115. 神を断つ為に
「ぐっ……!? この重圧は……!」
虚神が神気を放ったと同時、全身が鉛のように重くなり、思わず地に膝をつく。
重力を無視する権能を発動しても、なぜかその重さは拭えない。自然現象ではない引力が一帯を……彼に近づくほど強く支配していた。
「地神は大地を、天神は天空を、海神は大海を、龍神は魔磁を操る。創造神は生命を創り、暗黒神は宇宙を創り、戦神は闘志を造り、禍神は欲望を作り、創世主は神々と世界の総てを創った。……では、私は何を作り、操るか知っておるか?」
「……重力だ」
僕の返答に、虚神は満足そうに頷く。
「然り。創世よりこの惑星は自転を続けており、現代の科学技術では重力は万有引力と、その自転の遠心力が合わさったものだと考えられておる。まあ、他の世界の型を参考に創世主が作り出した原理だが……」
虚神はパチン、と指を鳴らす。
「型通りの創世ではつまらんだろう? 故に、法則にはレベルが設けられた。私の提案によって……な」
なんだ……?
世界が、歪んで……
「ッ、『対神虚構』!」
ユリーチが魔術を発動すると同時、四人の身体を不思議な光が包み込む。重圧が消え、視界の歪みも治る。今のは一体……?
「ユリーチちゃん、今のは……疑似的な存在干渉魔術だね。私でも知らない理外魔術か……」
レーシャが感心したように呻っているが、僕には何が起こったのかよく分からない。
師匠も不思議そうな顔をしているが、僕みたいに焦ってはいない。
「防いだか。今のは『絶対重力』。通常の重力という法則を上回る、神族のみに許された上位の法則である。海神であれば通常の水を呑み込む『完全水界』、戦神であれば闘志を神殺しの力に変換する『不敗の王』。神々は法則を己の法則で上回る術を持っている……私もまた、神すらも圧し潰す重力を発動できるのだ」
そういえば、ジャイルがそんなこと言ってたような……すっかり忘れてた。
その絶対重力とやらを防ぐユリーチも凄いけど、ここからどうすれば良いんだ?
「ふむ、小娘よ。この魔術、維持はできるか?」
「ええ……他に身動きが一切できなくなるけど。維持してほしいなら私を守って」
「フッ、造作もない! 補助を頼むぞ、小娘。アルスと魔導士も我に続け!」
師匠はユリーチに絶対重力の妨害の維持を頼み、虚神に向かっていく。まさか、本当に神と戦うことになるとは……勝てるだろうか?
「アルス君、虚神は間違いなく本気で私たちを潰しに来てる。だから君も……そう、本気で戦おう」
レーシャが僕の手を握る。暖かい光が身体を包み込み、奥底から力が湧いてくる。
……まあ、彼女と一緒なら負ける気はしないな。
「そうだね。よし、行こう!」
師匠に続き、神剣を構えて疾走する。相手は一人。神族といえども師匠、レーシャ、僕の三人は神族に匹敵する強さを備えている。本来であれば一瞬で勝負が決まりそうなものだが……
「この身体、存外に良い。魔族よ、貴様もなかなかの使い手だが、権能の暴力には抗えまい」
師匠の繰り出す連撃は、無限に生成される魔結界によって阻まれる。虚神は次々と凄まじい威力の魔術、そして体術を繰り出し、師匠をも蹂躙していた。
「ぬう……『修羅』の異能を引き継ぐとは……反則ではないか! 貴様ら、『修羅』の異能は無限に魔力を行使できる能力だ、警戒せよ!」
師匠は僕らに注意を促しながらも、猛攻を防ぐ。
魔力の無限行使か。さすがに強すぎないか……? しかも、今はそれを神族が扱っている。まさに鬼に金棒というやつだ。
斬り込もうと近づくが、暴風を巻き起こされ接近を阻まれる。仮に攻撃が届いたとしても、結界で防がれる……どうしたら良い?
「魔導士、合わせろ! 飛雪の撃──『魔断』」
「オッケー、【根源氷土】」
師匠が繰り出したのは、破滅の型の一つ……魔力領域を断つ技。不可視の一刀は虚神までの魔力を全て断ち、結界をも斬り裂く。
そしてレーシャが繰り出した超威力の魔術が、その間隙を縫って迫る。
「その技、この肉体の記憶に刻まれておるぞ。使われることは想定済み……隠蔽結界、解除」
だが、レーシャの魔術は突如現れた結界に阻止される。
予め隠しておいた結界を起動させたのか。虚神は戦闘の技術も相当なもののようだ。
僕は何もできていない。このレベルについていけていない。
理外の災厄との戦いとは違い、これは神人の理内の最高レベルの闘い。明らかな経験不足。共鳴だけしていれば戦える災厄戦とはベクトルが違うのだ。
でも、考えろ。僕にできる事を。
僕にしかできない事ならば、虚神の不意を突ける。たとえば……
「みんな、来る!」
ユリーチが叫ぶ。
思考を切り、顔を上げるとそこには──黒。
黒い波動が、眼前まで迫って……
「っと……アルス君、大丈夫? 今のは虚神の魂壊波……他の二人は無事かな」
気付けばレーシャが僕の前にいて、黒い波を防いでいた。僕らは湖に居た筈なのに、一面の黒、黒、黒。
平衡感覚がおかしくなりそうな空間に、虚神が佇んでいた。
「ふんっ!」
暗闇の一角から、衝撃が巻き起こる。その地点から黒が吹き飛ばされ、先程までの光景が取り戻される。
そして二人の姿が見えた。ユリーチは師匠が守ってくれたみたいだ。
「今ので一匹は潰せると思ったが……存外にできるな。レーシャはともかく、そこの魔族もな」
「我は地上最強の存在と言っても過言ではないからな! フハハハハハッ!」
師匠、まだまだ余裕みたいだ。こっちは何が何だか分からないというのに……。
それよりも、反撃だ。
(レーシャ、青霧瓦解は通用するかな?)
(あの時間を斬る技か……たしかに、あの技なら結界を破れる。ただ、虚神は一度見せた技に順応してくる。放てる機会は一度だけだと考えて……)
「何を画策している」
「……!」
背後に気配。咄嗟に振り返り、神剣を構えると虚神の拳と衝突する。
とてつもない力だが……師匠ほどではない。僕の防御と虚神の攻撃が拮抗しているところに、虚神が蹴りを放つ。半身を捻り回避し、距離を取る。
「その剣は……ゼニアが贈与したものか。面倒だな」
「我を放置してくれるなよ!」
僕が虚神の攻撃を避けていると、師匠が間に割り込んできた。
彼は一瞬僕に頷くと、虚神の対処に向かう。今のは「何かやりたいことがあるならやってみろ」という意だろう。
青霧瓦解を放てる機会は一度だけ、か。隙を作る……いや、虚神に隙なんて生まれるのか?
(アルス君、やるよ)
(やる……やるって、何を?)
(ルカ君と力を合わせて、私が彼の動きを止める。そして渾身の『青霧瓦解』を……私の魔力も分け与えた一撃を決めるんだ。いいね……できないとは言わせないよ)
(もち……もちろんだ。ま、任せろ)
レーシャがそこまで尽くしてくれるなら、僕も全力……いや、全力を超えた全力で。
この技の元々の使い手、青霧騎士エプキスが如何にして「時を斬り裂く」なんて荒業を為していたのかは分からない。だが、僕は僕なりにアテルから知識を得て、彼の技を模倣して、物にしてきた。混沌の因果という、未知を媒介として。
我が秘奥を今、振るう──
気を高め始めた時、いつの間にかユリーチが傍に居て僕の袖を引っ張った。
「アルス、気づいてる?」
「ん、なに?」
「ほら、レーシャさんから貴方に魔力が流れ込んでるの……すごく繊細で、すごく精密に。魂の深さまで繋がってないと接続できない流れ。虚神も気づいてないみたいだけど」
……たしかに、魔力が不思議と湧いてくる。
引き出そうと思えば無限に引き出せそうなくらいだ。『修羅』の異能も無限に魔力が行使できるものだったらしいが、それにも負けなさそうなくらいに。
そしてこの流れてくる魔力、混沌の因果を感じる。僕にしか分からないような感覚だが、青霧瓦解には必須の力だ。これだけの魔力と混沌の因果があれば、きっと虚神すらも打ち倒せる一撃が……。
「……ユリーチ、今も絶対重力を防ぐ魔術は使ってる?」
「うん、まだ行使中。でも、何かしてほしいことがあるなら頑張ってみるけど」
「悪いけど、頼むよ。君の力が必要だ」
師匠とレーシャが虚神と戦い、ユリーチは絶対重力を防ぎ続け、そして僕は──




