129. 世界のゴミ
災禍が舞い、神々の咆哮が木霊する。
マリーベル、リーブ、アントスの三大陸に囲まれた神域。その上空にて、第二災厄ラウンアクロードとその眷属が神々と争っていた。
大陸の端々は抉れ、海は割れ、天地は絶えず鳴動する。世界の終焉を思わせる事象に、人々は為す術なく祈りを捧げていた。
数多の生命が既に失われている。
そして、僕の友も、家族も。
「ラウンアクロード……ッ!」
ヤツは未だ円環の中心に座し、動く気配は無い。いや、むしろ周囲の円環と巨大な装置のようなものが本体なのか。
どちらにせよ、全てを粉砕し殺すまで。
ジャイルの咆哮により、眷属が吹き飛ばされる。もはや躊躇っている余裕は無い。
剣を幾度も振るうが、周囲の円環が生物のように動き回り、それを防ぐ。
竜のような顔を模した砲口から、ヤツが纏う蒼いオーラが放たれる。
「チッ……」
躱した砲撃は海を貫き、神々が張った結界を貫き、大陸を二つに分断した。
天に届くまで溶岩が吹き上がる。
「やめろと、言っている……!」
ルーリーが円環に纏う結界を噛み砕き、僕がそこを剣で斬り裂く。
破壊を確認した。円環の耐久力自体はそこまで無い。
「皆さん、攻撃を続けてください!」
ゼニアが天へと舞い上がった溶岩から大地を守る為、空を翔る。追随する眷属を斬り援護に回る。天を不思議な光が包み込み、一瞬にして溶岩が消え去った。
安心したのも束の間。
オーラが、ゼニア向けて放たれた。
「ッ……ゼニア!」
彼女は躱し切れない。そう判断した刹那、彼女の前方へ転移し攻撃を受ける。
「…………!?」
だが、防ぎ切れなかった。もう一つの砲撃がゼニアを貫く。そして、僕もまた貫かれ地上に落ちる。
クソ、もう世界は跡形もなく砕かれている。早く決着を付けないと……世界が滅ぶ。
「ぐ……はあっ」
創世主の護りを以てしても重症だ。ゼニアは、おそらく……
その時、聞き覚えのある声が響いた。
「……まずいことになったね。このままでは……」
「レイアカーツ……! 何か、ヤツを倒す術は無いのか!? このままでは……世界が」
災厄の御子である彼女ならば、攻略法を知っているかもしれない。
彼女は天に鎮座するラウンアクロードを見上げ、首を横に振った。
「……残念ながら。だが、君の元へ辿り着けたのは僥倖だ」
「どういうことだ?」
「今こそ、私を殺してくれ」
「は……?」
もしかして、彼女を殺す事でヤツも消える?
でも、そんなことは……
「私を殺しても、アレは消えない。だが、私が混沌の因果を持つ者以外に殺されるようなことがあれば……どうなるのかは説明したね? 私がラウンアクロードに殺された場合、残り二つの災厄もこの世界に召喚される。それだけは避けなくてはならない」
天を白光が包み込んだ。
その光に貫かれ、ケウベインが神気となり霧散するのが見えた。秩序の因果を以てすれば不死性を持つ神族をも消滅させられる。ゼニアに続き、ケウベインも……
「さあ、急げ。他の神族もやられてしまうぞ! 私を殺すんだ!」
「き、君は……災厄の御子なのに、災厄に攻撃されるのか!?」
「ああ、そうだ。私とて弱くは無い。だが数多の災厄を召喚し、見てきた私だから言える。あの災厄は、危険極まりない。さあ、アルス」
一度、殺さぬと誓った者を殺せと……そう言うのか?
僕は、僕には……
「アルス・ホワイト! 君の心は弱い。弱いからこそ、強き私に今は従え! リンヴァルス帝国始祖として、君に命じる! 私を殺せッ!」
「……ッ」
まるで、ランフェルノを殺した時のような……そんな《感覚》と共に、彼女を斬る。
これで、第三災厄と第四災厄を殺したと同義。
「ふふ……ありがとう。この世界を……頼んだよ。私の、英雄……」
どうして、僕の大切な人ばかりが死んでいく?
どうして……
「アルスよ、我は世界の守護に徹する! ルーリーと共に攻撃を!」
空中に戻ると、ジャイルが叫ぶ。
もはや世界の大陸は粉々に砕け散り、人が生きているのかも疑わしい有様だった。でも、彼が世界を護るということは、まだ命が、希望があるということ。
ならば、まだ負けてはいない……!
「ルーリー、合わせろ!」
「おう、さっきと同じ要領でな!」
大狼姿のルーリーが円環に纏わりつくオーラを払い、僕が攻撃を当てる。この流れさえ維持できれば、勝てる。
ルーリーが蒼きオーラを払いのけ、神剣を振るおうとした刹那。
「攻撃パターンを検出します。対策を構築...成功。 6番目の武器と反撃を起動します」
沈黙を貫いてきたラウンアクロードが口を開いた。
「これはっ……!?」
蒼のオーラが、紫に変化し……
「あかん! アルスッ!」
紫のオーラは僕とルーリーを分断、そしてラウンアクロードの円環が分裂し互いに無数の砲撃を放った。
今まで障壁を展開することでかろうじて防げていたオーラの秩序の力が、更に増している。
「マ、マズ……ああッ!」
押されているところに、背後から追撃。躱し切れな……
「何をしておる、貴様。神族たる者が心を乱し過ぎだ。よいか、アヤツは《学習》しておる。故に、同じパターンの攻撃は通用せん」
攻撃を防ぎ、僕に助言を授けるものが居た。
レーシャが用意したアーティファクトの身体、放たれる神気。
「虚神デヴィルニエ……あ、ありがとう。学習、か……」
「……ルーリーは死したようだな、流石に防ぎ切れなかったか。残るは私、貴様、ジャイル。ジャイルは防衛に割かれて助力は期待できんか……災厄もたしかに傷は負っている。軽くは無い傷をな」
これで三柱目の神族が死んだ。……もう、後戻りはできない。
「では、このまま手段を変えて攻め続ける。各々が動けるように動く。これでいいかな」
「問題ない。私は仮初の身体だが……戦には自信がある。ゆくぞ」
デヴィルニエと共にラウンアクロードへ向かう。蒼のオーラと紫のオーラ。まずは何が違うのかを見極め……
「はあっ!」
──脆い。蒼のオーラよりも破壊力は上だが、耐久性が落ちている。
ヤツはもはや『睡眠病』により造られた眷属も全て消費した。あとは、ヤツを殺すだけ。
「ふむ、災厄にしては戦闘力自体は低い。世界にはとんだ傷を残してくれたようだがな」
彼は円環を往なしては砕き、往なしては打ち払う。
流石は古の神といったところか。戦闘能力はきわめて高い。
僕も彼に続き、神剣にて円環を斬る。もう少し、もう少しで中心の人間の形の部分に届く……!
「状況の悪化と敗北の要因を確認した。Grand Dordrinを起動します」
「用心せよ! 何か来るぞ!」
ラウンアクロードの言葉と共に、膨大な秩序の力が満ちる。
──不味い。何か、とてつもないものが来る!
溢れ出したのは、虹色のオーラ。
それは、ラウンアクロードの円環でもなく、本体でもなく……
「馬鹿なッ!?」
冷静に事態を俯瞰していたデヴィルニエさえもが、驚愕する。
地上から溢れ出した虹色の光が、世界を貫き──
「『龍結界』ッ!」
ジャイルが全霊の咆哮を上げ、結界を最大強度に練り上げる。
しかし、
「オ、オノレッ……! アルスよ、あとは……」
ジャイルもろとも、世界の総てを包み込み、破滅を齎した。
絶望。虹色の光は絶望の光であった。
微かに感じていた生命の気配も、遥か遠くに眠っていた破壊神の邪気も、総てを呑み込んで。
破滅へと導いた。
「間に合わなかった……と言うのか……」
「おのれ……そこの神族! せめて彼の災厄だけでも殺さねば! この怒り、鎮まらんぞ!」
デヴィルニエは激昂し、ラウンアクロードへ向かっていく。
僕には、そんな気力無かった。もう守るものが無いのに、どうして戦う……?
きっと彼はこの世界の神として、僕よりも深く世界を愛し、想っていた。だからこそ、感情を昂らせ、ラウンアクロードに挑み……
そして、死ぬ。
彼は、僕がサポートしなかったせいで虹色のオーラに貫かれて死んだ。
そうだ。アレには敵わない。
きっと、敵わない……僕一人でどうしろって言うんだ?
「カオスの消失とクリエーターズボードのコントロールが確認されます。次の世界への移動を開始します。また、けがから回復するには、時間軸をシフトしてスリープモードに移行します」
絶望に打ちひしがれる僕を前に、ラウンアクロードは攻撃を仕掛けてこなかった。
半壊した円環から断層のようなモノが創り出され、そこへ呑み込まれていく。
「ま、待て……逃げる、な……」
どの口が言うんだ。
逃げたいのは僕じゃないか。逃がしたくないなら、追撃すれば良い。しろよ。
でも、動かないんだ。もう守るものが無いのに、自分の命まで失う必要があるのか?
アイツが別の世界に行くんだったら僕の命は助かる。別世界の奴らのことなんて知るもんか。
早く、行け。
はやく、行ってくれよ……! 怖いんだよ!お前が怖い!
「さようなら、アルスホワイト。拾った人生を使うのはいいですね」
そんな侮辱……いいや、労いを残して。
奴は時空の狭間へ消えていった。
足場が無い。命が無い。一面海、夕焼け空。ただただ、夕陽が海に煌めいて、僕一人。
跡に遺ったのは、僕だけだった。




