101. 煙鉄世界
暗黒の空と無機質な摩天楼の元、嵐が絶え間なく発生する。この異空間に配備された衛星は如何なる侵入者をも排除し、侵入者を破壊するか、自身が破壊されるまで停止する事はない。
赤色の光線が中空を駆け、標的を追い続ける。狙うは四人の侵入者。これまでの侵入者である幻影兵とは異なり、各々が非常に高い戦闘力を持っている。警備システムは警戒レベルを大きく引き上げ、強化衛星を起動して対処に掛かった。
「くっ……嵐絶──『零落暴波』!」
暴風が天より発生し、螺旋状に広がった風の防壁が光線を阻む。同時に、ベロニカの神気を宿した波動が衛星を薙ぎ払った。
「ははっ、おもしれえ! もっとこっち来いや!」
タナンは俊敏な動きで攻撃を回避しながら、衛星を打ち落とし、機械歩兵を殴りつける。彼の地をも砕く威力を誇る一撃を易々と耐え、敵は容赦なく砲撃する。直前まで戦っていた幻影兵が子供のように感じるほど、異空間の敵は強力であった。
何故、彼らがこのような苦境に立たされているのか……時は少し遡る。
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「……外見は何も変わりないみたいだが」
白で塗り固められたホワイト家の壁を叩く。アリキソンが見慣れた屋敷の光景だ。窓から覗き込める景色も、一般的な部屋の様子だ。
「噂では、中に入ると二度と戻ってこれなくなるそうです。中の様子は視界共有魔法で確認したそうで、きわめて危険な状態だとか」
「ま、入ってみれば良いんじゃねーの! つえー奴が居るんだろ?」
タナンが早々に玄関を開けようと扉に近づくが、彼をアリキソンが引き留めた。
「待て。噂が真実だったとしても、ここで体力を消耗するのは得策ではない。反乱軍の本拠地に戻るべきではないか?」
「私も同意したいのですが、この暗黒の地と化した屋敷……強大なるモノの力を内から感じる……しかし、今為すべきことを見失ってはならないのです。ぐっ……でも、何かが私を中へと誘うのです……!」
アリキソンは二人の様子を窺い、彼らのことは考えないようにしてルチカに語り掛ける。
「……ルチカ殿。どうするべきだと考える?」
「現在、ご主人様から仰せつかった命はありません。代理として、ベロニカ様の命に従いたいと思います」
(なんでよりによって代理人がベロニカ殿なんだ……。クソ、アルスはどこをほっつき歩いているんだ?)
アルスの代理人ならば、明らかにマリーの方が最適だと彼は思ったが、口には出さないでおいた。しかし、こうなるとベロニカを説得しなければならないが……
「駄目です、私気になります。ルチカ、行きましょう」
「諦めた方が良さそうだな……」
ベロニカは先陣を切って玄関を開けようとしていた。
もはや異空間への突入は避けられない。毒を食らわば皿まで、彼は諦念を抱えてベロニカとタナンの後に続いた。
こうして四人は魔境へと踏み入ってしまったのだった。
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空を巡回する衛星、そして地を巡回する歩兵を倒し、四人は高く聳える管制塔に至った。
この異空間に見られる建築物はこの管制塔ただ一つであり、ここから脱する鍵がここにあるということは容易に想像できた。全員、かなり疲弊した状態だったが、突入を決定した。
「これは、何だ!? 斬っても再生する金属など聞いたことがないぞ!」
成人男性二人ほどの大きさを誇る歩兵……アリキソン達の世界では俗に大型アーティファクトと呼ばれるモノが何体も襲い掛かった。魔力が通っていないにも関わらず、彼らの再生力は異常なものだった。
「皆様。左半身の、胸部……ちょうど人体の心臓と似通った位置に再生・動力機関があるようです。私が足止めしますので、破壊をお願いします」
ルチカの言葉を聞いた瞬間、各々が取った行動はきわめて迅速なものだった。
アリキソンは風によって全員の移動を補助、そして敵の攻撃を払いのける。ベロニカは高出力の攻撃を放つ為にアリキソンの意図を察し、神気を高めながら嵐の防壁へと退避。そしてタナンは歩兵を一斉に攻撃する為、広範囲の火炎を出力し始める。
「では、止めます。暗影陰縫」
歩兵の足元から伸びたのは、黒。
影よりも黒い針が歩兵たちの足元を侵食し、貫通し、その場に縫い留めた。
「今か! 『塵旋風』!」
嵐。
「我が力よ……『疾走剣舞』」
次に、神刃。
「オラァ! 燃えろ!」
最後に、炎。
三つの強撃が、ルチカに告げられた機関を貫き、斬り裂き、燃やし尽くす。
途轍もない衝撃が発生したが、この建築物は傷一つ付くことなく耐久を示した。
彼らの狙い通り、弱点である再生・動力機関を破壊された歩兵たちは無残な屑となり、停止する。
「どうやらこの階層の敵は全て撃破したみたいだな」
「そうですね。しかし、外から見るにこの塔は七階以上あるようです。まだまだ未知なる大敵が待ち受けているとは……」
「……やはり安易な気持ちで入るべきではなかったな」
一行はさらに上階を目指して進む。
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アリキソンとベロニカは半ば満身創痍の状態で最上階へと到達した。魔族のルチカと、神族のタナンは肉体的な疲労こそないものの、かつてないレベルの強敵との連戦に精神を擦り減らしていた。
最上階にこの異空間から脱出する術があるとも限らない。それでも進むしか術はなかった。さしものタナンとベロニカも、無闇に立ち入った事を反省し始めた。
「はぁ……やっと最上階か……」
天井が取り払われ、灰の空が姿を見せる。一陣の風が吹き抜け、彼らの上気した肌を撫でた。
眼前には、一体の竜状の機械。その身体は鱗ではなく鋼鉄のような金属で覆われ、あらゆる攻撃を無に帰す。
『よくぞ来た、挑戦者。ここまで来たのは主らが初めてだ。この世界から脱したくば、煙鉄世界の守護者……この「神鉄のオリハルコン」を倒してみせよ!』
「こいつ、しゃべんのかよ!? 龍ってことは……俺と同類か? かっけえな!」
タナンが目を輝かせて「神鉄のオリハルコン」と名乗った機械竜を見回す。
機械竜はそれを咎めもせず、キロキロと金属音を鳴らして笑った。
『クカカカッ! なんじゃ、小童。この最強ボディに興味があるかの? このボディはの……』
それから機械竜は長々と自身の身体について語り始めた。
数十分後。
『で、儂が生まれたという訳じゃ。つまり、この身体は如何なる物理、方術も通用せんのだ。……と、いかんいかん。情報を漏らしてもうた……歳を取ると饒舌になっていかんの。さあ、準備は良いかの?』
「オリハルコン殿の生い立ちはよく……それはもう、よく分かったが。その前に、一つ良いだろうか。この異空間があった場所には、アルスという者が住んでいた筈なのだが、ご存じだろうか?」
アリキソンが辟易して尋ねる。長話を聞く間に体力は回復できたが。
『うん? この煙鉄世界の所持者はレーシャ・ナーレ・エイケルア・ブラックじゃが。たしか永露工の小娘で、儂の世界を制圧しおったのがいつの頃じゃったか……そういえば、あれから何年経ったのかのう? ここに居ると時間間隔がなくなっていかん』
「レーシャ様、ですか。アルス様のご友人ですね。私はアルス様に仕えているルチカ・ツァイトと申します。我々は至急外界へ出なくてはならないのです。言葉が通じるようでしたら、ここから出してはいただけませんか?」
ルチカが機械竜と交渉に出る。話を聞く限り、四人が眼前の竜に勝てるビジョンは見えない。また、竜は明らかに異文明・上層技術の産物だ。こんなところで命を落としては元も子もない。
『むむ……難しい話じゃの。そもそも、この世界から出す権限は儂ではなく小娘が持っておる。儂を倒さない限り、脱出は不可能じゃ。無抵抗で儂がやられっぱなしになるという手もあるが……いやじゃ。どうしても戦いたくないというのなら、小娘の帰還を待つことじゃな』
機械竜はそう言って、重低音の欠伸をした。
「……どうする? 戦えば間違いなく命を落としそうな相手だが……危険を承知で戦うか、いつ帰って来るかも分からないアルスの友達を待つか。このまま待っていれば反乱軍はかなりの戦力的損失を被ることになるが……」
アリキソンは考え込む。
最悪なことに、今は戦争の最中だ。時間が惜しい。少しホワイト家の様子を見たら帰るつもりだったが、異空間に取り込まれてしまった。どこかの二人のアホのせいで。あとアルスのせいで。
このまま主戦力の四人が帰らなければ、反乱軍は大きな混乱に陥るだろう。
「……では、こういうのはいかがでしょう。不死性を持つ私とタナン様が戦い、アリキソン様とベロニカ様は待機する、というのは」
「俺は一人でも戦うぜ!」
ルチカの言葉を遮り、タナンは待ってましたと言わんばかりに即答。
残りの二人は渋々と彼女の意見を肯定した。
「くっ……右腕が疼いて仕方ありませんが、ここはお任せします。別に逃げたわけじゃないですよ?」
「分かった。二人とも、頼んだぞ。俺たちは……指を加えてみているしかないようだな」
こうして、神魔と機械竜の戦いが始まった。




