、行く直前に被る。君にはできるだけ僕の顔を見ていて欲しいからね」


 しばらく……いや、きっと長い間会えなくなるだろうから。お互いの顔を目に焼き付けたい。

 さっきは見れなかった彼女の顔が、今では見ずにはいられなくなっている。


「……でも、そろそろ行かないとだ、アルス君。ラウンアクロードの痕跡が消えつつある」


 そう言うと、彼女は地に手を翳す。

 灰の砂漠に、七色の歪みが生じる。



 この先に──奴が。


「……行かないと、か」


 仮面を被ろうと、顔に近づける。


「あれ……うまく、被れないな。視界が……」


 ぼやけている。

 目が熱い。駄目だ、彼女に泣いてるところなんて見せちゃいけない。


「……アルス君」


 レーシャの温かい手が、流れ落ちる涙を拭った。

 そして彼女の瞳からも、



「……情けない男だな、僕は。愛する人の前で泣いて。愛する人を泣かせるなんて」


 僕も彼女の涙を拭う。

 そして、今度こそはしっかりと……仮面を被った。



「ふう……じゃあ、行ってくるよ」


「うん……うん、行って、らっしゃい……」


「そう泣かないで。必ず、帰って来るから!」


「アルス君、行ってらっしゃい! ……あなたに祝福を。その意思が何者にも屈さぬように、共鳴を」


 愛する人の元へ帰らない男が居るものか。

 そう、必ず──



 足を踏み出す。歪みが僕を呑み込む。


「……行ってきます!」



 渦に呑まれるみたいに。

 僕が完全に呑み込まれる瞬間、何かあたたかいものが唇に触れた気がした。




 落ちる。




 堕ちていく。




「…………さようなら、アルス君」




 きっと、分かっていた。






 僕はもう、ここに帰って来ることは無いと。





「レーシャ……愛している。いつまでも、ずっと……!」




 時空の狭間に呑まれながら、僕は愛を叫んだ。


 アルスは死んだ。





 そして──(イージア)が生まれた。





「ラウンアクロード……お前を殺す」




 我が生涯、復讐にあり。


6章完結です。

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