122. 日常
灰の砂漠。ずっと踏んできたコレが、何なのかは未だに分からない。本当に灰なのか、砂か、それと他の何かか。精神世界なのだから考えても仕方のないことだ。
そこに佇む一軒の小屋。僕の故郷と言っても過言ではない場所だ。僕はその「故郷」に里帰りに来ていた。
「やあ、こんにちは! 良い天気だね、アルス君」
「ああ、いい天気……なのかな? 精神世界の天気はいつも曇り空だけど」
「言葉のあやと言うものさ。親しい人に会った時はこう言うものだろう。なんせ君はレーシャと恋仲になってしまったからね!」
彼女はまさに驚愕したという表情で立ち上がる。それからずいと僕に身体を近づけた。
「……私は恋人にカウントしていいのかな? それとも、君が告白したのはレーシャであって、私じゃないかな?」
「君の好きなように解釈したら良いさ」
それから彼女は申し訳なさそうに告げる。
「残念ながら、世界の防衛の観点上、レーシャを君に度々逢わせることはできない。ごめんね……」
──アテルには本当に心が無いのか?
いや、今考えるべきはそこじゃないか。
「……本題に入ろう。災厄が来たんだったね?」
「ああ、その通りだ。第二災厄がこの世界に侵入したことを検知したよ。既にこの惑星に侵入している。ただ……」
彼女は表情を曇らせる。
災厄の話をする時、いつも勝気な表情を浮かべる彼女には珍しい反応だ。
「ただ、どこに居るのか分からないんだ」
「……どういうこと? 創世主にも分からないの?」
「うん、今回の災厄はきわめて隠密性が高い。災厄は衝動的に破壊を行う災厄、そして策を弄して世界を滅ぼそうとする災厄……二種類に大別される。しかし、今回はすべてが未知数かつ観測不能。前例のないパターンなんだ」
なるほど。邪剣の魔人エンドは衝動型、ランフェルノはどちらかと言えば……理性型かな?
今回はまだ何も仕掛けてこないから、衝動型ではないだろう。となると、何か策があって潜伏していると考えるのが妥当か。
「僕はどうすれば良いかな?」
「災厄は神々と私の眼によって捜索中だよ。君は普段通りの日常を送ってくれたら良い。新たな手掛かりが見つかり次第、報告するよ」
普段通り、か。災厄が潜んでいる状態で平静を保つのも難しい話だけど。
「……分かった。僕からも心当たりがあれば報告する」
「うん、それじゃまたね!」
ーーーーーーーーーー
『次のニュースです。マリーベル南部で拡大している睡眠病ですが、本日はじめてルダン連合で発症が確認されました。専門家によると……』
僕はぼーっとニュースを眺め、居間のソファに座っている。
あれから一月が経過した。
依然として進捗はなかった。アテルに時々会いにいっても、雲隠れしているかのように情報は掴めないらしい。レイアカーツに聞いてみるも、災厄が降臨していることは確かだが、居場所までは不明とのこと。
そうして日々を過ごす内に、家族の顔を見る度に、僕の根底にある緊迫は薄れていった。
普段通りの日常。アテルに命じられた行動が、図らずとも手に入ったのだ。
数日後。
それは、僕がそんな日常を謳歌して街中をふらついていた時のことだった。
「お客さん、今は福引キャンペーン中ですよ! 一回引いていってください!」
行きつけのカフェを後にしようとすると、店員からそんな声がかかった。
なるほど、道理でいつもより人が多いわけだ。
「じゃあ、一発引きますか」
言われるがままカラカラと福引を回し、出てきたのは……
「こっ……これはっ!?」
きんのたま。
……もしや当たりなのでは?
「大当たりーっ! おめでとうございます、一等です! エンミルルへのバカンス権です! お楽しみください!」
エンミルル! アントス大陸の国で、バカンスで人気の南国だ。
それが夏に当たるとは……自分の幸運が恐ろしい。
というわけで、
「バカンスに行くぞっ!」
「……いきなり叫ぶのやめてもらえませんか」
夏休み中のマリーが五月蠅そうにこちらを見る。だが、今の僕は激運なのだ。叫ばずにはいられない。
「おう、なんだルス兄! 武者修行かっ!」
「いやいや、正真正銘のバカンスだ! 楽しんで、満喫するんだ! 実は福引が当たってね、みんなで行こうと思うんだ」
定員は六名。
僕と、マリーと、ルチカと、タナンと、皇女殿下。あとはアリキソンとユリーチも誘おうと思ってる。一人溢れるが……タナンに神転して飛んで行ってもらうとかでいっか。
ディオネ解放の影響もあって、騎士の夏休みがいつもと時期がずれている。ちょうどルフィアの長期休暇の時期と被っているのだ。
この機会を利用せずにいられるだろうか、いやいられない。
「行先はエンミルル。水着を買ってくるように。あと日焼け止めと、アイマスクと、土産用の鞄と事前リサーチも必要だな。あとは……」
呆れるマリーをよそに、僕は想像を膨らませ続けた。




