100. 魔境ホワイト家
首都に潜入し、幻影兵の目を掻い潜って師匠の後に続く。目指すは『理外の魔女』の拠点。
理外の魔女といえば、世間一般にはあまり評判が良くない人物だ。合成獣、禁忌の魔術の発明など、受け入れ難い発明を多くしたからだ。一方で、有用な理外魔術をそれ以上に創造したのも事実。深淵に迫ろうとする魔導士からは評価されている場合も多い。
「……以前よりもかなり警備が厳しくなってるな」
そこかしこに幻影兵が溢れている。これでは碌に身動きも取れないな。夜間の外出は禁止され、昼間でも不審な動きをすれば即座に囲まれるらしい。
「集めた情報によると、反乱軍がすぐそこまで迫ってるから警戒体制になってるみたい。もうじきクライマックスって感じだね」
反乱軍にはアリキソンも居るらしい。そういえば彼もディオネに来てたんだったな。
「着いたぞ。たしかここに奴が居た筈だ」
師匠が足を止めたのは、アパートの一室の前。
こう言っては印象が悪いが、こんな狭い住居で魔導の実験なんてできるのだろうか?
世間的に名の通った人物だから、もっと豪奢とは言わずとも、大規模な施設か何かに住んでいるのだと思っていた。
師匠がインターホンを鳴らし、しばし扉の前で待つ。
「はーい」
緊迫した状況下にも拘わらず、どこか間延びした声が向こう側から聞こえ、扉が開く。
顔を覗かせたのは──
「……ん?」
「あ、あれ……アルス? どうしたの?」
ユリーチだった。
「む? なんだ貴様は? ここに理外のヤツが滞在していた筈だが」
彼女は不思議そうに僕らを見つめていたが、師匠の言葉を聞いて得心が行ったように頷いた。
「ああ、彼女ならもう出て行きましたよ。この騒動じゃまともに実験の材料も集められないとか言って」
「それは残念だな……ユリーチは理外の魔女さんと知り合いだったんだね」
「ええ、よく彼女の元で魔術を学んでるの。ディオネ祭に来てたら、あんな事件が起こって……行く宛もなかったから家に泊めてもらってたってわけ。……なんかホワイト家は魔境化してたし」
彼女は若干恨めしそうに僕を見た。どうやら避難先に訪れたところ、あの異空間にぶち当たったらしい。ごめんなさい。
なるほど。彼女が全属性の魔術を扱えるのも、理外の魔女の教育によるものかもしれない。
「くっ……困ったものだな。これでは魔力を辿って云々ができないではないか! 召喚者をどうやって特定すればよいのだ!」
師匠は困ったように肩をすくめた。
理外の魔女の協力が得られないのは痛いな。これでまた振り出しというわけだ。
「えっと……あなた達は、神聖国王の召喚者を特定したいの? 私ならできるけど……」
「何ッ!? 小娘、それは本当か!」
「あ、はい……私も国王が魔力体だってことは気づいてたんだけど……一人じゃどうしようもなくて。反乱軍の到着を待ってたんです」
「ふむ、良いぞ! では貴様の協力を得て王城に乗り込むとしよう!」
息巻いて早速突入しようとする師匠に、レーシャが苦言を呈した。
「いや、ちょっと待ってよ。一旦作戦会議とか、お互いの自己紹介とか、体制を整える時間が欲しい。間も無く反乱軍も到着するだろうからね」
たしかに、師匠は行動が早すぎる。まあ、彼は圧倒的な強者だから、城に放り込んでも問題なさそうだけど……ここは他の人に合わせてもらいたい。
「む……だが魔導士よ、何か策があるのか? 神聖国王とやらと、召喚者を倒せば良いのではないか?」
「いや、良くないんだ。慎重になるに越したことはない」
「む……そうか。ならば、貴様の深淵たる策略……我に見せてみよ!」
師匠、そんな大声で騒ぐと幻影兵が来ます。やめてください。
「そういえばユリーチ、ホワイト家はまだ幻影兵に包囲されてるの?」
「いえ、もう人員を割いてる余裕はないみたいで、ホワイト家の周囲は無人になってる。……というか、アレは何なの?」
「まあ、家を守る為にね……レーシャ、戻ってみる?」
今なら幻影兵も反乱軍の対処で余裕がないらしいし、結界を解いてもいいかもしれない。それに、久しぶりに我が家に帰りたいという思いもある。
「いいね。それじゃあ、みんなでホワイト家に向かおう」
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その頃、反乱軍はゼロント領を突破し、王城は目と鼻の先だった。
「エルゼア殿。間も無く王城だが……行ってみたい場所がある」
「そうか、ボクもだ。一旦ここで戦闘を停止……というか、睨み合いの状態に持っていこうと思ってる。準備を整えないとな」
エルゼアはディオネのグットラック支部と連携を取り、より軍備を拡張する腹積もりだった。
「では、一旦別行動を行おう。すぐに戻る」
「了解だ。それじゃ」
反乱軍には首都で圧政を受けていた人々も加わり、より勢いを増していく。王城側も全面戦争に向けて準備を整えているようだ。
死人が大勢出るだろうな、とアリキソンは嘆息した。その数を可能な限り抑えるのが彼の役目だということも自覚していた。
彼がある通りへ出ると、そこには見慣れた三人が居た。
「おや、アリキソン殿。どちらへ?」
「ベロニカ殿。俺はこれからホワイト家に行ってみようと思ったのだが……」
異空間・魔境と化していると噂されるホワイト家。彼はその様子を直接目で見て確かめようとしていた。
「ええ、私もルチカと、タナン殿と共に行こうと思っていたところです。一緒に行きましょう」
「ああ、そうだな」
直接見てみないことには分からない。特に、ルチカとタナンはホワイト家が起居ということもあって一層の不安を抱えていることだろう。……いや、タナンは心配ではなさそうだとアリキソンは彼の表情を見て思う。むしろ、どこか興奮と期待を孕んだ表情だ。
(……まあ、この面子なら大丈夫だろう)
彼は心中で呟いた。




