128. ごめんね
《敵意》を持つその者は、僕に気付き虚ろな瞳を向けた。
深緑の髪、紫紺の瞳。少年の形をした何か。
それだけ。それだけの筈なのに、
「…………」
僕の身体は、震えていた。
「こんにちは、私の名前はRaun Acrodeです。あなたの名前を教えて」
目の前の者はそう告げた。
僕には分かる、この震えの理由が。
僕には分かる、今何を為すべきかが。
僕には──分かっていた。コレの言葉に応えてはいけないと。
「僕は……僕はアルス・ホワイト」
でも、名乗ってしまった。「対話」を試みてしまった。
「うん、はじめましてアルス。私に何が欲しい? どうやら君は強く見える」
身体の底から、鳴動が止まらない。
「君は……君は、何の目的でここに居る?」
「私はターゲットを破壊するためにここにいます。さて、それが今の準備段階ですか? ……ええ、強い人と戦いたいですか?」
眼前のモノの言葉が分からない。
だって、これは──
『アルス君! アルス君、聞こえてる!?』
頭にアテルの声が響く。
聞こえてるよ、聞こえてる。でも、動けない。もしも今、僕が眼前のモノ以外を見据えれば。
「君には……世界を滅ぼす意思があるか?」
──これは、この世界の存在じゃない。
「ああ、なるほど。あなたは私が誰なのか知っているようです...それから除外するものは他にありません」
言葉は完全に理解できないが、明確に、僕に敵意が集中した。
「共鳴──解放。受贈、ゼニア」
其は、第二災厄ラウンアクロード。
「カオスの原因と結果を確認します。はは、あなたですか? あなたはクリエイターだったようです。いいえ、または...」
混沌を纏わせた一撃は、ラウンアクロードの不可思議な障壁によって阻まれる。
この、一撃を……届かせねば!
「結局のところ、それは創設者にとってもろいです。あなたの対戦相手は私ではありません...今が目覚める時です。計画を実行しましょう」
「ッ……!?」
一撃が空を掠める。
そこに、ラウンアクロードの姿は無かった。
「どこへ消えた……!?」
周囲にすら反応は無い。
「アルス君! 呼ぶよ!」
瞬間、精神世界へと強制召喚される。
そこにはアテルのみが居た。
「今接敵したね、第二災厄だ! 君が遭遇したのは分体……本体は神域上空に居る。これを見てくれ」
アテルから見せられた光景は、想像を絶するものだった。
空を覆いつくす、得体の知れない物体。円盤がいくつも連なり、纏うは蒼きオーラ。中心に先程見たラウンアクロードの分体が鎮座している。周囲のモノは……生き物、なのか?
それを取り囲むかのようにジャイル、ゼニア、ルーリーが空を飛んでいた。
「これが災厄が世界に直接召喚されるということだ……こうしたケースでは、甚大な被害は逃れられない。以前のような生温い災厄とは違う! さあ、今すぐに戦いに行くんだ!」
「わ、分かった……行ってくるよ!」
早く、急がなければ被害は大きくなってしまう。
精神世界を飛び出し、再び路地裏に戻る。
そして、災厄を討つ為に飛翔しようとした、刹那。
ザッ。
背後から足音がした。そして、秩序の因果も感じて。僕は振り向く。
「…………あ、」
背後には、剣をこちらへ向けた──
「マリー……?」
「…………」
いや、違う。
そこに、魂は無かったから。
最悪のケースが脳裏を過る。
『睡眠病』。それは、ラウンアクロードと共に世界に蔓延し始めた。
そして、目の前のマリーは……
「急がないと、いけないんだ。君はここで待っていてくれ。ラウンアクロードを倒せば、きっと……ッ!」
鋭く、剣が振るわれた。
共鳴しているこの身にさえ、傷を負わせる一撃。それは、彼女が秩序の因果を持つからに他ならなくて。
「クソッ……!」
僕の飛翔にすら追随し、追撃が迫る。
このままでは……
──彼女を、殺さなくてはならない。
「諦めるものか!」
彼女を無理やり振り払い、空を駆ける。
だが、
「……!?」
無数の、秩序の因果を持つ者が僕を取り囲んだ。
皆、瞳を蒼く光らせ、明確な「敵意」をこちらへ向けて。マリーとて、例外ではない。
どうする、どうすれば良い!?
この人たちはきっと、ラウンアクロードに眠らされて……操られている。
無辜の人々を殺す訳には……
「グアッ……!」
無数の攻撃が迫り、躱し切れずに被弾する。
嫌だ、いやだ……
「やめてくれ……!」
逃げられない、逃がされない。
もはや彼らは秩序の眷属となり、僕を完全に排除しに来ていた。
逃げる、逃げ続ける。
この調子でラウンアクロードの元へ行き、すぐにヤツを殺せば──
「……!」
目の前に、無数の矢が降り注ぐ。
その矢は複数の属性が折り重なっていた。
「マリー! 分かるか、僕だ! すぐに、すぐにお兄ちゃんが助けてやるから、だか、ら……」
ああ、彼女の目はヤツと同じように虚ろだ。
真っ直ぐに、こちらへ向かって走って来る。
刺突の構えだ。その剣技は、最近僕が教えたもので……
「……え」
その剣先が僕の胸に届く直前、嵐のように何かが僕とマリーの間を塞いだ。
「何を、している……それはもう、マリーではないのは分かるだろう。感情に流される、なんて……お前らしくもない」
「……アリキソン? 血が……」
「クソ、何だ、この傷……ふさがらない……おい、アルス……逃げ……」
首が飛んだ。
飛ばされた。マリーの形をした、ソレの剣によって。
「あ……? おい、アリキソン?」
生首が転がっている。僕を見ている。
血が噴水のように僕の頭に降り注いだ。
ああ、人はこんなにあっけなく死ぬのか。
彼は僕みたいに不死性を持たない。でも、彼は強くて、ずっと僕よりも立派で──
再び、秩序の眷属が動き出した。
「マリー、じゃない。君は……マリー、じゃない。そう、そうだ……あの娘は優しい。だから、誰かを殺さない。そうだよね、マリー……マリー……」
生前の彼女よりもずっと強くて、一撃を振るう度に地割れが奔って。でも、それは彼女の生が生み出した力じゃない。
「君を……殺す」
本気になれば呆気なかった。アリキソンが死んだ時みたいに。
所詮は災厄の一眷属に過ぎない。創世主の力を持つ僕からすれば、赤子の手をひねるよりも簡単だったよ。
僕の神剣が彼女の胸を貫いて、血が溢れて。苦しそうな声をちょっと上げて。
──死んだ。殺した。
「……………………」
急がないと、いけない。はやくアイツを倒さないと。
でも、少しだけ。少しだけ、彼女の亡骸を抱かせてくれ。
共鳴で力を得ても、心は強くなれないんだ。
虚ろな、さっきとはまた違う虚ろな瞳がそこにあった。
今の彼女からは、秩序の因果は感じない。
なあ、マリー。
君は、幸せに生きられたかな。
いやだ。逝かないでくれ。
僕は、また一人になる。
……災厄を、殺さなきゃ。




