108. ダンボールが動いた
エルゼアとアリキソン率いる主戦力が開戦した頃、僕もディオネ王城へ裏口から侵入し、魔結界の内部に入る。
この魔結界は外部からの如何なる妨害・干渉をも防ぎ、内部の情勢を知らせない役割を果たしている。
「さて、ユリーチ。召喚者はどこに居るか分かるかな?」
「ちょっと待ってね」
彼女はじっと佇み、王城を見据えた。その瞳は真紅の妖光を発し、何かを視認しているようだった。
しばらく待っていると、彼女の瞳から光が消えていつもの碧眼に戻る。
「玉座の間に理外の魔力反応が一つ……神聖国王のものだね。そして、それと繋がる膨大な魔力反応が城の裏庭に一つ。おそらくこれが召喚者でしょう」
「なるほど、では手分けをする必要があるね。私とアルス君は神聖国王に、ユリーチちゃんとルカ君は召喚者の元へ向かってくれ」
「うむ、任された! この城ごと敵を吹き飛ばしてやろうか! フハハハハッ!」
「器物損壊はやめて下さい、師匠。ユリーチもよろしく頼むよ」
各員は頷き、それぞれの目標へ向かっていった。僕とレーシャはそのまま裏口を進み、ユリーチと師匠は分岐路から城の裏口へ。もうすぐこの戦いが終わるはずだ。
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「アルス君、狭い! もっとそっち行って!」
「いや、狭くないよ。むしろもっと近づいても良い……」
僕たちは今、ダンボールの中に居た。手を入れる穴(?)から僕は後方を、レーシャは前方を見ながら王城の内部を進んでいる。ダンボールは最高の隠密道具だ。これさえあれば見つかることはありえない。
流れに乗じてレーシャにもっと近づこうとしたが、チッと舌打ちされたので離れた。
「……ん? おい、ダンボールが動いてないか?」
「はあ? ダンボールが動くわけないだろう。疲れてるんじゃないか?」
「たしかに、そうだな。夜中も働かされて、強制的に駆り出されればそりゃ疲れるさ」
二人の巡回の騎士が僕らの前を通り過ぎたが、無事にやり過ごした。
ダンボールが動くわけないからな。
「……いや、おかしいだろ! なんで通路のど真ん中にダンボールがあるんだよ!?」
「ん……? たしかに、その通りだ。なんだこれは。開けてみようか」
まずい、見つかる!
(ちょ、レーシャどうすんの?)
(えー、そうだね……まさかバレるなんて想定外だよ。こうなったら……)
急に、視界が開けた。レーシャがダンボールを取り払ったのだ!
「監視を全員倒せば実質ステルスだ。アルス君、やるぞ!」
「なるほど、天才だね! 流石レーシャ!」
騎士たちは突然の事態に驚き、動けないままでいた。一撃で二人の意識を刈り取り、事無きを得たは良いものの……
「侵入者だー!」
遠方からも見られていたみたいだ。上下の階から騎士や幻影兵の足音が無数に聞こえてくる。
……よし、全員倒して監視の目をゼロにしよう。
「はー、終わったね」
気絶する無数の騎士たちにレーシャは眠りの魔術をかけていた。僕も寝る前にたまにかけてもらうやつ。
「うん。反乱軍本隊の鎮圧に行っているのか、意外と人数は少なかったね」
王城の警備の指揮官は、運が良いことに聖騎士第九位の『弧槍』ロディ―・クオーツさん。そして第二位の『燕風』のジル・カーネ・レディアさんだった。ジルさんはレーシャに任せ、ロディ―さんは僕が相手をして問題なく制圧できた。
運が良かったというのは、ロディーさんが槍使いだったということ。実のところ、無数に戦ってきた中でも、僕は槍相手には一度も敗北したことがない。どういう訳か、相手の動きとそれに対する立ち回りが手に取るように分かるのだ。もしかしてこれが僕の異能なのだろうか?
……『槍殺し』、かっこいいな。漁れば同じ異名の人が居そうだけど。
「よし、進もうか。あとは玉座の間に直行だ」
と、僕が階段を上ろうとした時のこと。
「待ってください」
なんか、聞き覚えのある声……というか、マリーの声が聞こえた。その声を聞いた瞬間、言い表しようのない安堵を覚える。大丈夫だと聞いてはいたけど、無事で良かった……
でも、どこから聞こえたんだ?
「マリー! どこだ!?」
「ちょ、声でかい。こっちです、こっち」
彼女は廊下にある一部屋の扉から顔を覗かせていた。すぐさま彼女の元へ駆け寄り、本物であることを確認する。それから頭を撫でようとしたが、跳ね除けられた。
……というか、例の奇妙な帽子が今日は頭ではなく肩に乗っている。どんなファッションだ?
レーシャと共にその部屋へ入る。マリーしかここには居ないみたいだ。
「こんにちは、マリーちゃん。元気そうだね」
「元気じゃないです。二人の動きを見てて、本当に気が気ではありませんでした。何でダンボールで遊んでるんですか? 馬鹿なんですか? ……まあ、ロディーさんと戦ってるお兄ちゃんは素直に凄いと思いましたけど。……あの動き、ちょっとおかしいですよ」
「遊び……? よく分からないけど、上手にステルスできてたと思うよ。とにかく、マリーが無事で何よりだ。それで、ここで何してたんだ?」
彼女は重く嘆息すると、じっとりとした目で僕を見て告げた。
「事前に調べておいたのですが、玉座の間は特殊な結界が張られていて正面からは入れないみたいです」
また結界か。好きだな、結界。さすが晩年人間不信に陥った国王だ。
レーシャならば解除できそうなものだが……。
「この部屋は、昔王族が緊急時の非難に使っていた地下通路に繋がっています。突入するならそこから。事前に調査もしておきましたが、問題なく通れます」
「おお、有能だねマリーちゃん。じゃあそこから神聖国王の元に向かおうか」
彼女は本棚を動かし、壁を動かした。すると奥へぽっかりと開いた通路が姿を現した。なるほど、ありがちなギミックだが、実際に体験するとワクワクするな。
「マリーはどうする? 一緒に行く?」
「いえ、私は死にたくないので隠れてます。二人の足手まといになりそうだし」
彼女はそう言ったが、以前のような劣等感は鳴りを潜めていた。純粋に実力を冷静に測っての決断みたいだった。
「そっか……じゃあ、ルチカ」
「はっ、ここに」
僕が呼ぶと、影からぬっとルチカが現れた。念の為について来てもらったのだ。ちなみに、マリーが無事だという報告も彼女から受けていたが、やはり実際に見るまでは安心できなかった。
「えっ、ルチカさん居たんですか」
「マリーの護衛を頼む。よろしく」
「承知致しました。お嬢様、参りましょう」
たぶん、ルチカがついていれば大丈夫だ。正直なところ、彼女の実力や能力は未知数なのだが、レーシャが褒めるくらいだから問題ないだろう。なぜか僕が彼女とフロンティアに行った時、知らない間に周囲の魔物が全滅している事もあったし……
「はい……それでは二人とも、頑張って下さい」
「ああ、頑張るよ。絶対に勝つさ」
そう言ってマリーに笑顔を向けた。彼女の声援が何よりも僕の原動力になる。
だから、負ける気はしない……というか、レーシャが居る時点で余裕だろ、たぶん。
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暗い地下通路を進むと、突き当りに光が差していた。梯子がかけられており、その上から人口の光が漏れているみたいだ。
「この上が玉座の間っぽい。アルス君、電波塔の制圧は済んだかな?」
端末を起動し、確認する。
一件のメールが来ている。リーナから作戦が完了したとの報告だ。
ネットワークが復旧し、ジャミングも解除された証拠である。
「オッケーだ。ここからは僕の出番だな」
リーナに返信し、次のアクションを起こす。
端末のとあるアプリを起動する。
これで準備完了。
「……レーシャ、先に梯子登っていいよ」
「嫌です……」
別にレーシャが登っているところを下から見ようとか、決してそういう意図で行った訳じゃないけど。
まあ、仕方ないから僕が先に登るとしよう。
二十万。
端末に表示されたその数字を確認し、玉座の間へと向かう。




