異伝8. なんでもいい
「アルスさん、聖騎士一位就任おめでとうございます! まずはお気持ちをお聞かせください!」
「はい。これまで支えてくださった国民の皆様に、まずは感謝を……」
適当に答えたインタビューが配信で流れている。心にも思っていない言葉が僕の口から紡がれている。他人の称賛なんてゴミも同然だ。
嬉しかったのはアリキソンとか、ユリーチとか、ヤコウさんからの称賛くらいだ。彼らは僕の努力を知ってくれているから。傍観だけして何も背負ってない奴らとは違う。
今日は休日だ。騎士になってゲームもネットもめっきり使わなくなった僕には、むしろ苦痛の日だ。訓練でもするか、戦神のもとへ行くか。
そんなことを考えながら、ふらりと外へ出る。日差しが鬱陶しい。
隣家はカーテンが閉まっている。ロールは学校を卒業し、夢を叶えてパティシエになっていた。忙しい日々の中で疲れて、まだ寝ているのだろうか。それとも、世間一般では休日の今日は出勤日なのだろうか。僕が騎士になったあたりから、彼女と話す機会は激減した。
白鳳星輝く夜空の下、僕らの距離は離れてしまった気がする。僕は、彼女を守る事を彼女に拒絶された。それが彼女自身の望みだというのなら、もはや何も言う事は無い。終わった話のはずなのに、いつまでも引きずっている自分が居た。
「……馬鹿らしい」
鬱憤を振り払うように、僕は街へ歩き出した。
行く当てもなく彷徨い、最終的にたどり着いたのは霓天の丘。
石柱……初代霓天の墓に納められた箱を見る。そういえば、こんな物もあったな。
「本当に大切な人、か」
真っ先に思い浮かべたのは──
「……チッ」
こんな箱、いっそ捨ててしまおうか。
他者との触れ合いを蔑ろにして歩んできた僕に、どうせ大切な人なんて出来ない。マリーにでも送るか。
とりあえず、持って帰るか。
**********
家の庭の倉庫に保管されていた鍵で、箱を開ける。
碧霓の首飾りが暗闇の中で鈍く輝いている。
「……」
まあ、倉庫にでも置いておこうか。それか、元の場所に戻すか……どうして僕はこれを家まで持ってきてしまったのだろう。
「あ、ここにいた」
「ッ……! ロールか、どうした?」
「家に居なかったから、庭に居るかなって。そしたら、倉庫の扉が開いてたから、その……」
彼女の声は次第に小さくなっていった。
かなり久々に話すからどこか気まずさがあって、それを感じたのだろう。
少し視線を泳がせてから、彼女は再び口を開いた。
「え、えっと……あ、そのブローチはなに?」
「……いや、なんでもない。気にしないで」
何事も無かったかのように、元々ここに在ったかのようにブローチと箱を倉庫に置く。
「そうだ、アルス。ニュース見たよ! 聖騎士一位と、あと八重戦聖のグラネアにも名前が載ったって……」
「へえ、八重戦聖にもなってたんだ」
まあ、グラネアを管理する戦神の元で鍛えたのだから当たり前か。光栄な事なんだろうけど、そこまで嬉しくないな。八重戦聖だって敵との相性が悪ければ負けるし、死ぬ。己の肩書に慢心して負ける馬鹿になるつもりはない。
「それで、何で来たの?」
今まではお互いの家を訪れることに、理由なんて聞かなかった。僕が自然と漏らした言葉は、ますます二人の会話に横たわる違和感を大きくした。
「えと……やっぱりいいや」
煮え切れない彼女の態度に少し腹が立つ。
遠慮されているみたいで嫌だな……いや、実際に遠慮されているのか。
「何か目的があって来たんだろう。言ったらどうだ?」
「……今度、仕事でエイリア共和国に行かなくちゃいけないんだけど。ほら、今ってあそこ危険じゃない?」
エイリア共和国。ディオネ神聖王国の西のワルド王国のさらに西に位置する国だ。ちょうど北のキユラ王国と挟んでシエラ山が位置する国でもある。
あの国は今、政府と民間が様々ないざこざで抗争状態にあり、連夜そのニュースが絶えない。
「それで店長さんに相談してみたら、誰か強い人と一緒に行ったらいいんじゃないかって……でも、頼れる人も居ないし、それで……」
「それで、僕に相談したと。他に頼れる人が居たら、その人に相談してたわけだ」
「…………」
……我ながら意地の悪い質問をしたな。
「でもアルス、忙しいでしょ? だから、やっぱり傭兵でも雇おうかと思って」
傭兵か。僕も一時期傭兵として活動していたが、周囲には粗野な人間が多かった。彼女が向かうような場所ではないだろう。
「……知ってるか? 騎士って、地位が上がる程暇になるんだよ。つまり。聖騎士一位の僕は今、この国で一番暇な人間ってことだ。有給も消化しないといけないしな」
「ふふっ……うん、それじゃあよろしくね」
**********
世界鉄道に乗って、私たちはエイリア共和国へ向かう。
今隣に居るのは、『霓天』アルス・ホワイト。紛争が続く国へ行く私を守ってくれるにしては、大物すぎる人だ。
正直なところ、そこらの人間に私が負ける事は考え難い。この身には『秩序の加護』があるから。
でも、もしも……もしも、私が死ぬようなことがあれば。倒されたランフェルノを除く三つの災厄が一度に召喚されることになってしまう。
──私は、災厄の御子だから。
「髪、伸びたね。あと目のクマが大きい。ちゃんと寝てないでしょ?」
向かい側の席に座る彼は、私のおせっかいにうざったそうに顔を顰めた。いつからか、彼はこんな状態になってしまった。心もなんだか荒んで、世の彼に対する評判は、冷酷無比の最強の戦士。
こうなってしまったのは、残酷な運命のせい? マリーちゃんのせい?
それとも、私のせい?
彼が騎士に就任した日から、私が彼を傷つけてしまってから、私の望み通り彼と距離ができた。
私は……災厄の御子は、共鳴者である彼に殺されることで救われる。この世に災厄を招くという罪過を背負わずに、あの世へと旅立てる。
だから、その時の為に、悲しくならないように──
「疲れてるのは君も同じだろう。表には出さなくとも、精神的に疲労しているのが分かる」
「なんで分かるの?」
「魔力の巡回、呼吸の深さと速度。気が張り詰めているね……そんなに僕の前は緊張する? 嫌悪じゃないし、敵意でもない。僕、或いは己に対する哀切……もしくは同情だ」
見透かされていた。
私には、何も答えられない。
「そうか……」
沈黙する私を見て、彼は再び押し黙った。
鉄道を降りて街中に出る。
思ったよりも活気がある。白昼ということもあるだろうが、紛争地域でここまで往来に人が居るとは思わなかった。普通に店も出ているし、武装している人もいない。
「あら、外国の人? こんな時世に珍しいわねえ」
この駅で降りる人は殆ど存在しないのか、歩いていたおばさんが私たちに話しかけてきた。
「はい、ちょっと用があって。紛争の件で人が来ないんですか?」
「そうねえ……紛争が起きてるのは首都だけだから、この都市は関係ないんだけど……観光客はめっきり減っちゃったのよ。大半の国民には関係ないのに、迷惑よねえ」
おばさんはそう言って私たちを見た。
「あら、いい男ね! お嬢さんの彼氏?」
「い、いえ……」
アルスはただ無言で私の会話を聞いていた。
「そうだ、このお店知りませんか?」
「ああ、ここね! おいしいお菓子が売ってるから、普段は観光客に人気なんだけど……この通りを真っ直ぐ行って、二つ目の通路を右折すれば見えてくるよ」
「あ、ありがとうございます。それでは……」
私が去ろうとしたその時、おばさんに呼び止められる。
「ちょっとお待ち! あたしは観光客にクッキーを歩き売りしてるんだけどね?」
「ああ、はい……買わせていただきます」
半ば強制的にクッキーを買わされた。親切に道も教えてもらったのだから、文句は言えない。ちゃんとおいしかったし、値段も高くなかったし。
私が訪れた店の人も優しくて、仕事の目的を果たすことができた。帰ったら新レシピの開発が待ってる……がんばらなきゃ。
いつか、この国の人たちに恩返しできたらいいな。
**********
翌日、帰る支度を始める。
「もう仕事は終わったのか?」
「うん、大丈夫。今すぐ帰る? それか少し観光してく?」
彼を縛り過ぎるのも良くない。自分で暇だとか言ってたけど、なんだかんだで国を代表する者は忙しいはずだし。
「……歩きたい気分だ。この近くに文化遺産があったな。寄って行こう」
「うん」
エイリア共和国の観光名所は文化遺産の闘技場と、織物と、あと……桜とか? 私はアルスみたいに色々知らないからよく分からない。学校にも行っていないのに、彼は幼い頃から博識だ。
私たちは行き交う人々で賑わいながらも、どこか沈鬱とした桜並木を歩いていった。
二人の間に会話は無かった。




