117. 兄として
「……これはまた、派手にやったな」
裏庭に駆けつけたアリキソンとエルゼアが若干青褪めた顔で周囲を見渡す。
地面にできた無数のクレーター、干上がった湖、割れた地層、燃え尽きた木々……天変地異の跡を思わせる惨状だ。
「幻影兵が消滅した後、王城の正面広場からも紫色の巨人が見えたが。あれはどうなった?」
「倒した……というか、鎮めたよ。神聖国王も消えたし、彼は最期に王位を譲る旨を国民に伝えた。もう全部終わったんだ。まあ、ここから事態を収束させるのが大変なんだろうけど」
エルゼアの質問に答えると、二人はほっとしたように胸を撫で下ろした。
前線で戦った心労は測り知れない。そういえば、皆に伝えないといけないことがあるな。
「アリキソンにユリーチ、師匠にエルゼア。みんな外国の人なのに、このディオネを守る為に戦ってくれたことに感謝を。君達が協力してくれなかったら、この政変は乗り越えられなかっただろう」
「どの国であろうとも、人々を守るのが神能の継承者の役目だ。ネットワーク復旧後、ルフィアに現状を報告してみたが、外国でこの政変は大分問題になったみたいだな。ディオネに碧天と輝天が奪われただとか、ルフィアの国力を削ぐための陰謀だとか……馬鹿らしい話だ。俺は人の為、矜持の為、そして友の為に戦ったまでだ」
「ああ……ありがとう、アリキソン。僕も君の力になれることがあったら、これからも力になると約束しよう」
彼のような人を真の英雄と言うのだろう。その正道、これから彼が歩むために協力は惜しまない。
あと一歩でルフィアとディオネ間で戦争になっていたかもしれない。その悲劇を止めたのは、他でもなく立ち上がってくれた皆だ。
「私はアリキソンみたいに立派な志はないけど。でも、友達の為に戦えてよかった」
「フッ……まあ、暴走する力を多少は発散できたか。我が深淵の力を以てすれば、この戦は児戯も同然よ!」
「……え、ボクか? ボクはまあ……気まぐれだよ。バトルパフォーマーが戦場から逃げるようじゃ名折れってもんだしな」
本当に、僕は友人と師に恵まれたものだ。
「ありがとう、みんな。それじゃあ……」
この戦場の後始末をつけようと動き出した時、服を背中から誰かが引っ張った。
「……アルス君、私は?」
「レーシャにももちろん、感謝している。それで……いや、なんでもない」
「ん、何?」
「まともにお礼を言うのが少し恥ずかしかっただけだよ。君は……僕にとって……特別だから」
……早く復興しないと。陛下の身も心配だし、王城に居る騎士たちや元反乱軍の前に姿を見せてあげないといけない。特に旗印となったアリキソンやエルゼアはそうだ。
戦闘の余熱が残っているのか、まだ少し身体が熱い。ともかく、戦いのあとで混迷をきわめている国内の事態を収めるのが先決だ。
「とりあえず帰ろうか。一旦皆も屋敷に来ると良い。疲れているだろう」
「いや、我は去るとしよう。戦に身を置くが我が定め……次なる騒乱が呼んでいる……!」
師匠とはここでお別れみたいだ。何気に一番貢献してくれたのは彼かもしれない。彼の協力無くして虚神には勝てなかっただろう。
「師匠、ありがとうございました。お元気で」
「うむ、次に会う時はもっと腕を磨いておけ。この我を驚かせるくらいにな!」
「はい、必ず。では」
彼は大仰に身を翻し、振り返ることなく去って行った。
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三日後。
アリキソンとユリーチはルフィアへ帰り、いつもの日常が戻りつつあった。結局、復興を優先してディオネ祭は来年に延期されることになった。死者もそれなりに出てしまって、祭りといった雰囲気ではないのだ。
ゲイト陛下は再び王位に就き、国民の前で演説を行った。神聖国王は僕の配信で知られたように英霊であったこと、政変の首謀者は『修羅』であったこと、二度とこのような悲劇を招かないように最善を尽くすこと。真実が国民に伝えられる。
演説の間に僕も紹介され、国民の前で話す機会があった。陛下は僕を救国の英雄として扱ってくれたが、皆の協力があったからこそディオネを解放できたのだと釈明した。まあ、これで僕の評価も少しはマシになって、ホワイト家の株も上がったことだろう。
ちなみに虚神はレーシャが作り出したアーティファクトの身体に憑依し、世界を巡って観光することになった。もう彼に暴れる気はないらしい。
「お兄ちゃん、今良い?」
朝、僕の部屋をマリーが訪れる。
「どうぞ。どうしたの?」
彼女はあまり政変に関わることが無かったが、賢明な選択と言えるだろう。ホワイト家の名誉を守るため……という訳ではなさそうだが、むやみやたらに反乱軍か王国軍側に与しては批判を受ける可能性があった。僕は騎士じゃないから民衆……反乱軍に協力したけど、騎士である彼女は反乱軍に与すれば裏切り者として、騎士として王国軍に与すれば陛下に刃を向けた不貞者として扱われるかもしれなかったのだ。
「レーシャちゃんが居ないんだけど、どこに行ったか分かる?」
「え、レーシャか。どっかに行ってるんじゃない? 昼までには戻って来るよ」
レーシャはまだ創世主に戻らず、この屋敷で過ごしている。曰く、虚神への配慮だそうだ。必ずしもそうだとは限らないが、創世主は虚神を滅ぼす可能性があった。一度死した神が世界に存在することを良しとしないかもしれないらしい。
まあ、創世主は感情の要素ゼロ、完全な世界に対する損益で動くというから虚神排除の可能性は否めない。僕が小さい頃に優しく接してもらったのも、災厄に対抗する兵器を育てる為に、とある人間の感情を模倣した……というのがレーシャの意見だ。まあ、そんな事はどうでも良いというのが最近の僕の持論だ。レーシャに心があれば十分なのだ。
そのレーシャなのだが、睡眠時間が非常に少ない。夜中や早朝に暇してふらっとどこかへ出かけてしまうということも珍しくはない。
「そっか。魔術を教えてもらおうと思ったんだけど……」
「じゃあ、久々に剣はどうだ?」
彼女に一つ提案してみる。彼女の主力武器は弓だが、父の騎士剣を継承したのだから剣術も修めてもらいたい、というのが率直な感想だ。かつては剣才が無いと諦めたが、僕だって剣才が無いのは同じ。それでも突き詰めてこの形に仕上げてきたのだ。
「……」
彼女は暫し沈黙して、悩んでいたようだった。まだ少し、僕ら兄妹の間には隔たりがあるのは事実。
彼女と感じる距離感が単純な反抗期に起因するものであれば良いのだが、一生距離感を感じて彼女と過ごしていきたくはない。だから僕も自分から妹に歩み寄る。ちょっと自分でもウザいと思うけど。
「うん、分かりました。私もお父さんの騎士剣で、仇を討つって決めたんだ……もう一回、お兄ちゃんを剣の師として仰がせてください」
……良い目だ。
彼女はきっと、立派な騎士になる。僕がもし騎士になっていたとしても、彼女みたいに真っ直ぐな志は持てなかっただろうな。
「よし、行こうか」
マリーは自分の部屋へ戻ると、ホワイト家の家紋が入った騎士剣を持ってきた。
もしかしたら彼女が政変に関わらなかったのは、この日々……いや、これからの復讐を迎える為かもしれない。命を落とさず、未来を迎える為に。
まあ、彼女が強くなる理由が何であろうとも……
兄として、妹の背中を押してやるだけだ。




