114. 虚神降臨
裏庭を抜け、ユリーチと合流し師匠の下へ走る。
聞くところによると、相手は五大魔元帥『修羅』。師匠と戦い、向こうの湖の方へ移動したらしい。僕らが目指すその湖の上空は重苦しい気が漂い、今にも空が割れそうな雰囲気を放っている。見たこともない紅い色の雲が渦巻いている。
「師匠!」
そこへ辿り着いた時、師匠と修羅がそこには居た。修羅は満身創痍の状態、しかし異様な魔力をその身に纏い、胡乱な瞳を天に向けていた。
修羅が魔力を放出し続けている。真紅の空を覆いつくす程の大きさの魔法陣が浮かび上がり、重苦しい……魔力と神気が混ざったモノが天より垂れる。視えはしないが、肌で感じるべとべとした空気、そして圧迫感。
その魔法陣を見上げ、レーシャが眉をひそめる。
「ああ……遅かったね。この魔法陣は神霊召喚だ」
「神霊?」
「ああ、過去に死した神族を召喚する術だ。人間には普通は扱えない術だけど……神能を媒介にしたか。あの神気はおそらく……」
魔法陣が開く。天が割れ、紫の霧でできた両手がまずは現れ……そして、全容を見せた。
巨人だ。紫の霧の巨人。城をも凌駕する巨躯が、天に蓋をした。
「ああ、あァ! さあ、俺の身体をくれてやる! 最強を、この身に刻むがいい! 召喚者命令だ、俺の身体に力を与えるが良いさッ!」
修羅が叫ぶ。
巨人は細長い奔流となって彼の身体に吸い込まれ、空から姿を消した。
「師匠、これは……」
「アルスか……すまんな。神族の召喚を止められなかった。もう少し早くとどめを刺せておれば……」
修羅は暫くの間、一切動かなかったが、僕らが近づくことはできなかった。異様な神気と、無数の魔結界に囲まれていたからだ。
ビクリ、と電気が走ったように彼の身体が震える。それからゆっくりと視線をこちらへ向け、僕らを睨んだ。
「……さっきとはまるで違う。気をつけて」
ユリーチが警告する。
レーシャも、師匠も警戒している……かなり不味い状況か。
「ふむ……ふむ。なるほど、召喚成功か。そして……久しいな、レーシャ。君が現出しているとは珍しい」
「ああ、虚神。こんにちは。私はアルス君……彼に引っ張り出されてね。まあ、こんな事態になるなら私が出てて良かったと思うよ」
「神族二柱、魔族一匹、人間モドキ一匹。さて、どうしたものか」
レーシャに虚神と呼ばれた『元修羅』は、怪訝そうに僕らを見回した。
これは憑依というやつだろうか。本来の神族の姿からは能力は一段落ちるが、召喚された状態で姿を保つにはこれしか方法がないのだろう。
「さて、虚神。君は召喚者から何を命令されているのかな?」
「この人間の身体を乗っ取ること、神聖国王の偶像を生み出すこと、のみだな。もはやこの人間の支配権は完全に私が乗っ取った。これ以上の我に対する命令は不可能である」
……今、神聖国王を生み出すとかいったか?
「それじゃあ……神聖国王は最初から『修羅』に召喚されたのではなくて、貴方に召喚されたということかしら……?」
「その通りだ、人間モドキ。この男が私を召喚し、私が愚王を召喚し、愚王の権能により幻影の雑兵どもを生み出した。一つの魂が所有できる魂は一つ。神族であれば被召喚状態でも召喚魔術を行使可能だからな」
ユリーチの疑問に虚神が答える。
つまり召喚のマトリョシカ状態だ。普通の英霊ならば英霊自身が召喚魔術を行使することは不可能。だが、神族であれば召喚魔術を行使可能。それを利用したのか。
だが、規格外なのは修羅の魔力だ。神霊召喚を発動可能な魔力があったことに驚きを隠せない。おそらくは異能によるものだろうが……
「そうか、それは良かった。交戦を命令されていないのなら、私達が君と戦う必要はないみたいだね。よければこの世界を千五百年ぶりに見ていったらどうかな?」
レーシャが笑顔で虚神に歩み寄る。たしかに、修羅に僕らとの交戦を命じられていないのならば争う必要はない。召喚された後に召喚者が死亡する……ブルーカリエンテと同じような状態だ。ブルーカリエンテであれば僕と再契約することで、虚神であれば修羅と同一化することでこの世に存在を留めたのだ。
「ほう。だが、君が創世主に戻れば、即刻私を排除しようとするだろうな。生きていない神族など、何をしでかすか分かったものではない故に……な」
ちなみに、創世主から許諾を得ていなければ、『アテル』という発音は聞き取れないようになっている。この会話、師匠とユリーチには「アテル」という単語部分のみ、よく分からない言葉に聞こえていることだろう。まあ、二人は何故レーシャと虚神に面識があるのかも分かっていないまま、成り行きを見守っているみたいだけど。
……やっぱり、この二人は常に冷静だ。
「あー……まあほら、私も暫くは戻るの我慢するし? とりあえず久方ぶりの世界を見てみたくない?」
「興味ないな。それに、私は君らと戦うことを決めている」
闘志が爆ぜた。まさしく、神の威圧。
師匠とユリーチは即座に身構え、虚神から距離を取った。レーシャは依然として彼の正面に立っている。
「おや、どうして?」
「よもや忘れた訳ではあるまい……創世主が私を殺したことを。たしか私が優雅にコーヒーを飲んでいる時だ」
「あー……まあ、私に制御できるものじゃないし。許してよ」
虚神デヴィルニエはアテルに殺されたのか。てっきり災厄に殺されたのかと思っていたけど……
「要するに、創世主へのフラストレーションが溜まっているのだ。ストレス発散とも言える。……それに、私はルアの石板で災厄として指定されてはいないのだろう?」
「まあ、そうだね。多分君に該当することは……うん? 結構特徴捉えてるけど……まあ、混沌の因果が反応しないから違うみたいだね」
『重なりし亜空より出づるは混沌の使者。地に這う意思を喰み、白灰に牙を剥く。』
これがルアの石板に刻まれた二つ目の災厄の予言だ。
亜空より出る……英霊召喚だ。混沌の使者……アテルの(元)眷属。白灰に牙を剥く……神族が創世主に反逆する。たしかに、大分一致してるな。
まあ、僕の共鳴が反応してないから違うみたいだけど。
「では、私が暴れて世界が滅ぶ可能性はないな。付き合え……少し、暴れるぞ」
瞬間、絶対的な重力が世界を支配した。




