98. 神宿しの戦場
アルス達が地上に降りた頃、反乱の火種は次第に広がり、ディオネは混乱の渦中にあった。
首都の外部から計画的に発生した反乱軍は確実に国王軍を攻め落とし、各反乱軍が結び付きながら徐々に王城へと迫りつつあった。特に、碧天の介入、謎の強剣士の出現、グットラックの妨害といった事態は神聖国王の勢力を大きく削ぎ落した。
元より国民が独裁に従うはずもなく、現状では旧国王の復権は間違いないと思われていた。しかし、幻影兵は無限に現れ、依然として激しい闘争を繰り広げていた。
神聖国王は、黙ってその状況を配下から聞いていたが、彼の顔に焦りはなかった。
「よい、下がれ」
「はっ!」
周囲に警護すらも居ない玉座の間で、彼は溜息をつく。
晩年の人間不信が募り、死後こうして召喚された今でも人間を傍に置く事は許可できない。
「おや、どうしたあ? オウサマ、心配は要らないよ。面白くなってきたろ?」
静寂を斬り裂き、玉座の間に転移してきた者が居た。
喪服のような黒装束を纏い、死人のように血色の悪い肌をした男。国王は彼を一瞥し、どうでもいいかというように視線を逸らした。
「ふん……所詮我は死人。召喚者たる貴様に従うのみよ」
「それは重畳。オウサマはそこに座ってくれてるだけでイイのさ。アンタが居る限り、幻影兵は無限に造れる」
「……じきにこの城は反乱軍に落とされるだろうが」
「ハア? そりゃアンタ、俺がいなきゃそうだろうさ。でもな、俺一人居れば負ける事はアリエナイんだよ。アンタと、アンタの幻影兵は俺の舞台に過ぎない……実際、今俺はサイコーにワクワクしてるのさ! 正義の為に、国を取り戻す為にッ、いずれ来たる、碧天、霓天、謎の強豪たち! アイツらとの死闘を味わうのがイイんじゃないか! ……まあ、霓天の妹の方が逆らわなかったのは想定外だけどなあ」
朗々と語り続ける男をよそに、王は疲れたように目を閉じた。
「死後も安らかな眠りは訪れぬ……か。それもまた、我が罪の宿運か」
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ディオネ中部、イーシロン領。ここでも反乱軍と幻影兵の闘争が激しく行われていた。
反乱軍を率いるは『紅蓮剣士』エルゼア。傍らには『碧天』アリキソン・ミトロン。そして幻影兵を次々に薙ぎ倒す謎の武人、タナン。
新進気鋭の反乱軍は急速に拡大し、現在首都下のこの領に迫っていた。
「おうリキ兄! 突っ込んできてもいいか!」
「あまり無茶はし過ぎないようにな。俺も斬り込もうか」
戦場に嵐が吹き荒れ、幻影兵が魔力となり霧散する。幻影兵側も策を弄していたが、碧天の前には無力。単騎で軍隊をも凌ぐと言われる英雄の家系の参入は、両軍に大きな影響を齎した。
その戦場を冷静に俯瞰する者が一人。紅蓮の双眸はたしかにその戦場を──いや、その戦場の裏を読んでいた。
「……やっぱり、幻影兵は無限に湧いてるみたいだな。ただ、首都から来てるのは間違いない。ボクの「眼」じゃまだ見えないな。もう少し近づいてみないと分かんねーか」
エルゼアの特異な「眼」を以てしても、未だこの政変の真意を見破ることはできない。
しかし、代わりに戦場の異変を一つ捉えたのだった。
「おや、あのお方は……たしかディオネに滞在しているのだったかな。ルチカ・ツァイトに守られてるから無事だってのは確信していたが……良い拾い物だ」
戦場に斬り込む、紫電。
数多の剣閃が戦場を駆け抜けた。
「な、何だ……!?」
アリキソンが嵐だとすれば、それは暴風に奔る稲光。
間違いなく人の力を超越した存在が幻影兵の群れを消し飛ばした。
「……!」
幻影兵たちは警戒対象をアリキソンからその者に移し、陣形を再展開する。彼らは無限に生み出されるという特質があり、彼ら自身もまたその特質を理解しているのか、死という要素を除外した最も有効な陣形を展開してくる。その様はまるで機械。感情はあるとされているが……
一斉に戦場の視線を浴びたのは、紫紺の髪と瞳の少女。左目には黒い眼帯を着け、両手には美しき白き刃。身から放たれるその気は、間違いなく人間のものではないとアリキソンは直感した。
「あなたは? 協力者か?」
「碧天、アリキソン・ミトロン殿とお見受けします。私はベロニカ、旅の剣士です。この場は協力しましょう……我が剣が血を欲している……」
「……幻影兵から血は出ないが。協力に感謝しよう、ベロニカ殿」
再びアリキソンは戦場を駆ける。
幻影兵の魔導士団から魔術が放たれるも、全ての攻撃が命中することなく圧倒的な速度の前に破れる。まさに嵐、無双。死の概念が存在しない幻影兵にも、彼は恐怖の感情を覚えさせたのだった。
「私も負けていられませんね。大いなる神よ、我に力を与えたまえ……『半神降臨』」
凄まじい気が戦場に吹き荒れた。アリキソンとタナンの暴威により混迷を極めた戦場は、ベロニカの力により天変地異を思わせる様相に変化した。
「な、なんだ、この力は……!?」
『現代の戦士達は、かくも強く……!?』
反乱軍、そして幻影兵までもが畏怖し、後退る。
アリキソンの『嵐纏』、タナンの『神転』、ベロニカの『半神降臨』。重なり合う三つの神気。それは常人が触れて正気を保てるものではなかった。
恐慌状態に陥った幻影兵たちに、為す術は無かった。
大いなる力を得た反乱軍は一瞬で幻影兵を彼らを鎮圧し、勝鬨を上げた。
「……終わったか」
「ま、肩慣らしにはなったぜ」
「くっ……右腕が暴れてしまったか……」
反乱軍の圧勝を見たエルゼアだが、表情を緩める事はなかった。
冷静に、されど多少の焦りを持って指令を出す。
「お前ら、喜んでる余裕はないぞ! 幻影兵の数は無限、すぐに王城から追撃が来る! 早く進んで戦線を上げろ!」
彼らの戦いはまだ終わらない。根源を断つその時まで。




