125. 兄妹のおもいで
翌日は各自自由行動となった。
昨日は海で遊んだし、今日はどこに行こうかな。エンミルルの観光地は……なんだっけ? 寺院?
まあ、お土産でも買おうかな。
「おはよう、マリー」
「おはようございます」
ホテルの朝食のホールには、僕の知っている人はマリーしか居なかった。彼女は眠そうな瞳でパンをほおばっている。
「みんなは?」
「ユリーチさんはどっか行って、ベロニカさんとルチカもどっか行って、アリキソンさんもどっか行きました。タナンは寝てるんじゃないですかね」
みんなどっか行ってるな。
じゃあ僕もどっか行こう。
「一緒に出掛ける?」
「えー……」
彼女の反応は微妙だ。
やっぱり一緒にお出かけなんて、もう恥ずかしいよな。反抗期真っただ中の年齢だし。まだお兄ちゃん臭いとかは言われことはないけど、いずれ言われるんだろうなあ……。
「ちょっと待ってね、ごはん食べたら出かける準備するから」
「お、やった」
勧誘は成功したみたいだ。せっかくの旅行なのに、自室に籠っているのはもったいないという思いもあるのかもしれない。
マリーの向かい側に座っても、彼女はどこか虚ろな瞳をして食べ続けている。
「……眠いの?」
「はい。仕事の疲れが出たのか、異様な眠気で。今日は一日中寝てようかとも思ったんですが」
「じゃあ、これでどうかな」
彼女の額に手を翳し、睡眠を解除する魔法を使う。十分な睡眠が取れていないなら安易に扱うのは危険な魔法だが、彼女は昨夜十分寝たはずだ。たまにいくら寝ても眠い時ってあるんだよな。そんな時にこれは便利。
「……ハッ! 目が覚めました……!」
「うん、よかった」
「今のってルーモナの魔法? 眠気覚ましの」
「そうだよ。体力回復も同時にかけたけど」
あと精神安定と血流安定と呼吸補助の魔法とか色々かけておいた。
「でも、不思議ですね……ユリーチさんにも同じ魔法をかけてもらったんですが」
ユリーチに僕が魔法の精度で敵うとは思えない。たぶん、色々体調改善の魔法をかけたからどれかが引っかかったのだろう。
「それで……えっと、何の話をしてたんでしたっけ?」
「お出かけの話だよ……」
どうやらよほど寝ぼけていたみたいだ。
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「ここがエンミルルの観光名所、シン寺院だ。女英雄エリーザの恋人が眠るとされる地だね。建立は今から二千三百年前、エリーザが帝国の軍師メイウを倒した際に……」
「歴史オタ特有の語りはいらないですから。はやく階段上ってくれませんか」
マリーに無理やり背中を押され、寺院を上っていく。やっぱり歴史的価値のある観光名所に来るのはワクワクするなあ。
石畳に生えた苔がいい感じだ。うっすらと入り込む光が幻想的で、平日だから人が少ないのも良い。
「そういえば英雄エリーザって、復讐の為に旅に出たんでしたっけ?」
「お、語っていいのか?」
「だめ。ただ、最後はどうなったのか知りたくて。幸せになったのかな」
記憶を探り、エリーザの生涯について思い出す。たしかアテルに教わった情報によると……
「あー、たしか恋人を悼み続けて、最終的には自殺したんじゃなかったかな。英雄の末路は大体悲惨なものさ」
たしかエリーザは心神という亡神に過去を振り返るなと諭されたが、それでもなお気力を取り戻せずに自殺したんだっけ。まあ、神族に人の心なんて分からないのだ。きっと僕も数千年の時を生きれば人の心なんて分からなくなるし、カウンセリングもできなくなるだろう。人の心を統べていたとされる神ですら、心を癒してあげられない。
僕だってレーシャが死んだら生きていけない気がする。まあ、レーシャは創世主の人間体だから死ぬことはあり得ないけどね。愛する人を失った悲しみは、復讐を果たしても消えるわけではないのだろう。
僕は復讐を遂げたことがないから分からないけど、狂刃を殺しても両親を喪った悲哀は晴らせないはずだ。時間の流れとともに風化させていくのがもっとも有効な治療法だろうな。
もう六年と半年前のことか……。
「そう、ですか……」
「……あ、お土産買ってく? 下の店にあったよね」
最上階まで見終わったので、下に降りる。良い景色だった。
「えー。都市部に行って、そこのデパートで買った方が良いような……」
「たしかに。じゃあストラップだけ買って、食品のお土産とかはデパートに買いに行こうか」
寺院を模ったストラップってダサいな。でも、思い出になりそうだから買って行こう。
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午後、首都の方面にやって来てデパートを訪れる。以前訪れたジャオのデパートよりも大きいな。
「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁー」
「え、ちょっと。何ですかその仮面」
僕が仮面を被ろうとすると、マリーに手を止められた。
リンヴァルス始祖お手製の認識阻害の仮面だ。僕がグットラックと行動を共にする時、『変態』のルークとして被った仮面である。
「認識阻害の仮面だよ。ほら、僕らって有名人だから」
「いや、二人とも被ってないと意味ないでしょ。というか、私が不審者と歩いてるって噂になるし。やめてください」
たしかに、まったくもってその通りだ。
人ごみに出かける時はこれを被っていく場面も多いから、無意識に被ろうとしてしまった。仮面を懐にしまい、デパートの中に入る。
「それ、いっつも持ち歩いてるの?」
「うん。誰にも絡まれなくなるから便利だよ」
「それ、ただ避けられてるだけなんじゃ……」
始祖様謹製の魔道具だぞ。避けられる訳がないだろう。
「まずはお土産を買いに行こう。マリー、エンミルルの名産品は何だと思う?」
「それくらい知ってます。マンゴーです」
「浅いな。一概にマンゴーと言っても、種類があるんだ。白いマンゴーは知ってるか?」
「そんなにマウント取らなくても知ってますから。はやく買いにいきましょう」
ぬう……何とかして兄として賢い部分を見せつけたい。マリーは僕のことを賢い兄だと思っているんだろうか? 多分馬鹿だと思われている。
「お兄ちゃん、知識はあるのに馬鹿だよね。もっと知性を有効活用できないの?」
あ、知識があるのは知ってるんだ。高等学校を余裕で受かるレベルには頭良いんだぞ、すごいんだぞ。
それさえ分かってくれてるなら良いか。知性を有効活用できてないのは……否めない。
「逆にマリーは年齢の割に賢いよね。なんでそんなにしっかり者なの?」
「え……なんでって……お兄ちゃんがしっかりしてないから? 相対的に?」
「なるほどー。じゃあ僕が居なかったらマリーは馬鹿になってるのかな」
多分そんなことはない。僕の補助が無くても、母さんがしっかり躾してくれていたから彼女は立派に育っているだろう。
「……何でこんな流れになってるんですかね。ほら、ここがお土産売り場です」
売り場には外国人向けの商品が所せましと並んでいる。お目当ての白マンゴーやドライマンゴー、あとはクッキーとかも買っていこうか。バトルパフォーマーの同僚の分を数えて……大体このくらいかな。
清算を済ませてマリーの元に戻ると、彼女も同僚の騎士にあげるお土産を袋に入れて持っていた。
「僕が持つよ」
「いえ、大丈夫です」
えらい。アリキソンは一緒にデパートに出かけた時、男のくせに僕に持たせようとしたのに。さすがマリーだな。
「いや、僕が持つ」
「やです」
彼女の手から袋を奪おうとしたのだが、回避されてしまう。だが、僕には兄としての矜持がある。
──その袋、奪わせてもらおう。
「……!?」
「フッ……すでに袋は奪わせてもらったよ」
「速い……!」
これが兄の力だ。妹の負担を減らす為ならば神転してでも奪い取るさ。
「やっぱりお兄ちゃんって馬鹿ですよね……」
親馬鹿ならぬ兄馬鹿ってやつか。むしろそれなら誇らしいさ。
「じゃあ、他のとこも回ってみようか」
こうして家族と歩けることがどれほど幸せなことか。
両親を喪った僕らは知っていた。




