124. 友とのおもいで
昼食を終えた後、僕は浜辺を散策することにした。
ビーチサンダルを履いてサクサクと砂浜を歩いていると、前からユリーチが走って来た。
「アルスー! 見て見て!」
手に持っているのは……貝。紫の縞模様の線が入っている法螺貝だ。
どこか見覚えがあるような……
「ああ、ボクシェ貝だね。たしかすごく貴重な貝じゃなかったっけ?」
「やっぱり、アルスなら分かるんだね。アリキソンに見せたら、「なんだそれ、食べるのか?」って……ありえなくない? こんなに珍しいものを……」
ネットショッピングで買うと一個でもすごい値段がつく。魔導科学の研究にも重用されているが、供給量がきわめて少ない代物である。
「もっと拾いたいな……」
「どこで拾ったの?」
「こっち。アルスも探すの手伝ってよ」
彼女に案内された先は、薄暗い岩場だった。
磯風が吹き抜けて、日の当たる浜辺よりもちょっと肌寒い。
「ここらへん。蟹を調べてたら偶然見つけたの」
蟹を調べるっていうのも変な話だな。彼女は研究者気質な性格だから、バカンスでも研究を怠らないらしい。
例の貝を探して岩をひっくり返したり、水中をまさぐってみたりするが、見つからない。
そうしてふらついている内に、風が吹き抜ける空洞音が聞こえた。
「あれ、ユリーチ……こっちに洞窟があるみたいだ」
「ほんとだ……行ってみよう!」
「いや、大丈夫かな。一応みんなに報告してった方が……」
「大丈夫でしょ。行こう」
彼女は好奇心を抑えきれないのか、聞く耳をもたない。昔から一度夢中になると抜け出せない性格なのだ。
仕方ない、ここはついて行くしかないみたいだ。
灯りを点けて洞窟を進んで行く。
動物の声は不気味なくらいに聞こえず、水が滴り落ちる音だけが耳に届く。
肌に張り付くような湿気、ビーチサンダルを濡らす水溜り。
「何も無いんじゃないか?」
「うーん……でも、何か感じるんだよねー。こっちかな」
彼女はまるでゴールが見えているかのように躊躇いなく進んで行く。
さらに進むと、彼女の直感は正しかったのか一縷の光が差した。薄水色の淡光は次第に広がり、道も幅が広くなっていく。
やがて、開けた場所に出る。
「これは……!」
既視感があった。とは言っても、以前に訪れた「そこ」とは違う場所だけど。
流れ落ちる大瀑布に、乳白色の柱が何本も立ち並ぶ。天上からは光が差し、神秘的な光景を形作っている。
「これ……──と同じ……」
ユリーチは乳白色の柱へと近寄り、じっとそれを見つめた。
この柱……いや、骨からは秩序の因果を感じる。
第九災厄、滅龍セノムクァル。その骨ではないだろうか。
僕が師匠に監禁された島……龍島で、セノムーが生息していた洞窟の最深部にあった骨だ。僕があそこで見たのは頭部で、ここにあるのはろっ骨だろうか?
あの島からこの洞窟まで、骨が一続きになっているのか。だとしたら、セノムクァルはとてつもなく大きい龍ということになる。
それにしても、海底にあるとはいえ、よく人間に見つからないな、この巨大な骨。まあ、見つからない方がセノムクァルも安らかに眠れるかもしれない。
人間は何かにつけて利益に変換しようとするからな……見つかったら観光地にでもなっていることだろう。
「ふむ……」
「あっ! 触っちゃ……」
骨はひんやりとしていて気持ちいい。死して二千年近く経っているのに、まだまだ風化する気配が無い。
……というか、災厄なのに実体が残っているのは何故なんだ? 普通は邪気になって霧散する筈だ。神族である僕も死ぬと神気になって霧散するし。
「……ア、アルス! 触っても平気なの!?」
骨を撫でていると、ユリーチが僕に迫って来た。
なんだ?
「え、なに? 触らない方が良いかな?」
たしかに、崩落するかもしれない。考えなしにベタベタ触ってしまったな。
「いや、平気なら良いけど……ちょっと手見せてくれない? ……なんともないか」
「ただの骨だよ。ユリーチも触る?」
「えっ……!? い、いや、私は良いかな……。それよりも、アルスの身体ちょっと調べさせてくれない?」
えっ、それは困る。
今は人間の身体を組成しているとはいえ、彼女レベルの学者になると僕が神族だとバレてしまうかもしれない。
「い、いや……なんで?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから! うふ、ふふふっ……」
「何だその不気味な笑いは!? い、いやだっ!」
まるで災厄や五大魔元帥を前にしたかのような危機感!
逃げなければ……!
「待ってアルスー! 逃がさないよ!」
ーーーーーーーーーー
結局ユリーチから逃げきれなかった僕だが、内臓を抜かれたり、血を採られたりすることなく無事に生還した。それにしても、ユリーチはあんなに足が速かったのか……。
というか、魔術で僕の速度が下げられてた気がする。魔術の精度が高すぎて走ってる時は気が付かなかったけど。抵抗力を鍛えないとな……。
帰って来たホテルの部屋でほっと一息つく。もう夕方か。
あっという間に時が過ぎ去ったが、疲労は正直なようで、ルームメイトのアリキソンはぐったりと寝そべっている。
部屋分けは僕とアリキソン、ユリーチとマリー、皇女殿下とルチカの三部屋。
「……」
「……」
沈黙が続く。二人は黙々と魔眼携帯を弄っている。
「そうだ、アルス。例の件はどうなった?」
「例の件? ……ああ、お土産に何を買うか決めるんだっけ?」
「違う。ルフィアとディオネの共同参画軍事演習の件だ。お前がルフィアに来てくれるという話だっただろう」
あー、僕がルフィアに、アリキソンがディオネに行って訓練を行う演習の話か。何故騎士であるマリーじゃなくて僕に頼んだのか聞いたところ、お前の方が暇そうだからと言われた。
「期日は決まったが……こんな時も仕事の話か、君は。仕事人間だねえ」
「いや、国のことが気がかりで色々調べてたら思い出してな。一応、俺も騎士団の副団長という身で夏休みでも出勤する必要があったんだが、団長に無理を言って来たんだ」
夏休みに出勤とかいう矛盾。少々気を張り詰めすぎではないだろうか。
「すばらしい社畜精神だね。いや社畜と言うより国家の狗かな。君一人居なくても国は回るさ」
「ははっ……そう言われると気が楽になるな。こうして再び旅行なんかに行ける機会が訪れるなんてな……」
彼は立派だな。一人で国を背負い、国の為に忠義を尽くす。僕はその運命から逃げたから、彼の気持ちなんて分かりっこない。
「変わったね、君。昔は不良みたいな振る舞いだったのに」
最初に会った時は、俺より強いヤツの言う事は聞かないとかイキってたなあ……。今度ルフィアに行く時、若手のルフィア騎士にその話をしてやろうかな。副団長のイキり談を聞かせてやろう。
「変わった、か。誰でも変わるだろうよ……お前は変わらんな。不思議なくらいに」
「僕だって色々進化してるさ」
「どんなところが?」
「たとえば……ほら、ここにマンゴージュースがあるだろう。これを……鼻から飲めるんだ」
ストローを鼻に突っ込んで吸い上げる。
神転して神経を遮断した後、人間に戻ってるだけなんだけどね。
「きもっ!?」
「他にもあるぞ。頭で立ちながら、手を使わずにジャンプしたり。口の中に炎魔術を発動して、吹き出したり……」
「お、お前本当に人間か……?」
人間じゃないです。
「君もこれくらい凄いことができるようになったかな? たまにはこういう特異な技も練習してみると良い」
「できるかボケ。曲芸師でも目指すのか?」
曲芸師か。それも面白そうだからアリかもしれない。SNSで人気があればお金稼げそうだし。
「まあ、心にゆとりを持てということさ」
「ああ……まあ、考え直してみるさ」
そう言うと彼は徐に水を鼻から吸い、噎せ返った。




