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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
5章 英雄──神断ち、のち、愛
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118. 笑ってほしいよ

 ある日、皇女殿下とマリーの稽古を終えて家に戻る。

 居間ではレーシャが虚空を見つめてボーっとしていた。特に珍しい光景でもない。彼女曰く、「忙しないのは嫌いだ。私の美学に反する」とのこと。単純に動く気力がないんじゃないか……と思ってはいけない。


 僕は黙って彼女の正面のソファに座ってみる。ゆっくりと翡翠の瞳が動き、我が身の頭頂部あたりを捉える。


「アルス君おはよう」


「おはよう。良い朝だね」


「いい朝か。いい朝とはなんだろう? 天気がよいことか、それとも湿度が快適なことか。『良い朝ですね。おはようございます、レーシャ・ナーレ・エイケルア・ブラック様。あなたの残りライフは十五年と何日。今日も輝かしい人生を過ごす為に精一杯頑張りましょう』……これが毎朝のように鳴り響いていたことを思い出すよ。グッドモーニング、フリアーネの波止場が二つ刻を数えて私を叩き起こした」


 なんか分からぬことを言っている。恐らく地雷を踏み抜いたな……彼女が普通の人間として生きていた砌を想起させると、こんな状態になってしまう。こういう時は最後まで話を聞いているといつの間にか正気に戻っている。


「ふりあーねの波止場って?」


「私が永露工に就いて二年目に借りた小地区だ。ああ、あそこの人々は良かったよ……他所みたいに我々に文句を言わないんだ。寡する者こそ無限の財だね」


 専門用語が多すぎて何を言っているか分からないが、とりあえず頷いておく。僕の頭頂部あたりに向けられていた視線が徐々に瞳に近づいてくる。もうすぐ目と目が合う。


「アルス君は静かな人とにぎやかな人、どっちが好き?」


「えー……レーシャは自分はどっちだと思う?」


「私は……うん、静かな人かな。セティ……いや、創世主(アテル)の模倣人格はうるさいけどね」


「じゃあ、静かな人が好きだ」


 その時、彼女と向かい合って初めて目があった。

 たぶん、正気に戻った。


「……お。今の話は忘れてくれ、いつもの悪い癖が出たね。はやく朝ごはんにしよう」


「ああ、それなんだけどさ……」


「また食事のお誘い? 私は極力動きたくないんだけど」


 そう言われても、僕はレーシャと出かけたいのだ。「ディオネ解放」から一週間近く経って、彼女を出かけに誘い続けているのだが、一向に乗り気にならない。毎度の如くめんどくさいと言われてしまう……強引に頼めば嫌々動いてくれそうだが、それは本意ではない。

 実は、ディオネ祭で彼女に渡そうと思っていた物があるのだが、政変でその機会を失ってしまったのだ。


「正直ね、君とは出かけたいんだよ。でも、人ごみが嫌いなんだ。他人の視線、他人とのコミュニケーションが嫌いなんだ。ディオネ祭の時は我慢したけど、特別な行事でもないのに出かけるのは気が引ける。うちでお話しようよ」


 あー、他者との交流が苦手なのか?

 たまにそういう人は居るし、それならその意を尊重したいけど……今回に限っては、なあ……


「じゃあ、気が向いたらで良いよ。君が創世主(アテル)に帰る前に一度でも付き合ってくれたら良い。好きな時に誘って」


「うん、分かった。……ルチカちゃん、今日の朝ごはんは何かな?」


 どうにも彼女の気分は掴みにくい。付き合い自体は長いから、何となくは分かるんだけど……

 まあ、気長に機会を待つとしよう。


                                      ----------


「アルス君、出かけよう」


「!?」


 早朝。まだ日も昇りかけの時間帯に、目を覚ますとレーシャの顔があった。すごくびっくりしました。

 彼女は寝起きの僕の顔面に一枚のチラシを叩きつけ、布団を引きはがした。


「なになに……数量限定、アイスストロベリーチョコレートケーキ。ああ、最近できた店の商品だね。人気すぎて開店から数分で売り切れるとかいう……マリーも食べたがってたな」


「食べにいこう。さあ、早く」


「うん……」


 眠気を吹き飛ばして立ち上がる。まあ、これで念願のレーシャとの外出の願いが叶ったのだ、喜ぶとしよう。


「四十秒で支度する。下で待ってて」


「了解」


 レーシャはすぐに外へ出て行った。窓から飛び降りて。

 さて、十秒で服装を整え、十五秒で身だしなみをチェックし、十五秒で荷物を纏める。財布、カードキー……それと、ディオネ祭で渡そうと思っていた物も持っていることを確認し、外へ出る。


「お待たせ、待った?」


「待った! 行こう」


 彼女は僕の手を引き、風のように駆け出した。風になびく美しい髪が朝日に照らされ、煌めいている。どこか楽しそうに駆ける彼女の表情は、見ていてとても幸せな気分になれた。

 やはり、やりたいことをして、生きたいように生きる時に人は輝くのだろう。人の喧騒が苦手な彼女でも、今はケーキという目標を持って生き生きとしている……気がする。僕にはそんな時があったかな。


「あ……」


 だが、彼女の表情は少し曇ってしまう。

 視線の先には、行列。まだ早朝だというのに件の店の前には長い行列が出来ていた。


「大丈夫だよ、きっとまだ間に合う」


 僕らは最後尾に並び、前を見据える。まだ開店に一時間近くもあるのに、みんな熱心なことだ。これはマリーも買えないわけだな……


「むう……」


 レーシャはちょっと拗ねてご立腹だ。かわいい。

 どうにかできないだろうか……考えてみたものの、他の人を抜かすわけにもいかず、自分で作れるわけもなく、何も思いつかなかった。


「まあまあ、たぶん買えるよ。たぶん」


「君がたぶんって言う時は大体その通りにならないよね」


「そうかな?」


 自覚はないが、彼女が言うならそうなんだろう。

 とにかく、待つしかなさそうだ。




 ようやく僕らの番がやってきた。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


「アイスストロベリーチョコレートケーキありますか?」


 尋ねると、店主は僕とレーシャを交互に見て、気まずそうな顔をした。


「あー……残り一つです。どうします?」


「いえ、一つで大丈夫です」


「はい、ありがとうございます」


 とりあえずレーシャの分はあるみたいだ。良かった……これで怒られずに済む。

 後ろに並んでる人たちには悪いが、残り一つは僕らがいただいた。



 ケーキを受け取り、店のテーブルに座る。

 レーシャの前にケーキを置いたが、彼女は中々フォークを手に取らない。


「良かったね、残ってたよ」


「……えっと、アルス君のは?」


「僕はいいよ。レーシャが行こうって言ったんだから」


 彼女の笑顔が見れればそれで良い……と思っていたんだが、表情は曇ったままだ。


「食べないの?」


「……はんぶんこ、しようか」


「え、いいよ。気遣わないで食べて」


「いや、二人で食べようと思ってたのに……ここまで来てアルス君が食べれないのは嫌だ。はんぶんこしないなら私も食べないよ」


「ははっ……分かった。そうしよう」


 僕がそう言うと彼女は、


「うん!」


 やっと笑ってくれた。

 



 

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