107. 『半神剣士』対『這矢』
電波塔の警備は、比較的手薄なものだった。
配備されているのは新人の騎士が中心で、主戦力は王城前の鎮圧に割かれていたのだ。突如侵入してきた部隊に実戦経験のない新人騎士たちは慄き、次から次へと降伏していった。残ったのは幻影兵と、騎士としての信念が固い者、そして戦闘狂。
「おら、どけェ!」
タナンは単独で上へ上へと突き進み、敵を薙ぎ倒していた。もはや暴走機関と化した彼は誰にも止めようがなかった。
「タナン殿、あまり突っ込まないでください! ……とはいえ、騎士には大怪我させないように手加減しているようですね」
ベロニカは冷静に戦況を見極め、ここまでは順調に作戦が成功している事を確認する。目標は最上階の管制室。エルゼアから渡された見取り図によると、階層はかなり多いものの、構造は複雑ではない。エレベーターが使えない以上、階段で上っていくしかない。
「ねー、もう疲れたよー。ベロニカちゃん、おんぶして」
「……リーナさん、貴方は後で追いついてください。私は先に行ってます」
「え、やだ」
縋りついたリーナを彼女はそっと引き離し、タナンに続いて階段を駆け上った。
壁に凭れ掛かる気絶した騎士と、幻影兵の霧散した魔力の残滓を過ぎ去り、彼女は最上階の管制室に至る。
薄暗い碧光を湛える通路を抜け、管制室で彼女の瞳に映った光景は、タナンを取り囲む数人の幻影兵。
そして、
「あら、また新手が来たのね」
ディオネ神聖王国聖騎士第六位、『這矢』のスピネ・リンマ。
彼女はタナンに向けていた注意をベロニカにも向け、油断なく構えた。
「おう遅えぞ。この弓使い、やるぜ。気を付けろ」
「私は聖騎士のスピネ・リンマ。一応、この電波塔の警備を預かっている者よ。まさかここに反乱軍が突入してくるとは思わなかったのだけれど……」
「私は剣士ベロニカ。争わずに済むのが一番です。階下からは反乱軍の部隊が次々と上って来ています。この少人数では勝ち目はないでしょう……降伏しませんか?」
実際に電波塔の制圧に来ているのは二十人程度のため、彼女の言葉にはやや誇張が入っている。しかしこの言は無益な争いを生まない為のものであり、悪意ある誇張ではない。
「……残念ながら、この電波塔が落とされても、我々の陣営は負けた訳ではないわ。神聖国王には得体の知れない何かを感じて、それが反乱の失敗を予感させるの。まあ私はどちらが勝とうと、騎士として国に従うまでよ。あなた達が邪魔をするのなら、聖騎士として戦うのみ。降伏はしない」
「……そう、ですか」
ベロニカは彼女の話を聞き終えると、静かに剣を抜いた。
それから隣に立つタナンに視線を送り、意見を仰いだ。
「あー……正直、俺は弓使いっつーか、遠距離系の相手は苦手だ。お前に任せようと思う……周りの雑魚どもは俺が掃除してやるよ」
「タナン殿は脳筋かと思っていましたが……意外と相性なども考えているのですね。では、聖騎士の相手は私が」
それから各々の動きは速かった。タナンは取り囲む幻影兵に食って掛かり、ベロニカは自身とスピネを取り囲む魔力障壁、即ち分断の壁を作り出した。
「あら、一対一で戦うつもりは無かったのだけど……これでは私が不利ね」
「次の作戦の為にも、早めに終わらせる必要がありますから。……では、参ります!」
地を蹴り、スピネに吶喊する。遠距離攻撃の使い手は、一般的には近距離攻撃に弱いとされる。
弓術士であれば、弓の射程に自身の周囲は含まれず、不得手の白兵戦を強いられることが多い。ベロニカもまた、その展開を狙っていた。
彼女の斬撃は鋭く、速い。しかしスピネはその攻撃に反応し、回避して見せた。カウンターで腰の短刀を引き抜き、一閃。
驚異的な反応のカウンターに驚いたベロニカだったが、命中する直前で短刀を逸らす。
彼女の剣術は、攻撃的なリンヴァルス流と防御的なディオネ流の混合型。それらを完璧に修めた上で、アルスから破滅の型を習っているところだ。複数の剣術の長所を取り入れ、改良した彼女の剣術はもはや達人の域にあるが、その動きに追いつくスピネの腕も相当なものだ。
スピネは引き下がった相手を逃すまいと、矢を放つ──床に。
「これは……!」
放たれた矢は魔力の波となって地を迸り、ベロニカの足元に迫った。
不規則な動きをする矢は回避する彼女に追い縋り、どこまでも追随する。そして、彼女がその対処に追われている間に、スピネは次々と追撃の弓を引く。
「私の異能、『這矢』。ごめんなさいね、初見殺しのようだけれど……この戦い、私が勝つわ」
回避し切れないと悟ったベロニカは、矢を打ち払えるのではないかという一縷の望みに賭けた。受け流しの姿勢を取り、鏃を剣身に合わせる。
しかし、
「ッ!」
変幻自在、流体と化した矢は受け流せず、剣すらも伝って彼女の身に迫った。
魔力の波が命中の直前で変形し、鋭利な土の刃となる、その直前。
不思議な輝きが、矢を跳ね除けた。輝きは彼女の指輪から放たれていた。
「あら、防壁の指輪……殺すほどの威力ではない攻撃だったのだけれど……任意発動ね」
セーフティ装置の技術を応用した防壁の指輪。致命の攻撃を受けた際に自動的に発動するか、任意で発動可能なアミュレットだ。しかし、発動させ続けるだけで一定の威力を防ぎ続けることが可能な代物なので、一般的には出回っていない指輪である。民衆が持つと警官や騎士への反抗へと繋がるからだ。
一国家の王族であるベロニカは父親からこの指輪を事前に身につけるように言われていた。
「……尋常な勝負とは言えないので、あまり使いたくはありませんでしたが」
「あら、別に悪い事じゃないと思う。勝つためには持ちうる全ての手段を使わなくちゃね? 私もその防壁を貫通できる手段を持っているし、使わせてもらうわ」
「──なるほど、全ての手段を……」
再び両者は間合いを取り、一手を読み合う。
スピネがまず動く。先程とは異なる、真っ直ぐな矢。床と平行に、相対するベロニカに向かっていった。
「あなたが防壁を展開している以上、加減はできない。かえってあなたを殺してしまうかもしれないけれど……許してちょうだい」
彼女はスピネの脅しに答えず、沈黙を貫いた。ただ正眼にて構え、迫り来る矢を見据えていた。
ただ真っ直ぐに、正直に迫り来る矢は彼女の結界に衝突する。同時に、彼女もまた踏み出し、斬撃を浴びせんとスピネに肉薄していた。
まさか真正面から突っ込んで来るとは思わないだろうと、ベロニカは正々堂々と斬りかかったのだ。弓を放って隙を作ったスピネに一太刀を浴びせる直前、剣の軌道が逸れた。
防壁に弾かれたかと思われていた矢が、むしろ防壁を砕いていた事に気付いたのだ。スピネは無数の矢を床に這わせるのと同じ要領で防壁に這わせ、一瞬で防壁の耐久値を削りきった。正面から何の変哲もない狙撃と思い込ませ、特殊な技を放ったのだった。
無防備となったベロニカに、追撃の矢が迫る。防壁を砕いたものとは違う、スピネが事前に部屋に仕込んでおいた矢だ。如何なる手段を以てしても勝つ……それが彼女のセオリーが故の策。
しかし、矢が眉間を射抜こうと、毛ほどの距離もない位置まで迫った時も、ベロニカは表情を変えることはなかった。
「……」
剣閃を逸らした影響で体勢は崩れ、彼女が矢を回避することは不可能。防壁の指輪を発動しても無意味。彼女の死は、逃れえぬものとなっていた。
思わず、スピネは目を閉じる。相手を殺す覚悟があったとはいえ、人を殺した経験は彼女にはない。これが、人生初の大罪になると……罪過が彼女の背を這い上り、思わず眼前の光景に黒い蓋をしたのだった。
「──スピネ・リンマ殿。私が貴方に勝つのは、私自身の実力によるものではありません。私は持ちうる全てを以て、勝利する」
「……!」
彼女が瞳を開いた時、そこには堂々たる様相で死した筈の者が立っていた。
纏うは神気、滾るは闘志。希薄ながらも鋭い誠意は、清々で剛健たる戦意へと変化している。
「半神降臨……主よ、我に力を」
危機感、焦燥、戦慄。
あらゆる苦心がスピネの神経を駆け巡る。そして、彼我の圧倒的な力の差を悟る。彼女が放った最大魔力を込めた矢は、動くこともなしにベロニカに打ち払われたのだから。
「それは、何……? いえ、あなたの、後ろに居るのは……何?」
「お答えできかねますが……偉大なる存在、とだけ。では、終わらせましょうか」
彼女は一歩、進み出る。
ここでスピネは己の失策を知る。
『勝つためには持ちうる全ての手段を使わなくちゃね? 私もその防壁を貫通できる手段を持っているし、使わせてもらうわ』……もしも自分がこの台詞を言わなければ、彼女はこの力を使わなかったのだろうか。
いや、きっと──
大いなる一閃が迸り、彼女は気を失った。
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「……終わりましたか」
ベロニカは異能を解除し、気絶したスピネを縛る。分断した結界を解除すると、タナンはちょうど幻影兵を全て倒し終わったようだ。幻影兵の中にも強さに個体差があり、ここに配備されているのは少数の精鋭だったようで、彼も少し手こずっていた。
「…………」
如何なる手段を以てしても勝利する……この考えに、二人の師は賛同するだろうか、と彼女は思案した。
結局、答えは出ないままだったが……いずれ何気なく聞いてみるのも良いかもしれない。
「はあ……はあ……やっと着いたよー。ベロニカちゃん、置いていくんだもん……」
その時、リーナが最上階の管制室に到着した。
良い頃合いだ。これから、彼女は役目を果たすことになる。
「お疲れ様です、リーナさん。早速ですみませんが、お願いします」
「えーっ! ちょっとは休ませてよ……」
「そうはいきません。アルス様の部隊も待っていますから」
彼女は渋々と、役目に取り掛かっった。




