116. ディオネ解放
神と相対したのはこれが初めてではない。
過去に戯れに拳を突き合わせた。そして近い未来に争う事となるであろう。
眼前、虚神の魔術が迫る。俺はそれを剣で打ち砕き、肉薄する。一撃で数十発の結界を斬り裂くも、新規の結界が間断なく用意される。きわめて高い身体能力、無限の魔力から放たれる高技量の魔術、そして突破不可能な結界……おまけに上位法則『絶対重力』を支配し、それに対処させることで有用そうな娘の魔導士の動きを封じた。
「無駄だと分からぬか、魔族。貴様に私は倒せまい」
「フッ……我が深淵を覗いた訳でもあるまいに。なぜそう言い切れる!」
先程『修羅』を破った最終奥義は効かない。厄介なことに、あの技は英霊・神霊、そして超越者だけには通用しないという欠陥があった。
まあ、俺が本気を出せば倒せるだろうが……そうなれば味方も、国も巻き込んでしまう。
アルスは神剣を振るい、虚神と戦ってはいるが何か別のことに集中しているようだ。であれば、弟子の活躍に貢献してやるのが師というものか。
虚神と知己であるレーシャという謎の女……馬鹿みたいに強い。八重戦聖の一人ではないかと疑ったが、確証はない。ともかく、この者ならば事態を打開する一手を秘めているだろう。俺の本気が出せない以上、こいつに任せるほかあるまい。
「どれ、この器の得意技でも使ってみるか。私なりに改良を加え……根源獄炎」
瞬間、虚神がすさまじい魔力波を放つ。
修羅をはるかに上回る理内の最高魔術が、来る。この大地すらも消し飛ばさんばかりの──
「ッ……魔導士よ!」
ーーーーーーーーーー
「ああ、任せて!」
デヴィルニエが魔術を放つ予兆を見せる。術式、根源獄炎。想定威力、戦略兵器級。神気により洗練されたその魔術は、人が扱うものとは比べものにならない。
生前、生命種が扱う理内魔術にも造詣が深かった彼の事だ。出し得る限りの最高威力を叩き出してくることだろう。そして、それを防げるのは私だけ。
「起動、煙鉄世界・博愛世界を結合……昇華。心世界に融合……」
理内には理外を。超越魔術である理外が勝るのは必然。
私が『生命』であった砌、簒奪した世界を媒介とした展開魔術。もはや如何なる世界にも存在し得ない魔術論理。
アルス君に混沌の因果を流している途中だけど、少しだけ無理をしよう。
「──『心喪いし旋律』」
沈黙。場を支配した「言葉」。『無』という音が、世界を支配する。
かつて人理の礎は魔術にあった。この世界の魔術法則では、言葉を発さずとも魔術を発動可能になっている。しかし、世界は二世界前……先代創世主よりも以前の法則を継承している。彼の世界では言葉を発しなければ魔術は発動できず、如何なる能力も行使できなかった。つまり、今日においても二世界前の法則の名残が存在し、「言葉」という概念を消滅させてしまえば魔術は行使不可能に近い。例外はあるけど。
「……!」
周囲の皆が驚いた表情を浮かべて何事かと口を開いているが、もちろん言葉は出ない。
法則の適用は、創世法則、神定法則、自然法則の順に優先される。私が今定めたのは、最上位の創世法則……神といえども抗えない。
これでデヴィルニエの魔術による被害は防げた。そして、アルス君の魔力の充填、混沌の因果の精錬は十分。ここで沈黙を解除する。
「旋律、解錠」
瞬間──気流、足音、木々のざわめき、全ての音が解き放たれる。
ここで、各々が取った行動は……
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沈黙が晴れる。
理外の魔術を使いこなす私でさえも、解析不能な領域法則。真理の片鱗に触れた気がして、どうしても其に近づきたくなった。でも、私が今為すべきことは別にある。
それは重力を防ぎつつ、アルスを助けること。
沈黙が破られた刹那、虚神が動く。再び魔術を放つかと思われたが、彼の動きは想定外のものだった。
「よかろう、読めたぞレーシャ。君の狙いは……」
──まずい。
矛先は、アルス。何か不穏なものを本能で感じ取ったのか、虚神は拳撃を彼に向けて放つ。彼は攻撃を神剣で往なし、距離を取ろうとするも瞬時に間合いを詰められる。
私の魔眼に映る彼の内部の魔力量は十分に溜まっている。ならば、アルスが虚神を倒し得る「技」を打つ為に、私が動かなくては。
虚神の動きを止め、技を当てさせること。それがアルスから頼まれた事だった。魔術を展開して「絶対重力」を無効化し続けている私でも、その程度の貢献はできるはず。
神は無敵ではない。一生命、一種族、そして一魂。人でも抗えるし、倒せるし、殺せる。そして、状況に応じた有効な一手を打つことが何よりも肝要だ。
──ならば、あの理外魔術で。
「【神魔鎖】」
虚神が拳を振り抜いた隙に、魔術を放つ。
異世界の神話を再現した理外魔術。いつ、だれが伝えた魔術なのかは分からないが、これが最も有効なことは間違いない。
虚神の足元から鉄鎖が伸び、一瞬で彼……いや、彼が纏う結界ごと拘束する。手足が結界に阻まれて縛れないのなら、結界ごと縛って動けなくしてしまえば良い。
「ぬう……!? これは……!」
「アルス!」
あとは、あなたに任せる。
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虚神の動きが止まる。ユリーチの魔術だ。
魔力、混沌の因果ともに完全。この最大のチャンスを逃すわけにはいかない!
「我が身に混沌、断ち切るは時──」
「この、鎖はッ……!」
神剣ライルハウトに全力を宿し、まっすぐに虚神へと駆け出す。
いつも打つ青霧瓦解とは過程は同じでも、質が絶対的に異なる。これは、皆が紡いだ一撃だ。
流れるような動作で、されど最も重い一撃で。
「──『青霧荒月』!」
薄い。斬り裂く全てが、紙のように薄い。
空気も、結界も、そして、虚神の身体も。時間の断絶の前には無力。神剣が、虚神の魂に届く。
「お、おのれェええええーーーッ!」
一閃が全てを斬り、空が割れる。
光が天より漏れ出し、少しずつ小さくなり、やがて消えた。
致命、絶命。虚神の完全な無力化に……成功したか?
虚神……いや、『修羅』の肉体もまた粒子となって溶けていく。
斬り口から紫の霧が漏れ出し、先程よりも小さい人の形を作り出した。まだ死んでいないか。ほとんどの力は消し飛ばせたみたいだけど。
『……ええい、ふざけるな! 全員化け物ではないか! 化け物四匹に囲まれるこっちの身にもなってみろ……せっかく魔力を無限に使える肉体を得たというに……レーシャ、さすがに酷いと思わんか!」
「いや、暴れようとした君が全面的に悪い。それよりもストレスは発散できた?」
『……まあ、気分は晴らせたな。さて、肉体を失った以上消える他あるまい。先程の……エプキスの技か? それで魂の力も大幅に削がれたことだしな』
虚神は一転しておとなしくなり、どこか清々したように空を見上げた。
これで……戦いは終わったのだろうか?
一気に力を使ったせいか、ふらふらする。
「ん、少し残っていかない? まだ憑依はできるだろうし……身体はまあ……アーティファクトでも使ってさ」
虚神が消えかかった時、レーシャがそんな提案をした。
『いや、どうせまた創世主に消されるだろうよ。……そうだろう?』
「それは……どうにかするよ。まあ、強制はしないけど……」
彼はしばらく戸惑ったようにじっとしていたが、レーシャの表情を見て、
『まあ、良いだろう。私の死後、世界がどうなったか見て回るのも悪くはない』
提案を承諾した。
……でも、大丈夫だろうか? 正直言って、彼に対する第一印象は良いものではない。また暴れるんじゃないかと心配ではあるが、今の一撃で力は削いだはずだし問題ないかな?
「よし、これにて一件落着だね。戦いは全て終わった。アルス君、ルカ君、ユリーチちゃん……お疲れ様」
「ふう……これにて全ての闇を晴らしたか。まあ、我にかかれば造作もない事であったな! フハハハハハッ!」
「疲れた……まさか神族と戦うことになるなんて……でも、いい経験になったかも」
辺りは天変地異でも起きたかのような惨状だ。
僕も復興にこれから協力しないとな。
神聖国王、五大魔元帥『修羅』、そして虚神デヴィルニエ。
ディオネを包む暗雲は消え、いつもの空が取り戻された。




