109. 白日の下に
暗雲が立ち込め、戦火が上る空の下。
一人の魔導士と、一人の戦士が庭園を歩む。火の粉を乗せた風が舞い、咲く薔薇の花を一枚、散らした。
美しき灯篭が連なる道の果て、噴水のある広場に一人の男が座っていた。喪服のような黒装束を纏い、死人のように血色の悪い肌をした男。
彼は二人の訪問者に気が付くと立ち上がり、気味悪く笑った。
「よお、輝天と……よく知らないヒト。待ってたぜ?」
「よく知らないヒトとはなんだ! 我が名はルカ! 破滅の力を司りし地上最強の戦士……そして、これから貴様を滅ぼす存在である!」
「へえ、ルカサンね。じゃあ俺も名乗ろうか。俺は神聖国王リートの召喚者にして、五大魔元帥『修羅』のロヘリオ。……まあ、この騒動の原因ってやつで、俺を倒せば全てが終わるわけだ。碧天と霓天が来てくれなかったのはちと残念だが……ひとまずは輝天で我慢してやるさ! な!」
テンションの乱気流とも喩えられるその男を相手にユリーチは困惑していた。たしかに、眼前の男の魔力は凄まじいものだ。しかし、「強者」ではない。
ルカもまた同様の事を感じ取っていた。強き者は見ただけで分かる。無論、表層のみで判断するのは愚の骨頂。異能や魔術によっていくらでも地力の差は覆せるからだ。大言壮語か、強者の余裕か……いずれにせよ、二人は油断することなくロヘリオと名乗った男を捉えた。
「ふむ、では貴様を倒すとしよう。準備は良いか?」
「ええ? どこの馬の骨ともしれないアンタが俺を倒すって? できれば輝天サンと戦いてえなあ……俺は強いヤツと踊りたいのさ」
不敵……傲慢。その魂を、ルカは彼から感じ取った。
傲慢には理由がある。育った環境、得た異能、年齢……あらゆる要因が挙げられるが、『分からせる』ための方法は一つ。
「ほう……言うではないか。では、圧倒的な力の差を見せて粉砕してやろう!
……我が身に宿りし深淵、破滅、暗愚たる化身よ。汝の牙を突き立てよ。来たれ、我が剣!」
完全勝利。それが答えだった。
彼は一振りの剣を呼び出す。幅の広い真紅の刃に、宿された邪気。素人が一見しても尋常でない代物であると分かる。
彼は普段、拳を以て戦い、悉くを打ち払う。しかしアルスやベロニカに剣を教える以上、彼自身もまた本来は剣を扱う者なのだ。武器を使わないのは彼なりの手加減であった。
「へえ。なんか凄そうじゃん、その剣。いいぜ、戦おう……二人まとめて来いよ」
「いや、小娘。貴様は手を出すな。こういう輩は負けた時に「二対一だから負けたんだ」などと言い訳をするからな! 徹底的に我一人で叩きのめしてやろう!」
「ええと……はい、頑張ってください」
ユリーチはルカの圧に押されて裏庭の隅へと引き下がろうとする。
「それじゃ、輝天サンが暇になるねえ。そうだ、アイツを使うか。神聖国王が僕の小間使いとして分けてくれたんだったぜ」
ロヘリオは中空に手を翳し、魔術を行使する。彼からユリーチが感じ取ったのは、幻影兵が纏う魔力とまったく同一のもの。
現れたのは、一人の騎士。幻影兵と同じ鎧を身にまとい、神聖国王の権能によって生み出された魔力体であることが推測できる。
ただし、「強い」。ロヘリオから感じ取れなかった強者の気が、その男からはありありと感じられたのだ。一幻影兵でありながら、さながら英霊かのような風格を兼ね備える者。
「……私はイヤン・ネウロイ。はてさて当世に名は通っているか。通っていたとして、悪名であろうな」
彼は召喚されて早々、陰鬱な表情を浮かべた。
イヤンと名乗ったその幻影兵の知識があったのか、ユリーチが反応する。
「ああ……イヤン・ネウロイね。たしか神聖国王の右腕で、若い頃に彼が蜂起した時からずっと寄り添っていた忠臣。ディオネ神聖王国建国後は騎士長の座に就いたけれど……」
「そう、私は陛下を暗殺した。ダイヤモンドを砕いて食事に仕込み、な。今日では極悪非道の大罪人として誹られていることだろう」
彼が神聖国王を暗殺したという事実は残っている。しかし、彼という人物に対する評価はあまり酷いものではない。神聖国王は晩年暴虐な君主と化し、その横暴を阻止した功績があるからだ。また、周囲からの評価が高かったこともあり、何かしら暗殺した理由があるのだろうとも考察された。
「おい、輝天の相手しといてくれよ。多分アンタじゃ敵わないだろうが……俺がルカサンを片付けるまでさ。せっかくのお客サマを退屈させる訳にはいかない」
「御意。女性に刃を向けるのは騎士道に反するが……時代は変わったのだな。では、準備はよろしいかな」
イヤンは躊躇いながらも、ユリーチに刃を向けた。
ルカとロヘリオ、ユリーチとイヤンがそれぞれ向かい合う形となり、戦いが始まろうとしていた、その時。
『あ、あーー。聞こえてるー?』
突然、声が聞こえた。
「んん……? なんだ、この声」
「お、電波塔の制圧が完了したようだな」
声は電波塔から首都全域に届く放送で流れている。ただ一箇所、結界が張られている王城を除いて。この裏庭はちょうど結界の境目であり、かろうじて放送の音声が届いていた。
『こんにちは、アイドルのリーナです! 反乱軍のみんなの活躍でネットワークが復旧しました、イエーイ! それで、皆さんにお願いがあります。この放送は王城には聞こえてないんですけど……この戦争を終わらせる為に、見てほしい配信があるんです! ……ええ? なんで私がアナウンス担当なのかって? まあ、有名人だからってのと……これができるからです、『白舞台』!」
彼女がそう告げると、イヤンを除く全員の身体を魔力が包み込んだ。
『幻影兵は魔力体なので効果が無いんですけど……普通の人たちには、この放送を通して身体強化がかけられます。という訳で、ディオネの未来のために頑張ってください! そして、配信なんですが……』
ロヘリオは反乱軍の狙いを察してか、愉快に笑った。
彼もまた、幻影兵ではないので身体強化を受けていたわけだが……
「なるほど、なるほどねえ。アンタらなりに考えたか。ま、いいさ。さっさと神聖国王が死んでくれた方が楽だからな。……んじゃ、始めようぜルカサン」
「貴様、何を……。まあ良い、叩きのめすのみよ!」
ルカはどこか疑念を感じながらも、修羅と対峙する。
まだ何かが隠されていると、彼の胸中には確信があった。




