120(Bitter End). 愛
目の前の、この娘が好きだ。
心の奥底ではいつも僕のことを想ってくれる優しさが好きだ。月光に照らされて美しく輝く髪、揺れる瞳。最初に会った時、幼心にすら憧憬を覚えた美しさ。
きっと……いや、間違いなく。僕が最初に出会ったのはアテルじゃなくてレーシャだった。
父とレストランに出かけて、やわらかな街灯の光が白雪を照らしていた光景を見ていた。そして、彼女に出会って、その瞬間から僕は──
「君に、恋をしていた」
真実の想いを伝えた時、彼女の表情は曇っていた。
揺らぎ、躊躇い、切なさそうに。
「うん……そう、か。はじめて……はじめての気持ちだ。でも、」
彼女はブローチを箱に戻して、俯いた。
「でもね、アルス君。私は『人間』じゃいられない。これから君が過ごす殆どの時間、私は創世主に閉じ込められたままだろう。もしも君と私が恋仲になったとしても、逢える機会はほとんどない。それなら、他の人を愛してほしい……」
「それが、君の本心なのか?」
彼女は優しい人だから。
そう答えるのは分かり切っていたんだ。でも、僕は。
「…………私だって、君が好きだ。君に触れて、君に何回も世界に呼び出されて、人間の心を思い出したんだよ。……ああ、誰かを大切に想う気持ちは、こんなに暖かいんだって。器の私が、こんな想いを取り戻すなんて」
「僕も、心の暖かさを君の傍でずっと感じていた。君じゃなきゃ駄目なんだよ」
俯いていたレーシャは顔を上げる。でも彼女の顔は笑顔じゃなくて、決意。
決意を湛えた表情で、彼女は一歩詰め寄った。
「私は、君に嘘を吐いていた。君が生まれてから、今に至るまで、ずっと」
風に花々が揺れた。買ったばかりの彼女の服に、小さな花びらがついて、風でまた離れていく。
「四つ目の災厄を倒した時、君は──」
「──うん、僕は死ぬ。分かってるよ。ずっと前から」
彼女の瞳が驚きで揺れる。僕もまた、残酷な現実から逃げているのかもしれない。
無責任に彼女に恋心を伝えたって、あと八十年後くらいにはこの世から消えている身なのに。僕が消えたら、彼女は寂しい思いをしてしまう。だから、告白なんてしない方が良かった……それは分かっている。
「……どうして」
そこで彼女は口を噤んだ。
どうして知っているの、どうして嘘を吐いている私が好きなの……彼女が伝えたい言葉はいくらでも想起できる。たとえどんな言葉を彼女が言おうとしても、返すのは同じ言葉だった。
「君が、好きだから。君を、愛しているから。どんな未来が待っていたとしても、僕がどんな宿命に囲まれていようとも、僕は無責任に君に想いを伝えるよ」
言葉が滔々と流れ出る。止まらない。
「もしかしたら、百年後には君を一人にしてしまうかもしれない。悲しませてしまうかもしれない。けど、君の愛が欲しかった。誰かの愛じゃなくて、レーシャという人の愛が。それに、人は百年も生きられれば良いじゃないか……僕は神族だけど、人として生まれたんだ。だからこの宿運に不平はない。願わくば、この儚き命に一時の愛を。君からしたら迷惑かもしれないけどね……僕のわがままに付き合ってほしい」
箱からブローチを取り出して、彼女の首に掛けようとする。
僕の手は、レーシャの震える白い手に止められた。
「最後に、最後に……もう一回確認させてね。わ、私は……君のことが好きだ。らしくもなく人の心を思い出して、いつしか君のことを好きになっていたのだと思う。でも、今さら君が死ぬ運命にあるなんて言い出せるわけもなくて……ずっと隠してた。それでも、そんな私を……」
彼女の不安を湛えた瞳が、僕の瞳に映る。
「──私を、好きになってくれる?」
彼女の手の力は次第に弱まり、僕の手から離れた。
迷わず、ブローチを彼女の首に掛ける。
「ああ、もちろんだ。大好きだ。世界で一番愛すると誓おう。たとえ逢える機会が少なくたって、逢えた時に誰よりも深く愛し合おう。僕の命が定まっているのなら、その命日が来るまでに誰よりも深く愛し合おう」
愛を伝えた時、彼女は──
「うん……! ありがとう、アルス君! 私を、愛してくれて……人の心を思い出させてくれて、ありがとう……! 愛してるよ」
満面の笑みを見せてくれた。今までに見たこともないくらい眩しくて、喜びに満ちていて、愛に溢れた笑みを。きっと今、僕もこうして笑っているのだろう。花々が僕らを祝福するようにざわざわと揺れた。
月下、僕らはやさしく抱き合い、誰よりも深い愛を感じ合った。
愛。
いつまでも見つけられなかった答えを、僕は彼女に見つけた。
5章完結です。
一応、エンディングになります。これ以降、残酷な描写がはじまります。ご注意ください。




